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Ⅲ.春の足音
83 旅1 車内で
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ウォータールー駅でショーンと待ち合わせ、電車に乗り込んだ。ここからストーンヘンジへの最寄りの駅まで一時間半の行程だそうだ。
電車が発車するなり、何か買ってくれば良かった、朝食を食べていないのだと、ショーンが慌てたようにぼやくので、昼に一緒に食べるつもりで作ってきたスモークサーモンのサンドイッチをあげた。ポットに入れておいたコーヒーも。
僕が作ったものだと言うと、「信じられない! これ、すごく旨いよ! きみって、見かけによらないな」と、ショーンは大袈裟に驚いてまじまじと僕とサンドイッチを見比べ、あっという間にぺろりと平らげた。
今までだって彼の前で作ったお弁当を食べていたのに、何を今更、と僕の方が意外だった。どうやら彼には自分で食事を作ると言う発想はないらしく、買ったものだと思っていたらしい。
雨粒の叩く車窓越しの灰色の景色を眺め、これからの予定について話していると、時間なんてあっという間だ。あいにくの雨が、少し残念だけど。
ショーンはこの天気を気にして、予定を変更してストーンヘンジは明日にしようかと言い出した。十日間の日程なので、予定が前後したところで別に構わないよ、と僕も特に異存はない。
夏至や冬至の日の入りを計算されて配置されている石群だけに、雨ではその神秘性も薄れてしまい勿体ないと、ショーンは熱を込めて喋っている。
同じ民俗学専攻と言っても、彼はかなり古代遺跡や太古の信仰に興味があるみたいだ。おそらく、僕の目指している分野とは違う。この旅行に誘われた時は、渡りに船と飛びついたけれど、早めにこの誤解も解いておかなければ。
さすがに、アルビーから物理的な距離を置いて頭を冷やしたかったから誘いに乗ったなどと、本当のことを言う訳にはいかないけれど……。
それなのに、ショーンの熱の籠った古代遺跡のうんちく話を聴き流しながら、僕はもう、別のことに意識を囚われている。今朝のアルビーのこと。昨夜のアルビーのこと。思い出すだけで躰が芯から甘く痺れる。羞恥で顔を伏せたくなる。目の前にいるショーンに、僕のこの淫らな頭の中を覗かれる訳ではないというのに。
考えないために離れたのに、もう、僕は肌に残る彼の感触を反芻しているんだ。何度も、何度も。こんな場所ですら……。
無意識に、濡れて歪んだ窓ガラスに阻まれた、流れては遠ざかる雨に溺れる景色を見据え、人差し指を噛んでいた。アルビーの指を口に含むように、自分自身の指を……。
煩いほど切れ目なく喋り続けていたショーンの声が、急に途切れる。
僕はすっと目線を彼に戻した。
「どうしたの?」
「きみ、なんだか……」
ショーンは変な顔をして、勢い良くぶるぶると首を振る。そして口をへの字に曲げて天井を睨んだ。これは、頭の中を切り替える時の彼の癖だ。
「いや、何でもないよ。それより、きみの試みたっていう召喚の儀式のこと、そろそろ教えてくれよ。もったいぶらないでさ!」
「ああ、あれね……」
僕は困ったように苦笑いしてみせる。でも、本当は彼にこのことを訊かれたら何て答えるか、ずっと考えていたんだ。
「ごめん。僕たちが行ったのは、召喚の儀式じゃないんだ。アルビーが勝手に誤解しただけだよ」
え? とばかりに、ショーンはポカンと大口を開けた。そのまま口をパクパクさせ、「でも、」とか、「そんなまさか、」とか言い掛けたけれど、結局、
「それなら何の儀式を試したんだい? 火を使って、生贄の人形を捧げたんだろう? もしかして、呪い系?」
と、やはりこう来るだろうな、って、予想通りの質問を口にした。
電車が発車するなり、何か買ってくれば良かった、朝食を食べていないのだと、ショーンが慌てたようにぼやくので、昼に一緒に食べるつもりで作ってきたスモークサーモンのサンドイッチをあげた。ポットに入れておいたコーヒーも。
僕が作ったものだと言うと、「信じられない! これ、すごく旨いよ! きみって、見かけによらないな」と、ショーンは大袈裟に驚いてまじまじと僕とサンドイッチを見比べ、あっという間にぺろりと平らげた。
今までだって彼の前で作ったお弁当を食べていたのに、何を今更、と僕の方が意外だった。どうやら彼には自分で食事を作ると言う発想はないらしく、買ったものだと思っていたらしい。
雨粒の叩く車窓越しの灰色の景色を眺め、これからの予定について話していると、時間なんてあっという間だ。あいにくの雨が、少し残念だけど。
ショーンはこの天気を気にして、予定を変更してストーンヘンジは明日にしようかと言い出した。十日間の日程なので、予定が前後したところで別に構わないよ、と僕も特に異存はない。
夏至や冬至の日の入りを計算されて配置されている石群だけに、雨ではその神秘性も薄れてしまい勿体ないと、ショーンは熱を込めて喋っている。
同じ民俗学専攻と言っても、彼はかなり古代遺跡や太古の信仰に興味があるみたいだ。おそらく、僕の目指している分野とは違う。この旅行に誘われた時は、渡りに船と飛びついたけれど、早めにこの誤解も解いておかなければ。
さすがに、アルビーから物理的な距離を置いて頭を冷やしたかったから誘いに乗ったなどと、本当のことを言う訳にはいかないけれど……。
それなのに、ショーンの熱の籠った古代遺跡のうんちく話を聴き流しながら、僕はもう、別のことに意識を囚われている。今朝のアルビーのこと。昨夜のアルビーのこと。思い出すだけで躰が芯から甘く痺れる。羞恥で顔を伏せたくなる。目の前にいるショーンに、僕のこの淫らな頭の中を覗かれる訳ではないというのに。
考えないために離れたのに、もう、僕は肌に残る彼の感触を反芻しているんだ。何度も、何度も。こんな場所ですら……。
無意識に、濡れて歪んだ窓ガラスに阻まれた、流れては遠ざかる雨に溺れる景色を見据え、人差し指を噛んでいた。アルビーの指を口に含むように、自分自身の指を……。
煩いほど切れ目なく喋り続けていたショーンの声が、急に途切れる。
僕はすっと目線を彼に戻した。
「どうしたの?」
「きみ、なんだか……」
ショーンは変な顔をして、勢い良くぶるぶると首を振る。そして口をへの字に曲げて天井を睨んだ。これは、頭の中を切り替える時の彼の癖だ。
「いや、何でもないよ。それより、きみの試みたっていう召喚の儀式のこと、そろそろ教えてくれよ。もったいぶらないでさ!」
「ああ、あれね……」
僕は困ったように苦笑いしてみせる。でも、本当は彼にこのことを訊かれたら何て答えるか、ずっと考えていたんだ。
「ごめん。僕たちが行ったのは、召喚の儀式じゃないんだ。アルビーが勝手に誤解しただけだよ」
え? とばかりに、ショーンはポカンと大口を開けた。そのまま口をパクパクさせ、「でも、」とか、「そんなまさか、」とか言い掛けたけれど、結局、
「それなら何の儀式を試したんだい? 火を使って、生贄の人形を捧げたんだろう? もしかして、呪い系?」
と、やはりこう来るだろうな、って、予想通りの質問を口にした。
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