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Ⅲ.春の足音
133 旅51 禹歩2
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セント・マイケルズ・マウントがレイラインの始まりの地だとすると、僕たちのこの旅は、ここエイヴベリーで一旦閉じられることになる。これで、このレイライン上の聖地と呼ばれる場所をほぼ廻れたことになるからだ。実際のレイラインは、ブリテン島の東の端ホプトンまで伸びているけれど。主要スポットは、やはりここエイヴベリー以西だから。
新緑に萌える大地の上に、並び立つ幾つもの白味を帯びた大砂石が独特のリズムを刻み、背中を丸めた魔術師のように佇んでいる。
その内のひとつ、凛とした巨石の岩肌に両手のひらを当てた。
「音楽のようだね」
大地の脈動が聴こえるようだよ。
一瞬にして、風に攫われた。
朝陽が昇る。
時が巻き戻り、道沿いに見た家々は消える。緑の平野が果てしなく広がる。
その一方の端から、彼が駆け抜ける。
二つの環状列石を囲む大円。その中心を駆け抜ける。
光の、焔の矢となって。
彼の巻き上げる熱風に吹き飛ばされ、空気に溶けた意識がバラバラに解け、散り散りに飛散する。細かな金砂のような粒子に還って。
「コウ!」
僕を呼ぶのは誰?
「コウ!」
――「それでね、バースに行く前にグラストンベリーを廻ろうと思うの」
「いいね! 聖ミカエル教会跡、グラストンベリー・トーは異界への入り口だ! 旅の出発点として相応しいよな」
「聖ミカエル・レイラインの中でも、最大の聖地だと思うわ」
「いや、最大というなら、僕はエイヴベリーを押すね」――
ショーン、それはきみが、ケルトを遡る太古の民の末裔だから。
グラストンベリーから始まり、セント・マイケルズ・マウントに還り、ここエイヴベリーに至る火の精霊の足跡を刻む禹歩は完成され、修復された大地に太古の龍脈が蘇った。
「コウ!」
「空気が緑に染まっているね、アルビー」
心配そうに僕を見つめるアルビーの深い緑。彼の背後には若葉を湛えた大樹の枝が、鮮やかな萌黄色に輝いている。
「僕のせい?」
「何が?」
「昨夜、無理させ過ぎた?」
「そうじゃないよ」
押し当てられた胸から伝わるアルビーの心臓の音は、大地の鼓動と重なり合い、絡まり合う心地良い律動。
「夢を見ていたんだ。遠い、遠い空から地上を見る夢」
「コウ、気がついたのか? ほら。いきなり倒れるからびっくりしたんだぞ」
ショーンだ。アルビーに巻き付けていた腕を解き、躰を起こした。アルビーがそっと、樹の幹に僕の背中をもたせ掛けてくれた。碧に苔むした古老のような大木の優しい気配に包まれる。
ペットボトルの水が差し出される。それに、濡れたハンカチも。水は解るけれど、これは? と訝しくショーンを見上げた僕に、アルビーが、「自分じゃ解らない? コウ、熱があるんだよ」と教えてくれた。そして、言われてみれば火照っているような頬に、ひやりとハンカチを当ててくれた。
「コリーヌたちは?」
「いるわよ」
声の方向に、くるりと首を捻った。別の樹の根本に、二人とも胡坐をかいて座っている。
「キリスト教徒の破壊した、火の精霊の霊道は修復されたよ」
言葉を切って、彼女が何て応えるのか待ってみたけれど、返事はなかった。
「きみの守護者に伝えて。水の精霊の加護がなくとも、彼は在るべきものを在るべき場所に還すだろう、と」
「あなた、それでも人間なの?」
「それ以外の何に見える?」
「悪魔」
「コリーヌ、四大精霊は人を利するためにあるんじゃない。魔術の歴史は、人と精霊の戦いの歴史だ。そして僕は、黄泉平坂の番人の一人、ただそれだけだよ」
コリーヌはもう何も言い返すこともなく、立ち上がり、背を向けて歩み去った。その後をミシェルが僕たちを何度も振り返り、気にしながら追い掛ける。
「ここにいろよ。すぐ戻るから」
訳が解らないまま呆気に取られていたのか、ぼんやりと佇んでいたショーンが我に返って彼らの後を追う。
「きみは何者?」
アルビーがクスリと笑って訊ねた。
「ただの臆病な人間だよ。きみに恋している、ね」
「じゃあ、僕と同じだ」
僕たちの座るこの大樹の絡まり合う根のように、彼は、僕の指にその指を絡ませて、朝露のように優しいキスをくれた。
新緑に萌える大地の上に、並び立つ幾つもの白味を帯びた大砂石が独特のリズムを刻み、背中を丸めた魔術師のように佇んでいる。
その内のひとつ、凛とした巨石の岩肌に両手のひらを当てた。
「音楽のようだね」
大地の脈動が聴こえるようだよ。
一瞬にして、風に攫われた。
朝陽が昇る。
時が巻き戻り、道沿いに見た家々は消える。緑の平野が果てしなく広がる。
その一方の端から、彼が駆け抜ける。
二つの環状列石を囲む大円。その中心を駆け抜ける。
光の、焔の矢となって。
彼の巻き上げる熱風に吹き飛ばされ、空気に溶けた意識がバラバラに解け、散り散りに飛散する。細かな金砂のような粒子に還って。
「コウ!」
僕を呼ぶのは誰?
「コウ!」
――「それでね、バースに行く前にグラストンベリーを廻ろうと思うの」
「いいね! 聖ミカエル教会跡、グラストンベリー・トーは異界への入り口だ! 旅の出発点として相応しいよな」
「聖ミカエル・レイラインの中でも、最大の聖地だと思うわ」
「いや、最大というなら、僕はエイヴベリーを押すね」――
ショーン、それはきみが、ケルトを遡る太古の民の末裔だから。
グラストンベリーから始まり、セント・マイケルズ・マウントに還り、ここエイヴベリーに至る火の精霊の足跡を刻む禹歩は完成され、修復された大地に太古の龍脈が蘇った。
「コウ!」
「空気が緑に染まっているね、アルビー」
心配そうに僕を見つめるアルビーの深い緑。彼の背後には若葉を湛えた大樹の枝が、鮮やかな萌黄色に輝いている。
「僕のせい?」
「何が?」
「昨夜、無理させ過ぎた?」
「そうじゃないよ」
押し当てられた胸から伝わるアルビーの心臓の音は、大地の鼓動と重なり合い、絡まり合う心地良い律動。
「夢を見ていたんだ。遠い、遠い空から地上を見る夢」
「コウ、気がついたのか? ほら。いきなり倒れるからびっくりしたんだぞ」
ショーンだ。アルビーに巻き付けていた腕を解き、躰を起こした。アルビーがそっと、樹の幹に僕の背中をもたせ掛けてくれた。碧に苔むした古老のような大木の優しい気配に包まれる。
ペットボトルの水が差し出される。それに、濡れたハンカチも。水は解るけれど、これは? と訝しくショーンを見上げた僕に、アルビーが、「自分じゃ解らない? コウ、熱があるんだよ」と教えてくれた。そして、言われてみれば火照っているような頬に、ひやりとハンカチを当ててくれた。
「コリーヌたちは?」
「いるわよ」
声の方向に、くるりと首を捻った。別の樹の根本に、二人とも胡坐をかいて座っている。
「キリスト教徒の破壊した、火の精霊の霊道は修復されたよ」
言葉を切って、彼女が何て応えるのか待ってみたけれど、返事はなかった。
「きみの守護者に伝えて。水の精霊の加護がなくとも、彼は在るべきものを在るべき場所に還すだろう、と」
「あなた、それでも人間なの?」
「それ以外の何に見える?」
「悪魔」
「コリーヌ、四大精霊は人を利するためにあるんじゃない。魔術の歴史は、人と精霊の戦いの歴史だ。そして僕は、黄泉平坂の番人の一人、ただそれだけだよ」
コリーヌはもう何も言い返すこともなく、立ち上がり、背を向けて歩み去った。その後をミシェルが僕たちを何度も振り返り、気にしながら追い掛ける。
「ここにいろよ。すぐ戻るから」
訳が解らないまま呆気に取られていたのか、ぼんやりと佇んでいたショーンが我に返って彼らの後を追う。
「きみは何者?」
アルビーがクスリと笑って訊ねた。
「ただの臆病な人間だよ。きみに恋している、ね」
「じゃあ、僕と同じだ」
僕たちの座るこの大樹の絡まり合う根のように、彼は、僕の指にその指を絡ませて、朝露のように優しいキスをくれた。
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