霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
136 / 193
Ⅲ.春の足音

132 旅50 禹歩1

しおりを挟む
 定員オーバーを考慮してタクシーを呼ぼうとしたアルビーを制して、ミシェルは「大した距離じゃないから往復するよ」と言ってくれた。本音は、アルビーと少しでも話すきっかけが欲しいんだろうけど。でも、田舎のことなので、タクシーを呼ぶのにも時間がかかりそうだったし、その言葉に甘えさせてもらった。

 ショーンとコリーヌを先にエイヴベリーまで送り、Uターンして迎えに来てもらう。それまでコンサバトリーでゆっくり待つことになった。
 昨夜の薄暗く寒々しい様相とは様変わりして、朝の柔らかな光に満ちている。ガラス超しに広がる綺麗に手入れされた芝がきらきらしい。

「だけどさ、アルビーには退屈なんじゃないかな? 古代遺跡になんて興味ないだろ?」
「確かに興味を持ったことはなかったよ。だから余計にね、僕の知らないその魅力を、コウが教えてくれるのを楽しみにしてるんだ」
「僕が?」
「そうだよ」
 アルビーはにっこりと笑って、もう何杯目かのコーヒーを口に運ぶ。

 困ってしまった。僕は別に遺跡が好きな訳じゃない。今回、こうして初めて遺跡巡りをして面白かったと思う。でも、その魅力を語れるほどに詳しい訳じゃない。ずっと、ショーンのうんちくを感心しながら頷くばかりだったのだ。
 
 正直にそう告げると、アルビーは少し驚いたようだった。
「でも、楽しんでるんだろ? そんな顔してたよ。ストーンヘンジで久しぶりに逢った時、見違えるほどだった」


 ――コウが、空気に溶けてしまうんじゃないかと怖かったよ

 アルビーはあの時、そう言ったのに?
 僕はまだ、あそこで手首に纏わりついた不思議な感触を覚えている。未だに右手の甲には、静電気に似たぴりぴりとした感触が時折走る。

 捕まりかけていた。あの仕掛けられた環の中に。


「見違えるほど、変な奴に見えた?」
 つい皮肉気に零れ落ちた一言に、アルビーは僅かに眉根を寄せた。

「見違えるほど、綺麗だった。伝説の妖精かと思ったよ。だから名前を呼んだんだ。僕の手で捕まえたくて」
「僕は名を呼ばれて捉えられたの!」
「きみは僕のものだよ」
「とっくにね」

 ふふっ、と目を細めて僕を見ているアルビーには、あの時感じた不安そうな切羽詰まった感じは微塵もない。何も言わないけれど、彼は全てを見て、知って、理解しているように僕を包み込んでくれる。
 不思議なアルビー。僕には彼はまるで解らない、謎のままなのに。それでも……。それでも、僕は自分の気持ちだけは知っている。ここにこうしていられることの幸せも。



 ミシェルの迎えが到着し、僕たちもエイヴベリーへ向かった。十五分程度の道程だ。広い駐車場の一角でショーンが手を振っている。
 鉄道は通っていない、バスも一日数本しかないという、小さなこの村には似つかわしくない大きな駐車場だ。一応観光地だからだろうか。そこに申し訳程度の車が数台。その違和感に小首を傾げていると、ショーンが、「夏至のシーズンになるとな、この駐車場がいっぱいになるほど観光客が来るらしいぜ」と教えてくれた。

 ここ、エイヴベリーもストーンヘンジと同じように、夏至の太陽の道筋を計算された配列になっているらしい。

「今日もしっかり歩けよ!」
 ショーンが僕の顔を見て、にっと笑う。

 のんびりと歩き出し、意味ありげな笑みの意味が身に染みて解った。このエイヴベリーの遺跡は、ストーンヘンジのように囲われた柵の中にあるのではない。遺跡群の内側を道路が突っ切り、村を内在する、途方もなく広大なものなのだ。新石器時代の遺跡では、西ヨーロッパ最大というのだから、その規模は推して知るべしというものだ。勿論、ストーンヘンジ同様、世界遺産に登録されている。

 という魅力的な説明を、アルビーに語っているのはショーンとミシェルで。僕は只々圧倒されてその後をついて行くだけ。コリーヌも今日は何故か大人しい。いつも彼女に気を使っているミシェルが、アルビーに夢中なのが気に入らないのかな? 僕だってちょっと不愉快だもの。
 アルビーは、彼にしては珍しく、他人ひとの話を聴いているようで。相槌を打ちながら、的確な質問を挟んでくる。自分の興味のあること以外は無関心。そんなタイプだと思っていたのに。


 周囲の景色よりも歩きながらの会話に気を取られている内に、いつの間にか、巨石群が目の前にすっくとそびえ立っていた。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

ポメラニアン魔王

カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。 大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。 のんびり更新。 視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。 表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...