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Ⅲ.春の足音
132 旅50 禹歩1
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定員オーバーを考慮してタクシーを呼ぼうとしたアルビーを制して、ミシェルは「大した距離じゃないから往復するよ」と言ってくれた。本音は、アルビーと少しでも話すきっかけが欲しいんだろうけど。でも、田舎のことなので、タクシーを呼ぶのにも時間がかかりそうだったし、その言葉に甘えさせてもらった。
ショーンとコリーヌを先にエイヴベリーまで送り、Uターンして迎えに来てもらう。それまでコンサバトリーでゆっくり待つことになった。
昨夜の薄暗く寒々しい様相とは様変わりして、朝の柔らかな光に満ちている。ガラス超しに広がる綺麗に手入れされた芝がきらきらしい。
「だけどさ、アルビーには退屈なんじゃないかな? 古代遺跡になんて興味ないだろ?」
「確かに興味を持ったことはなかったよ。だから余計にね、僕の知らないその魅力を、コウが教えてくれるのを楽しみにしてるんだ」
「僕が?」
「そうだよ」
アルビーはにっこりと笑って、もう何杯目かのコーヒーを口に運ぶ。
困ってしまった。僕は別に遺跡が好きな訳じゃない。今回、こうして初めて遺跡巡りをして面白かったと思う。でも、その魅力を語れるほどに詳しい訳じゃない。ずっと、ショーンのうんちくを感心しながら頷くばかりだったのだ。
正直にそう告げると、アルビーは少し驚いたようだった。
「でも、楽しんでるんだろ? そんな顔してたよ。ストーンヘンジで久しぶりに逢った時、見違えるほどだった」
――コウが、空気に溶けてしまうんじゃないかと怖かったよ
アルビーはあの時、そう言ったのに?
僕はまだ、あそこで手首に纏わりついた不思議な感触を覚えている。未だに右手の甲には、静電気に似たぴりぴりとした感触が時折走る。
捕まりかけていた。あの仕掛けられた環の中に。
「見違えるほど、変な奴に見えた?」
つい皮肉気に零れ落ちた一言に、アルビーは僅かに眉根を寄せた。
「見違えるほど、綺麗だった。伝説の妖精かと思ったよ。だから名前を呼んだんだ。僕の手で捕まえたくて」
「僕は名を呼ばれて捉えられたの!」
「きみは僕のものだよ」
「とっくにね」
ふふっ、と目を細めて僕を見ているアルビーには、あの時感じた不安そうな切羽詰まった感じは微塵もない。何も言わないけれど、彼は全てを見て、知って、理解しているように僕を包み込んでくれる。
不思議なアルビー。僕には彼はまるで解らない、謎のままなのに。それでも……。それでも、僕は自分の気持ちだけは知っている。ここにこうしていられることの幸せも。
ミシェルの迎えが到着し、僕たちもエイヴベリーへ向かった。十五分程度の道程だ。広い駐車場の一角でショーンが手を振っている。
鉄道は通っていない、バスも一日数本しかないという、小さなこの村には似つかわしくない大きな駐車場だ。一応観光地だからだろうか。そこに申し訳程度の車が数台。その違和感に小首を傾げていると、ショーンが、「夏至のシーズンになるとな、この駐車場がいっぱいになるほど観光客が来るらしいぜ」と教えてくれた。
ここ、エイヴベリーもストーンヘンジと同じように、夏至の太陽の道筋を計算された配列になっているらしい。
「今日もしっかり歩けよ!」
ショーンが僕の顔を見て、にっと笑う。
のんびりと歩き出し、意味ありげな笑みの意味が身に染みて解った。このエイヴベリーの遺跡は、ストーンヘンジのように囲われた柵の中にあるのではない。遺跡群の内側を道路が突っ切り、村を内在する、途方もなく広大なものなのだ。新石器時代の遺跡では、西ヨーロッパ最大というのだから、その規模は推して知るべしというものだ。勿論、ストーンヘンジ同様、世界遺産に登録されている。
という魅力的な説明を、アルビーに語っているのはショーンとミシェルで。僕は只々圧倒されてその後をついて行くだけ。コリーヌも今日は何故か大人しい。いつも彼女に気を使っているミシェルが、アルビーに夢中なのが気に入らないのかな? 僕だってちょっと不愉快だもの。
アルビーは、彼にしては珍しく、他人の話を聴いているようで。相槌を打ちながら、的確な質問を挟んでくる。自分の興味のあること以外は無関心。そんなタイプだと思っていたのに。
周囲の景色よりも歩きながらの会話に気を取られている内に、いつの間にか、巨石群が目の前にすっくとそびえ立っていた。
ショーンとコリーヌを先にエイヴベリーまで送り、Uターンして迎えに来てもらう。それまでコンサバトリーでゆっくり待つことになった。
昨夜の薄暗く寒々しい様相とは様変わりして、朝の柔らかな光に満ちている。ガラス超しに広がる綺麗に手入れされた芝がきらきらしい。
「だけどさ、アルビーには退屈なんじゃないかな? 古代遺跡になんて興味ないだろ?」
「確かに興味を持ったことはなかったよ。だから余計にね、僕の知らないその魅力を、コウが教えてくれるのを楽しみにしてるんだ」
「僕が?」
「そうだよ」
アルビーはにっこりと笑って、もう何杯目かのコーヒーを口に運ぶ。
困ってしまった。僕は別に遺跡が好きな訳じゃない。今回、こうして初めて遺跡巡りをして面白かったと思う。でも、その魅力を語れるほどに詳しい訳じゃない。ずっと、ショーンのうんちくを感心しながら頷くばかりだったのだ。
正直にそう告げると、アルビーは少し驚いたようだった。
「でも、楽しんでるんだろ? そんな顔してたよ。ストーンヘンジで久しぶりに逢った時、見違えるほどだった」
――コウが、空気に溶けてしまうんじゃないかと怖かったよ
アルビーはあの時、そう言ったのに?
僕はまだ、あそこで手首に纏わりついた不思議な感触を覚えている。未だに右手の甲には、静電気に似たぴりぴりとした感触が時折走る。
捕まりかけていた。あの仕掛けられた環の中に。
「見違えるほど、変な奴に見えた?」
つい皮肉気に零れ落ちた一言に、アルビーは僅かに眉根を寄せた。
「見違えるほど、綺麗だった。伝説の妖精かと思ったよ。だから名前を呼んだんだ。僕の手で捕まえたくて」
「僕は名を呼ばれて捉えられたの!」
「きみは僕のものだよ」
「とっくにね」
ふふっ、と目を細めて僕を見ているアルビーには、あの時感じた不安そうな切羽詰まった感じは微塵もない。何も言わないけれど、彼は全てを見て、知って、理解しているように僕を包み込んでくれる。
不思議なアルビー。僕には彼はまるで解らない、謎のままなのに。それでも……。それでも、僕は自分の気持ちだけは知っている。ここにこうしていられることの幸せも。
ミシェルの迎えが到着し、僕たちもエイヴベリーへ向かった。十五分程度の道程だ。広い駐車場の一角でショーンが手を振っている。
鉄道は通っていない、バスも一日数本しかないという、小さなこの村には似つかわしくない大きな駐車場だ。一応観光地だからだろうか。そこに申し訳程度の車が数台。その違和感に小首を傾げていると、ショーンが、「夏至のシーズンになるとな、この駐車場がいっぱいになるほど観光客が来るらしいぜ」と教えてくれた。
ここ、エイヴベリーもストーンヘンジと同じように、夏至の太陽の道筋を計算された配列になっているらしい。
「今日もしっかり歩けよ!」
ショーンが僕の顔を見て、にっと笑う。
のんびりと歩き出し、意味ありげな笑みの意味が身に染みて解った。このエイヴベリーの遺跡は、ストーンヘンジのように囲われた柵の中にあるのではない。遺跡群の内側を道路が突っ切り、村を内在する、途方もなく広大なものなのだ。新石器時代の遺跡では、西ヨーロッパ最大というのだから、その規模は推して知るべしというものだ。勿論、ストーンヘンジ同様、世界遺産に登録されている。
という魅力的な説明を、アルビーに語っているのはショーンとミシェルで。僕は只々圧倒されてその後をついて行くだけ。コリーヌも今日は何故か大人しい。いつも彼女に気を使っているミシェルが、アルビーに夢中なのが気に入らないのかな? 僕だってちょっと不愉快だもの。
アルビーは、彼にしては珍しく、他人の話を聴いているようで。相槌を打ちながら、的確な質問を挟んでくる。自分の興味のあること以外は無関心。そんなタイプだと思っていたのに。
周囲の景色よりも歩きながらの会話に気を取られている内に、いつの間にか、巨石群が目の前にすっくとそびえ立っていた。
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