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魅惑の聖女様
15 原初の誓い
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「あっ、あ………っ」
「泣くな、ディオン。可哀想に、こんな悪魔のような奴に好かれて」
「団長…ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、僕が、僕のせいでアシルが、こんな」
倒れたアシルにしがみついて、団長に必死で謝った。
意味がないことだと分かっていても、謝らずにはいられなかった。
「ディオンが泣けば、アシルが喜ぶだけだ。
泣くくらいなら、鳩尾を思いっきり殴りなさい」
「……へ、殴るん……ですか?」
「昏睡状態というのは、警告だ。誓いが破られる手前の状態なんだ。
だから、ディオンがアシルがしたように誓えば、解決する。ああ、何と悍ましい方法を考えたんだ。我が息子ながら、軽蔑する」
「僕が魔力を結べば、助かるんですか?!」
「そうだとも。アシルが何を誓ったのか知らないがな。
コイツは、結婚せずともディオンとの仲を認めさせるしかないように準備していたんだ。
そして、ディオンが同じ誓いを立てれば、ディオンが逃げることもない。命がかかっているからな。
団員達にわざと見せつけたのも、手っ取り早く進める為だろう」
さすがにないわ。僕の涙と後悔を返して欲しい。
手を強く握り過ぎて血が出たのは、何だったの。
仕組んでたなら、悔しくも何ともないよね。
武者震いか?
「僕、魔力少ないですけど、大丈夫ですか」
「アシルが多いから問題ない。
私が言うのもなんだが、本当にいいのか?
今、ディオンが見殺しにしたとしても、私は何も言わんぞ」
「いいんです。死ぬまで面倒見てもらいますから」
「そうか。ありがとう」
魔力で糸を作るイメージをし、アシルの魔力源に繋げていく。それで、誓いか。たぶん、これでいいのかな?
「ディオン・ドルツは、アシル・ラジートと生涯共にいることを誓う。
───満足か、バカアシル」
「ああ。最高だ」
「!」
誓いを立てて直ぐ、アシルにデコピンをかますと、パチっと目が開いた。
得意気に笑って、僕を引き寄せたアシルは、熱烈なキスをお見舞いしてくる。
それも団長の目の前で。
「ああ、ウチの息子が悪魔に。
ディオンの両親にどう詫びればいいのか」
「はじめから認めていれば、良かったんですよ」
「おまっ! 本当に悪魔だ。
とにかく、お前の立場は一時保留だ。
後継者から一度外す。いいな」
「ええ。問題ありません」
問題大アリだろ。後継者から下されたんだぞ?
「ディオン。次の休みは、ご両親にご挨拶しに行こうな」
「アシル、頼むから1回死んでくれ。
とにかく二度とこんなことするなよ! 反省しろ」
「悪いとは思うが、後悔はしていない。
失うくらいなら離れられないように縛りつければいいんだ。形式なんて軽いものでなく、それこそ命をかけて」
「何? 呪いの言葉?」
「いや。宿題の答えだ」
宿題の答え? ずいぶん物騒な宿題だな。
「そうだ、手。消毒しなきゃ」
「手? ああ、これか」
これかって、どんだけ演技派なんだよ。
アシルの手を取ると、爪の形に血がくっきりと滲んでいた。
「うげ、痛そ。
ここまでするか? 結果は分かってたんだろ?」
「ああ。だが、ディオンの口から離れると聞かされると思うと、怒りが込み上げてきてな。
計画が失敗しそうだったから、痛みで耐えることにした」
やっぱ、コイツ相当なバカだ。
僕はアシルの想いに応えられるだろうか。
誓いを立てて良かったのかな。早まった気がする。
「ハクシュンッ」
「愛し子ー、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。何かしら、このとてつもなく大事な瞬間を見逃したような、喪失感は」
「愛し子ー、ディオンの話しなくていいのー」
「するする! 絶対する! それで? 私のディオンに何かあった?」
そんなこんなで、人生最大の選択をしたと言っても過言ではない僕は、絶賛見せ物状態である。
まずヘルツァーさんに感謝され、食堂メンバーに祝われ、各部隊の隊長、副隊長が顔を見に来る始末。
そして差出人不明の陳情書が毎日届く。
やれ、第二部隊長の横暴を止めてくれだ、機嫌を取ってくれだ、アシルが絡んだ内容ばかり。
「疲れた」
「ディオンお疲れなのー?
ウィリデなでなでする?」
「する」
僕の癒しはウィリデだけだ。
「おお、いいところに」
「団長! おはようございます」
「ああ。ちょうど用があったんだ。
ディオン、来週ウチに来なさい」
「ラジート伯爵邸にですか?」
「日取りは追って連絡するから」
これはどうなんだ?
奥様に怒られるんじゃないだろうか。
よくも息子の未来を! みたいな感じで。
サーラちゃんにも、嫌われたらどうしよう。
ディオンお兄様嫌い、とか言われた日には立ち直れない。
「それから、しばらくは呼び出しが増えるだろうから、そのつもりで」
「はい。承知しました」
そのつもりって、どのつもり。
団長の優し気な笑顔が逆に恐いんだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ラジート伯爵邸。
「さて、今日集まったのは、重大な決定を皆に伝える為だ」
伯爵邸では、久方ぶりに家族全員が揃っていた。
当主のアルバート、伯爵夫人メアリー、長男アシル、次男グリース、長女サーラ。
アルバートとアシル以外は、アシルの婚約か当主交代の時期に関する話だろうと、踏んでいた。
「3日前を以て、アシルを後継者から外した」
「「「はい?」」」
「あくまで、一時的な措置だ。
しかし、グリースやサーラが相応しいと判断した場合は、即座に後継者に指名し、アシルには騎士団だけに専念してもらう」
突然の発表に、夫人をはじめ、家族やその場にいた数名の使用人達が動揺する。
「あなた! どういうことですの!」
「そうですよ、父様。兄様は、歴代でも1位2位を争う実力の持ち主なんですよね? それを後継者から外すだなんて!」
「ふむ。重大な欠陥が見つかったのだ。
それより、グリース。アシルが外れれば、筆頭候補はお前だぞ。兄に頼ってばかりいないで、自立する精神を鍛えなさい」
「欠陥!? アシルに? ああっなんてことなの」
「「奥様っ」」
「母様!」
アルバートの言葉にショックを受けたメアリーは、その場で倒れてしまった。
グリースも、突然降ってかかった重圧に、顔面蒼白である。
メアリーは寝室へ運ばれ、残された者達で続きを話すこととなった。
「いったい何があったというのですか。
兄様、説明してください!」
「結婚相手を見つけただけだ」
「はあ? まさか、平民ですか?
それなら、その女性を分家の養女にでもすれば……」
グリースは、兄が平民を相手に選び、父が激怒しているのだ。そう、勘違いした。
しかし、アルバートなら実際にグリースが言った手段を使うだろう。後継者から外すとまでにはならない。
「アシルの相手はディオンなんだよ、グリース」
「ディオンさん?」
「ディオン兄様っ?」
グリースは、兄の乳母兄弟の名に驚き、サーラは大好きなディオンの名に喜びを隠せないでいる。
「ちょ、ちょっと待ってください。
ディオンさんを? え、兄様の? それともサーラ」
「アシルの相手にだ。小賢しいことに、騎士の宣誓を結んでいてな。だから、ディオンを愛人にして、令嬢を娶ることはできない」
「……兄様、まさか無理矢理」
アシルのディオンに対する執着は、グリースにもなんとなく分かっていた。ただ、不気味で触れて来なかったのだ。
「失礼な。同意の上だ」
「馬鹿者! あんな騙し討ちをしておいて、何が同意か」
アルバートの冷たい声に、グリースは理解した。
兄はきっと、ディオンさんを嵌めたのだろうと。
「なるほど。つまり、兄様が結婚できない以上、当主にできないということですね」
「そうだ」
「どうして? ディオン兄様と結婚するのでしょ?」
この場でただ1人、純粋な疑問を抱く妹に、アシルは満足そうに頷いた。
その様子を見て、アルバートとグリースは頭を抱えるしかなかった。
数時間後、目覚めたメアリーにも事情を話すと、メアリーはディオンに対して怒るどころか、自分の育て方が間違いだったと、嘆き悲しんだという。
「あなた。来週、ディオンを連れて来てちょうだい」
「それは構わんが、どうにもならんぞ」
「ええ、分かっていますわ」
アルバートはメアリーにだけ、原初の誓いについても話した。
そしてメアリーは考えた。
後継者云々は後にしても、名ばかりの貴族であるディオンがアシルと生涯を共にするのは厳しい。
今からでも遅くはない。英才教育を施すのだ、と。
「メアリー、ディオンは確かに男爵家の三男だが、アシルと貴族学校にも通っていたし、それなりに貴族のマナーは……」
「いいえ、あなた。それは騎士になる為の教育であって、淑女になる為の教育ではありません」
「メアリー、ディオンは男だ」
「花嫁修行ですわ!」
「メアリー」
傍で控えていた執事は思った。
ラジート家の未来は、グリースとディオンの常識力にかかっているに違いない、と。
「泣くな、ディオン。可哀想に、こんな悪魔のような奴に好かれて」
「団長…ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、僕が、僕のせいでアシルが、こんな」
倒れたアシルにしがみついて、団長に必死で謝った。
意味がないことだと分かっていても、謝らずにはいられなかった。
「ディオンが泣けば、アシルが喜ぶだけだ。
泣くくらいなら、鳩尾を思いっきり殴りなさい」
「……へ、殴るん……ですか?」
「昏睡状態というのは、警告だ。誓いが破られる手前の状態なんだ。
だから、ディオンがアシルがしたように誓えば、解決する。ああ、何と悍ましい方法を考えたんだ。我が息子ながら、軽蔑する」
「僕が魔力を結べば、助かるんですか?!」
「そうだとも。アシルが何を誓ったのか知らないがな。
コイツは、結婚せずともディオンとの仲を認めさせるしかないように準備していたんだ。
そして、ディオンが同じ誓いを立てれば、ディオンが逃げることもない。命がかかっているからな。
団員達にわざと見せつけたのも、手っ取り早く進める為だろう」
さすがにないわ。僕の涙と後悔を返して欲しい。
手を強く握り過ぎて血が出たのは、何だったの。
仕組んでたなら、悔しくも何ともないよね。
武者震いか?
「僕、魔力少ないですけど、大丈夫ですか」
「アシルが多いから問題ない。
私が言うのもなんだが、本当にいいのか?
今、ディオンが見殺しにしたとしても、私は何も言わんぞ」
「いいんです。死ぬまで面倒見てもらいますから」
「そうか。ありがとう」
魔力で糸を作るイメージをし、アシルの魔力源に繋げていく。それで、誓いか。たぶん、これでいいのかな?
「ディオン・ドルツは、アシル・ラジートと生涯共にいることを誓う。
───満足か、バカアシル」
「ああ。最高だ」
「!」
誓いを立てて直ぐ、アシルにデコピンをかますと、パチっと目が開いた。
得意気に笑って、僕を引き寄せたアシルは、熱烈なキスをお見舞いしてくる。
それも団長の目の前で。
「ああ、ウチの息子が悪魔に。
ディオンの両親にどう詫びればいいのか」
「はじめから認めていれば、良かったんですよ」
「おまっ! 本当に悪魔だ。
とにかく、お前の立場は一時保留だ。
後継者から一度外す。いいな」
「ええ。問題ありません」
問題大アリだろ。後継者から下されたんだぞ?
「ディオン。次の休みは、ご両親にご挨拶しに行こうな」
「アシル、頼むから1回死んでくれ。
とにかく二度とこんなことするなよ! 反省しろ」
「悪いとは思うが、後悔はしていない。
失うくらいなら離れられないように縛りつければいいんだ。形式なんて軽いものでなく、それこそ命をかけて」
「何? 呪いの言葉?」
「いや。宿題の答えだ」
宿題の答え? ずいぶん物騒な宿題だな。
「そうだ、手。消毒しなきゃ」
「手? ああ、これか」
これかって、どんだけ演技派なんだよ。
アシルの手を取ると、爪の形に血がくっきりと滲んでいた。
「うげ、痛そ。
ここまでするか? 結果は分かってたんだろ?」
「ああ。だが、ディオンの口から離れると聞かされると思うと、怒りが込み上げてきてな。
計画が失敗しそうだったから、痛みで耐えることにした」
やっぱ、コイツ相当なバカだ。
僕はアシルの想いに応えられるだろうか。
誓いを立てて良かったのかな。早まった気がする。
「ハクシュンッ」
「愛し子ー、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。何かしら、このとてつもなく大事な瞬間を見逃したような、喪失感は」
「愛し子ー、ディオンの話しなくていいのー」
「するする! 絶対する! それで? 私のディオンに何かあった?」
そんなこんなで、人生最大の選択をしたと言っても過言ではない僕は、絶賛見せ物状態である。
まずヘルツァーさんに感謝され、食堂メンバーに祝われ、各部隊の隊長、副隊長が顔を見に来る始末。
そして差出人不明の陳情書が毎日届く。
やれ、第二部隊長の横暴を止めてくれだ、機嫌を取ってくれだ、アシルが絡んだ内容ばかり。
「疲れた」
「ディオンお疲れなのー?
ウィリデなでなでする?」
「する」
僕の癒しはウィリデだけだ。
「おお、いいところに」
「団長! おはようございます」
「ああ。ちょうど用があったんだ。
ディオン、来週ウチに来なさい」
「ラジート伯爵邸にですか?」
「日取りは追って連絡するから」
これはどうなんだ?
奥様に怒られるんじゃないだろうか。
よくも息子の未来を! みたいな感じで。
サーラちゃんにも、嫌われたらどうしよう。
ディオンお兄様嫌い、とか言われた日には立ち直れない。
「それから、しばらくは呼び出しが増えるだろうから、そのつもりで」
「はい。承知しました」
そのつもりって、どのつもり。
団長の優し気な笑顔が逆に恐いんだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ラジート伯爵邸。
「さて、今日集まったのは、重大な決定を皆に伝える為だ」
伯爵邸では、久方ぶりに家族全員が揃っていた。
当主のアルバート、伯爵夫人メアリー、長男アシル、次男グリース、長女サーラ。
アルバートとアシル以外は、アシルの婚約か当主交代の時期に関する話だろうと、踏んでいた。
「3日前を以て、アシルを後継者から外した」
「「「はい?」」」
「あくまで、一時的な措置だ。
しかし、グリースやサーラが相応しいと判断した場合は、即座に後継者に指名し、アシルには騎士団だけに専念してもらう」
突然の発表に、夫人をはじめ、家族やその場にいた数名の使用人達が動揺する。
「あなた! どういうことですの!」
「そうですよ、父様。兄様は、歴代でも1位2位を争う実力の持ち主なんですよね? それを後継者から外すだなんて!」
「ふむ。重大な欠陥が見つかったのだ。
それより、グリース。アシルが外れれば、筆頭候補はお前だぞ。兄に頼ってばかりいないで、自立する精神を鍛えなさい」
「欠陥!? アシルに? ああっなんてことなの」
「「奥様っ」」
「母様!」
アルバートの言葉にショックを受けたメアリーは、その場で倒れてしまった。
グリースも、突然降ってかかった重圧に、顔面蒼白である。
メアリーは寝室へ運ばれ、残された者達で続きを話すこととなった。
「いったい何があったというのですか。
兄様、説明してください!」
「結婚相手を見つけただけだ」
「はあ? まさか、平民ですか?
それなら、その女性を分家の養女にでもすれば……」
グリースは、兄が平民を相手に選び、父が激怒しているのだ。そう、勘違いした。
しかし、アルバートなら実際にグリースが言った手段を使うだろう。後継者から外すとまでにはならない。
「アシルの相手はディオンなんだよ、グリース」
「ディオンさん?」
「ディオン兄様っ?」
グリースは、兄の乳母兄弟の名に驚き、サーラは大好きなディオンの名に喜びを隠せないでいる。
「ちょ、ちょっと待ってください。
ディオンさんを? え、兄様の? それともサーラ」
「アシルの相手にだ。小賢しいことに、騎士の宣誓を結んでいてな。だから、ディオンを愛人にして、令嬢を娶ることはできない」
「……兄様、まさか無理矢理」
アシルのディオンに対する執着は、グリースにもなんとなく分かっていた。ただ、不気味で触れて来なかったのだ。
「失礼な。同意の上だ」
「馬鹿者! あんな騙し討ちをしておいて、何が同意か」
アルバートの冷たい声に、グリースは理解した。
兄はきっと、ディオンさんを嵌めたのだろうと。
「なるほど。つまり、兄様が結婚できない以上、当主にできないということですね」
「そうだ」
「どうして? ディオン兄様と結婚するのでしょ?」
この場でただ1人、純粋な疑問を抱く妹に、アシルは満足そうに頷いた。
その様子を見て、アルバートとグリースは頭を抱えるしかなかった。
数時間後、目覚めたメアリーにも事情を話すと、メアリーはディオンに対して怒るどころか、自分の育て方が間違いだったと、嘆き悲しんだという。
「あなた。来週、ディオンを連れて来てちょうだい」
「それは構わんが、どうにもならんぞ」
「ええ、分かっていますわ」
アルバートはメアリーにだけ、原初の誓いについても話した。
そしてメアリーは考えた。
後継者云々は後にしても、名ばかりの貴族であるディオンがアシルと生涯を共にするのは厳しい。
今からでも遅くはない。英才教育を施すのだ、と。
「メアリー、ディオンは確かに男爵家の三男だが、アシルと貴族学校にも通っていたし、それなりに貴族のマナーは……」
「いいえ、あなた。それは騎士になる為の教育であって、淑女になる為の教育ではありません」
「メアリー、ディオンは男だ」
「花嫁修行ですわ!」
「メアリー」
傍で控えていた執事は思った。
ラジート家の未来は、グリースとディオンの常識力にかかっているに違いない、と。
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