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Ⅳ 初夏の木漏れ日
173 訪問5
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アーノルドと別れ、そのまま帰路につくのかと思いきや、アルビーは今度はスミスさんと話している。その間、さきほど通った庭で待つようにと言われた。咲き初めの薔薇が綺麗だから、と。
あの小屋が嫌でも目に入る。
背中を向けて、生垣のこんもりと盛り上がる緑溢れる葉を覆う、雪のように白い薔薇の花に目を向けた。館の壁にも蔓が伸び、多くの白い花をつけている。
薔薇は白一色、この種類だけだ。よほど好きなのだろうな、この花が。
「お待たせ。でも、後ちょっと待ってくれる。花を摘みたいんだ」
アルビーの声に、ほっと力が抜けた。
「綺麗な薔薇だね」
「これがアイスバーグだよ。母が植えて、ここまで増やしたんだ。今はスミスさんのご主人が手入れしてくれている」
「スミスさんは、家政婦さん?」
「住み込みのね。ご主人は庭師なんだ」
アルビーはパチンと花を切り、その初めの一本を僕にくれた。そして、次々と切り落としては、地面に置いたセロファン紙の上に置いていく。僕はそれが丸まらないように広げて押さえ、彼を見上げた。
「名前の通り、氷山のようだろ? 山のように群れ咲いて、幾ら摘んでもちっとも減った気にならない」
一輪、また一輪、白い優雅な咲きかけの花が重ねられていく。まるで、あの小屋の脇の、人形の死体のように。
花を摘む鋏の音が止んだ。
もう、いいのかな、と僕はまた、アルビーに視線を向けた。
「そこの、」
彼は軽く顎をしゃくってあの小屋を示す。
「僕の死体の山を見た?」
アルビーは皮肉気に、微かに唇を歪めている。
「あれは僕なんだ。時々、アビゲイルはいきなり気がついたように、これは赤ちゃんじゃない、人形だって言い出すんだそうだよ。その度にアーノルドはその人形を壊して新しい人形を作るんだ。彼女の髪の毛も、あの青いドレスも、もう手に入らないからその部分だけ残して、ご丁寧に人形をバラバラに解体して地面に叩きつけて壊すんだよ。何度も、何度も」
「やめて! アルビー」
淡々と語る彼よりも、僕の声の方が震えていた。彼の口から、こんな言葉は聞きたくない。
「ごめん」
アルビーが、肩を落として項垂れている。
「きみを怒ったんじゃないんだ」
立ち上がり、彼を背中から抱き締めた。
「きみ自身を傷つけることを口にしないで。言葉には力があるんだから。あれはきみの死体じゃない。アーノルドの妄想が生んだ生贄の残骸だ。きみは、ここにこうして生きている。僕が抱き締めているのが、きみだよ。心を他のものに移さないで」
「コウ……」
彼を抱きすくめる僕の手の上に、アルビーの手が重なる。
「坊ちゃん! タクシーが来たみたいですよ!」
窓の一つからスミスさんの顔が覗く。反射的にびくりと痙攣していた。でも、アルビーの手から自分の手を抜くことはしなかった。逆に、強く彼を抱き締めていた。
「ありがとう、すぐ行くよ!」
アルビーは僕を宥めるように、もう一度ぐっと僕の手を握り込んでから、僕の腕を外した。セロファン紙でくるりと花をまとめあげ、僕に向けてくれた笑顔は、もういつもの彼だ。
「さぁ、行こうか」
差し出された手を握り締める。そのまま手を繋いで歩き出した。
「ホテルに戻る前に、もう一つ寄るところがあるんだ。構わないかな?」
「花を渡しに行くんだね」
「僕の心が読めるみたいだ。敵わないな、魔術師には」
「僕は魔術師じゃないよ。僕が目指しているのは錬金術師だよ」
「違うの?」
「全然違う」
「錬金術師も魔法を使うの?」
「錬金術は科学に近い学問だよ」
「違いが判らない」
「僕は魔法は嫌いなんだ」
なんだか変だ。僕は込み上げてくる可笑しさを抑えきれなくて、クスクス笑い出してしまっていた。
門まで見送ってくれたスミスさんにお礼を言い、アーノルドの館を後にした。この門から今一度振り返って見上げた灰色の館の背後に、深い緑を湛える山々の稜線が霞んで見えた。まるでアビゲイルの瞳の深緑に守られているみたいだ。
アーノルドの心を檻の中に閉じ込めるかのように、鈍く軋んだ金属音を立てて、黒い鉄柵は再びカシャンッ、と閉ざされた。
あの小屋が嫌でも目に入る。
背中を向けて、生垣のこんもりと盛り上がる緑溢れる葉を覆う、雪のように白い薔薇の花に目を向けた。館の壁にも蔓が伸び、多くの白い花をつけている。
薔薇は白一色、この種類だけだ。よほど好きなのだろうな、この花が。
「お待たせ。でも、後ちょっと待ってくれる。花を摘みたいんだ」
アルビーの声に、ほっと力が抜けた。
「綺麗な薔薇だね」
「これがアイスバーグだよ。母が植えて、ここまで増やしたんだ。今はスミスさんのご主人が手入れしてくれている」
「スミスさんは、家政婦さん?」
「住み込みのね。ご主人は庭師なんだ」
アルビーはパチンと花を切り、その初めの一本を僕にくれた。そして、次々と切り落としては、地面に置いたセロファン紙の上に置いていく。僕はそれが丸まらないように広げて押さえ、彼を見上げた。
「名前の通り、氷山のようだろ? 山のように群れ咲いて、幾ら摘んでもちっとも減った気にならない」
一輪、また一輪、白い優雅な咲きかけの花が重ねられていく。まるで、あの小屋の脇の、人形の死体のように。
花を摘む鋏の音が止んだ。
もう、いいのかな、と僕はまた、アルビーに視線を向けた。
「そこの、」
彼は軽く顎をしゃくってあの小屋を示す。
「僕の死体の山を見た?」
アルビーは皮肉気に、微かに唇を歪めている。
「あれは僕なんだ。時々、アビゲイルはいきなり気がついたように、これは赤ちゃんじゃない、人形だって言い出すんだそうだよ。その度にアーノルドはその人形を壊して新しい人形を作るんだ。彼女の髪の毛も、あの青いドレスも、もう手に入らないからその部分だけ残して、ご丁寧に人形をバラバラに解体して地面に叩きつけて壊すんだよ。何度も、何度も」
「やめて! アルビー」
淡々と語る彼よりも、僕の声の方が震えていた。彼の口から、こんな言葉は聞きたくない。
「ごめん」
アルビーが、肩を落として項垂れている。
「きみを怒ったんじゃないんだ」
立ち上がり、彼を背中から抱き締めた。
「きみ自身を傷つけることを口にしないで。言葉には力があるんだから。あれはきみの死体じゃない。アーノルドの妄想が生んだ生贄の残骸だ。きみは、ここにこうして生きている。僕が抱き締めているのが、きみだよ。心を他のものに移さないで」
「コウ……」
彼を抱きすくめる僕の手の上に、アルビーの手が重なる。
「坊ちゃん! タクシーが来たみたいですよ!」
窓の一つからスミスさんの顔が覗く。反射的にびくりと痙攣していた。でも、アルビーの手から自分の手を抜くことはしなかった。逆に、強く彼を抱き締めていた。
「ありがとう、すぐ行くよ!」
アルビーは僕を宥めるように、もう一度ぐっと僕の手を握り込んでから、僕の腕を外した。セロファン紙でくるりと花をまとめあげ、僕に向けてくれた笑顔は、もういつもの彼だ。
「さぁ、行こうか」
差し出された手を握り締める。そのまま手を繋いで歩き出した。
「ホテルに戻る前に、もう一つ寄るところがあるんだ。構わないかな?」
「花を渡しに行くんだね」
「僕の心が読めるみたいだ。敵わないな、魔術師には」
「僕は魔術師じゃないよ。僕が目指しているのは錬金術師だよ」
「違うの?」
「全然違う」
「錬金術師も魔法を使うの?」
「錬金術は科学に近い学問だよ」
「違いが判らない」
「僕は魔法は嫌いなんだ」
なんだか変だ。僕は込み上げてくる可笑しさを抑えきれなくて、クスクス笑い出してしまっていた。
門まで見送ってくれたスミスさんにお礼を言い、アーノルドの館を後にした。この門から今一度振り返って見上げた灰色の館の背後に、深い緑を湛える山々の稜線が霞んで見えた。まるでアビゲイルの瞳の深緑に守られているみたいだ。
アーノルドの心を檻の中に閉じ込めるかのように、鈍く軋んだ金属音を立てて、黒い鉄柵は再びカシャンッ、と閉ざされた。
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