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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
22 風邪
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雨に打たれて、僕はてきめん風邪をひいた。濡れることをなんとも思っていない彼らと同じ行動を取ったことが間違いだった。僕はいろんな意味で打たれ弱い日本人なのだ。
ハムステッド・ヒースにいた時はなんともなかったのに、家に戻るとぞくぞくと寒気がしていた。すぐにお風呂に入ればよかったのだけど、マリーに先を越された。こういうとき、僕はレディファーストを尊重する。
そのうえ、とりあえず着替えてベッドに寝転んだあと、うとうとしていたのがまずかったのかもしれない。目が覚めたら頭はぼんやり、ふわふわしていた。身体を起こそうにもなんだか気怠くて、ぼーとしたまま緑に塗られたドアを眺めていた。
そのドアを叩く音がする。返事をしたけれど喉に力が入らない。間を置いて開いたドアからマリーが顔を覗かせる。
「寝ているの? 夕食にしましょうよ」
電気を点ける。こういうところ、彼女はまったく遠慮しない。どう見たって僕は寝てるっていうのに。
彼女は眉を寄せてズカズカと部屋へ入ってきた。いきなり僕の頬に手のひらを当てる。
「コウ、熱がある」
怒ったように顔をしかめている。だけど僕は返事をするのも億劫で、そのまま瞼を閉じていた。彼女が視界に映らなければ大丈夫、そんな気がしたんだ。そしたら、ぴしゃぴしゃと頬を叩かれた。
酷いな、マリー。
「ちゃんと着替えて、掛け布団に入りなさいよ」
ぼんやりしていると、彼女は勝手にクローゼットを開けている。
酷いよ、マリー!
叫びだしたいのは山々だったけれど、気力がついていかない。
眼前に突きだされたパジャマに、「一人で着替えられるから」と言うのが精一杯。
腕組みされたまま睨まれる中で着替えなきゃいけないのかと思ったら、さすがに部屋をでてくれた。今のうちにと半身を持ちあげて袖を抜きかけたところで、またドアが開く。
「食欲は?」
首を振ると、すぐにバタンとドアは閉まった。今度こそ、ふらふらしながら急いで着替えた。
言われた通りに布団に潜りこむ。
こっちの人は体温が高い。平熱が37度くらいのはずだから、僕の微熱くらいじゃ熱があるって言わない。ということは、僕は相当熱がでているのかな……。
そんな思考が、波間を漂うように頭の中を流れている。
カーテンを開ける音で目を開けた。
――マリーだ。
「おはよう」
窓から覗く濁った空はいつも通りの曇天。それでも今が朝だと判るくらいには明るい。
「調子はどう? 良くなった?」
昨夜よりは意識がはっきりとしている。
「お薬が効いたんじゃない?」と僕の顔を覗きこむ。
「薬なんて飲んでないよ」
呟いた僕の鼻先で、マリーはふんっと鼻で笑って封をきってある薬の小袋を振った。
「覚えてないなんてよっぽどね! 昨夜はアルがあんたについててあげたんだから。ちゃんとお礼を言っておきなさいよ!」
まるで覚えはないのだけれど、そういうことらしい。
馬鹿みたいに泣きじゃくったのが昨日のことだなんて、なんだか夢みたいだ。そのうえに熱で記憶が飛んでいるなんて、僕はどれだけ彼に醜態を晒してるんだろう? 考えるだけでまた熱があがりそうだよ。
「お腹空いてない? スープくらい飲めそう?」
マリーが優しい……。
顔にだしたつもりはなかったけれど、彼女は照れたように笑って、「まだ食べられそうにないんだったら、そこにあるビタミン剤くらい飲んでおきなさいよ」と、サイドボードを指差した。
「うん。ありがとう、マリー」
僕の目線はベッド脇に置かれたジュース、風邪薬の箱、ビタミン剤のボトルから滑りおち、その傍の椅子に座っていたらしいアルビーの姿を朧な記憶の中に探していた。でも本当に何も思いだせなくて、恥ずかしさで寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。
マリーはいつもみたいにお喋りせずに、いつの間にか静かに部屋をでてくれていた。
ハムステッド・ヒースにいた時はなんともなかったのに、家に戻るとぞくぞくと寒気がしていた。すぐにお風呂に入ればよかったのだけど、マリーに先を越された。こういうとき、僕はレディファーストを尊重する。
そのうえ、とりあえず着替えてベッドに寝転んだあと、うとうとしていたのがまずかったのかもしれない。目が覚めたら頭はぼんやり、ふわふわしていた。身体を起こそうにもなんだか気怠くて、ぼーとしたまま緑に塗られたドアを眺めていた。
そのドアを叩く音がする。返事をしたけれど喉に力が入らない。間を置いて開いたドアからマリーが顔を覗かせる。
「寝ているの? 夕食にしましょうよ」
電気を点ける。こういうところ、彼女はまったく遠慮しない。どう見たって僕は寝てるっていうのに。
彼女は眉を寄せてズカズカと部屋へ入ってきた。いきなり僕の頬に手のひらを当てる。
「コウ、熱がある」
怒ったように顔をしかめている。だけど僕は返事をするのも億劫で、そのまま瞼を閉じていた。彼女が視界に映らなければ大丈夫、そんな気がしたんだ。そしたら、ぴしゃぴしゃと頬を叩かれた。
酷いな、マリー。
「ちゃんと着替えて、掛け布団に入りなさいよ」
ぼんやりしていると、彼女は勝手にクローゼットを開けている。
酷いよ、マリー!
叫びだしたいのは山々だったけれど、気力がついていかない。
眼前に突きだされたパジャマに、「一人で着替えられるから」と言うのが精一杯。
腕組みされたまま睨まれる中で着替えなきゃいけないのかと思ったら、さすがに部屋をでてくれた。今のうちにと半身を持ちあげて袖を抜きかけたところで、またドアが開く。
「食欲は?」
首を振ると、すぐにバタンとドアは閉まった。今度こそ、ふらふらしながら急いで着替えた。
言われた通りに布団に潜りこむ。
こっちの人は体温が高い。平熱が37度くらいのはずだから、僕の微熱くらいじゃ熱があるって言わない。ということは、僕は相当熱がでているのかな……。
そんな思考が、波間を漂うように頭の中を流れている。
カーテンを開ける音で目を開けた。
――マリーだ。
「おはよう」
窓から覗く濁った空はいつも通りの曇天。それでも今が朝だと判るくらいには明るい。
「調子はどう? 良くなった?」
昨夜よりは意識がはっきりとしている。
「お薬が効いたんじゃない?」と僕の顔を覗きこむ。
「薬なんて飲んでないよ」
呟いた僕の鼻先で、マリーはふんっと鼻で笑って封をきってある薬の小袋を振った。
「覚えてないなんてよっぽどね! 昨夜はアルがあんたについててあげたんだから。ちゃんとお礼を言っておきなさいよ!」
まるで覚えはないのだけれど、そういうことらしい。
馬鹿みたいに泣きじゃくったのが昨日のことだなんて、なんだか夢みたいだ。そのうえに熱で記憶が飛んでいるなんて、僕はどれだけ彼に醜態を晒してるんだろう? 考えるだけでまた熱があがりそうだよ。
「お腹空いてない? スープくらい飲めそう?」
マリーが優しい……。
顔にだしたつもりはなかったけれど、彼女は照れたように笑って、「まだ食べられそうにないんだったら、そこにあるビタミン剤くらい飲んでおきなさいよ」と、サイドボードを指差した。
「うん。ありがとう、マリー」
僕の目線はベッド脇に置かれたジュース、風邪薬の箱、ビタミン剤のボトルから滑りおち、その傍の椅子に座っていたらしいアルビーの姿を朧な記憶の中に探していた。でも本当に何も思いだせなくて、恥ずかしさで寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。
マリーはいつもみたいにお喋りせずに、いつの間にか静かに部屋をでてくれていた。
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