聖女様の推しが僕だった

ふぇりちた

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魅惑の聖女様

17 言いがかり

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 騎士団の食糧庫内に、浅い呼吸が響く。


「はあ、はあ、はあっ。
此処なら大丈夫なはず」


 ディオンは逃げていた。
ぐっと息を殺し、ある人物が去るのを待つ。


「ディオン・ドルツ! いないのか? 逃げずに出て来い!」


 足音が食糧庫の前を通り過ぎたのを確認し、ふぅと一息吐いた。
 彼を追い回しているのは、第三騎士団の部隊長ダージルという男だ。
激しい剣幕で食堂を訪れ、ディオンに会わせろと言う男を見て、副料理長はディオンに勝手口から避難するよう指示を出した。
理由が分かるまで、第二部隊に匿ってもらえと言われたが、その途中で見つかってしまったのだ。
 ダージルはディオンの顔を知らなかったようだが、特徴は知っていたらしい。
怯えるディオンを見て、瞳の色や体型をブツブツと呟き、お前がディオン・ドルツだな!と、怒鳴ったのだ。
 騒ぎを聞いて駆けつけた食堂スタッフに男が気を取られているうちに、隙を見てディオンは逃げた。


「何なんだ、急に。
だいたい、よその騎士団員が勝手に入って来るなんて」


 同じ王立騎士団といえど、それぞれ独立した機関には変わりない。
無断での訪問は御法度だ。友人同士であろうと、事前に申請がなければ、スパイ行為だと疑われかねないからだ。
 ましてや、ディオンに第三騎士団の知り合いなどおらず、何故ダージルが自分を探しているのか、見当もつかない。


「あれ絶対怒ってるよね。怒られる覚えはないんだけど」
「ディオン、大丈夫ー? アイツ、やっつける?」
「大丈夫だよ、たぶん。此処は第一騎士団だから。
ウィリデは危ないから、何もしないで」


 肩に乗り、すりすりと不安そうに頭を擦りつけるウィリデを見て、ディオンは少しだけ緊張の糸を解いた。


「よし、早く第二部隊の部屋に行こう。
副料理長が誰かに伝えてくれてるはずだから、探してくれてるかもしれないし」
「うーん。でもアイツ、すごい嫌な気が出てた。
騎士を待たなくていいの?」


 騎士団なのだから、正直ディオンのような非戦闘員より、騎士の人数の方が多いのだが、ウィリデの中で騎士はアシルだけだった。
ウィリデは、それ以外の人物を名前や〇〇の人と呼ぶのだ。


「アシルは王宮か城のどっちかで護衛してるんじゃないかな」
「むー、役立たずなのー。
でも愛し子は大切だから、ウィリデもやもやするぅ」


 アシルに対してそんな物言いが出来るのは、この妖精ぐらいだろうなとディオンは笑う。
 足音が聞こえなくなったのを確認し、食糧庫のドアを開けた。


「そこに隠れていたのか」
「───っ! どうして(さっき、通り過ぎて行ったはずじゃ)」
「素人が隠れたところで無駄だ。
物音がしない倉庫に魔力の反応があれば、怪しいと思うのは当然だろう。まあ、キサマの魔力があまりに小さ過ぎて、見逃すところだったがなっ!」


 男は乱暴にディオンの手首を掴み、食糧庫から引っ張り出し地面に投げつけた。
土の上に投げ出されたディオンは、咄嗟に手を出して防御態勢を取るが、騎士の力には勝てず、強く身体を打ちつけてしまう。


「いった…何をするんですか!」
「ハッ、何をだと? この汚い娼夫が!」
「はあっ?」


 予想打にしなかった罵りに、言葉を失った。


「キサマが汚い手を使って、アシル・ラジートを籠絡したのだろう。白を切る気か」
「意味が分かりません。誤解してるんじゃないですか」
「黙れ! キサマのせいでっ、キサマのせいでロザリーは!」
「ロザリー? 誰なんです、その人」


 土埃を払い、よろよろと立ち上がると、少しでも距離を取ろうと後退る。


「私の妹だっ! 知らないとは言わせないぞ!
アシル・ラジートと乳母兄弟なだけの分際でっ。
次期伯爵の彼に想いを寄せ、彼を堕落させた。恋仲だったロザリーに嫉妬してな!!
あの子は、結婚の申し込みを待っていたんだ。それなのに、キサマのせいでロザリーは裏切られ、アシル・ラジートは後継者から外された!」


 ダージルの言い分に、ディオンは衝撃を受ける。
 男の頭の中で、ディオンは妹の恋人を奪い、さらに恋人の未来を閉ざした毒婦にされていたのだ。
 どう勘違いをしたら、そんな話になるのかと困惑するしかない。
 そもそも、聖女の護衛を始める2ヶ月前までは、職務中以外ほとんど一緒にいた。 
騎士団の仕事にしても、必ず誰かが帯同している。
ディオンの知る限り、外でアシルが1人になれる時間などなかった。
 そのアシルが、ロザリーという女性と恋仲で、結婚の約束までしていたと言う。
 最近、自分と誓いを結んだアシルには不可能だろう。


「妹さんが、そう話してるんですか?
何か誤解があるようですが」
「そうだ。ロザリーは今朝、自ら毒を呷ったのだぞ!」
「ええっ」
「一命を取り留めたから良かったものを。
ラジート伯爵家と子爵令嬢のロザリーに、このような仕打ちをしたのだ。キサマだけではない、キサマの家族諸共牢獄送りにしてやる!」


 言いがかりも甚だしいが、仮にダージルの話が事実であれば、ドルツ家は取り潰し、ディオンは犯罪者として労役を強いられ鉱山送りになるか、子爵家の私刑が許され、その場で斬られるかだ。
 冗談じゃない、とディオンは憤る。


「貴方は人違いをされているのでは?
ご令嬢は、アシル・ラジートではなく、アシルという別人と恋人関係にあったのではないでしょうか。
もしくは、アシル・ラジートの名を騙った者がいるか」
「ロザリーが嘘を言ったと言うのか!
ましてや騙されただと? どこまで人をコケにするつもりだっ」


 やれやれとディオンは呆れるしかない。
 せっかく妹の妄想ではなく、別人か、詐欺師に謀られたことにしようとしたのに、全く聞く耳を持たない。
これでは、子爵令嬢の痴態や自身の暴挙を世間に晒すことになるのだが、状況を理解しているのか。
 男の愚かさに、ディオンの恐怖心は薄れ、どんどん冷静になっていく。


「では、アシルとご令嬢の関係を証明できますか?」
「何だと?」
「アシルがご令嬢を訪ねたことは?
一緒に外出されたことはありますか?
手紙やプレゼントを受け取ったことは?」
「ああ、ロザリーに危険が及ぶからと、隠れて逢瀬を重ねていたようだ。愛の手紙も受け取ったと嬉しそうに話していた。
なんだ? 自分がもらったことがないからと、醜い嫉妬か? 浅ましい」
「手紙を見せていただけますか?
それから、アシルに1人で外出し、逢瀬を楽しむ時間なんてありませんよ。休日は僕と一緒ですし、外勤務の時は隊員が同行してます。それとも、ご令嬢が宿舎に忍び込み逢瀬を重ねていたんでしょうか」
「出鱈目を!」


 予想通り、男は妹の証言のみで事実だと信じ切っていたのだ。
ディオンは胸を撫で下ろす。際どい捏造された品や証言が出てきたら苦慮する羽目になっただろう。
だが、この調子であれば、妹は妄言を吐いていただけで、大した偽装はしていない。


「それはアシル本人に聞いてみてください。
ご令嬢が回復されたら、本人を此方へ連れて来られたらいかがです?」
「屈辱だ。ロザリーから愛する者を奪っただけでなく、貴族の令嬢を侮辱するのか!
そんな不届者が騎士団に出入りしようとはっ。
家督も継げぬ男爵家の三男坊如きが、由緒ある子爵家を、貶めた罪、この場で贖え!!」


 理性を失ったダージルは、腰の剣を抜き、ディオンに向けた。


「まさか、証拠もなしに私刑を?
貴族裁判にかけられますよ!」
「脅しのつもりか?
身分の低い者が、貴族を侮辱したのだ。
この場でキサマを処しても、問題にはなるまい」


 男が剣を振りかぶり、ディオンがぎゅっと目を閉じた時、凄まじい爆音と暴風が吹き荒れた。
 いつまでも来ない強烈な痛みを不思議に思い、ディオンが目を開けると、稲妻を纏った第三部隊隊長、レオン・メイガートが立っていた。


「メイガート隊長………あっ、勘違い野郎は……って、うわ。死んでる?」


 吹き飛ばされた男を探せば、外壁にめり込まれ、血を流していた。


「このぐらいで死ぬような騎士はいないよ」
「そ、そうですか。あの、助けていただき、ありがとうございます」


 レオンはディオンに歩み寄り、服についた砂を払う。


「ごめんね。服汚しちゃったみたい」
「いえっ、これは違います。あの人に転ばされただけで、隊長が魔法を放つ前から汚れていました」


 自分の雷撃によって服が汚れたのではないと分かると、レオンは払う手を止め、今度は頭を撫でた。


「???」
「恐かっただろう。良く頑張ったね」


 女性を虜にしてしまいそうな、甘い顔で微笑みかけられ、ディオンは赤面した。


「(子供だと思われてる? でも、メイガート隊長だって、確か若いよな)あ、ありがとうございます?」
「見たところ、怪我はないようだけど、身体を打ちつけたりはしてない? 打撲や捻挫があるなら、医務室へ運ぶよ」
「いえいえ、本当に大丈夫です!
おかげさまでピンピンしてます!」
「なら良かった。とりあえず、アレの処理は部下に任せるとして、話を聞かせてもらえるかな?」
「はい!」
「じゃあ、ボクの部屋に行こっか」
「はい。………え゛」


 レオンの優しい声音に、ディオンは頷いていたが、返事をしてから、はたと気づく。
 レオン・メイガート、アシルが隊長になるまで最年少記録を保持していた、若き天才隊長にして、薬剤マニアと呼ばれる変人ではなかったか。


「一応怪我がないか、あとで確認しよう。
最近新しい薬を調合したんだ」
「す、すごいですね。でも自分、本当に怪我してないんで」


 人体実験に使われると、さっきとは違う意味で恐怖する。


「残念だ。でも話は聞く必要があるからね。
あの服、第三騎士団の者だろう。なんか、見たことある顔だったし。勝手にボク等のテリトリーで暴れるなんてさ。ふざけてると思わない?」
「はっはい、仰る通りです」


 優しい雰囲気から一転、思わず漏らしそうになる殺気を放たれ、ディオンは縮こまった。


「(勘違い野郎とは違う意味で、生命の危機を感じる。
第二部隊の誰か、早く助けに来てっ)」
「服も着替えなきゃね。制服余ってたかなー。あ、ボクの研究服でいっか。
だけど、大きいかな。ディオンくん小さいもんね」


 急に名前を呼ばれ、ディオンは驚いた。


「どうしたの? 目、まん丸にして。兎みたいで可愛い。
いいなー、アシルくん。ボクも欲しいなー」
「メイガート隊長?」
「怯えてるの? フフ、痛いことなんてしないよー。
ボクは、可愛いものを愛でたいだけだから」


 レオンがディオンの手を繋ぎ、部屋へ向かっている頃、ヘルツァーは走り回っていた。


「ウィリデ、本当にディオン君は食糧庫で襲われたのかい?」
「そうだよ! ウィリデ見たもん。変な奴がディオンに乱暴したの」
「誰もいない………いや、何だこの跡は」


 地面に一直線に伸びた割れ目の先に、崩れた外壁があった。
この場で何かあったのは、間違えない。しかし、人の気配はなかった。


「わわわ、ウィリデいた時、こんな傷なかった!
ディオンが大変なのっ、早く見つけてなの」
「この地面の傷は、メイガート隊長の雷撃によるものだ。
少なくとも、この攻撃でディオン君は怪我してないよ」
「何で言い切れるの? ディオンを助けてっ」
「もちろん助けるよ。でも、困ったな。
きっとディオン君は、助けられた後だ」
「ディオン無事?」
「んー、この魔法を使った人はね、ちょっと厄介な人なんだよ」


 ウィリデが理由を聞くと、ヘルツァーは心底嫌そうに答えた。 


「あの人、ディオン君が好きなんだよ」


 今度こそ遺書を書いた方がいいかもしれない。
ヘルツァーは本気でそう悟った。



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