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Ⅳ 初夏の木漏れ日
172 訪問4
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「ほう、火の精霊の人形に似た友人がいるのかい? 奇遇だな。昔、私にもそんな友人がいたんだよ」
「……人形の、モデルにされたそうですね」
どんなつもりで、アルビーがこの話を持ち出したのかは判らない。でも、この機会を逃す訳にはいかないのだろう。もう僕には、確かめる必要はなかったのだけれど……。
「ああ、彼らの容姿は際立っていたからね」
湖面が揺らぎ、飛沫が上がるように彼の瞳の中で光がはぜる。
「再会した時も、全く年月の経過を感じさせない不思議な連中だった」
「では、二度目の儀式も成功したのですね」
僕の問い掛けに、アーノルドの表情が硬く強張った。
「僕も同じ儀式を執り行ったことがあります」
立ち上がり、アーノルドの背後に回って彼の耳許で囁いた。火蜥蜴の用いた呪文の触りを、一文だけ。たとえ一文であっても、アルビーに聴かせる訳にはいかないから、羽虫の羽音のような小声で。
でも、彼にはそれで充分だったみたいだ。
「彼らに逢ったのかい? 彼らは今どこにいる?」
「それをあなたにお訊ねしたくて。どこで、彼らに出逢ったのですか?」
自分の席に戻る途中で、アルビーの肩に一瞬手のひらを重ねた。席に座り直し、チラリと視線を向けた。彼は眼を伏せたままだ。
「昔のことだ」
アーノルドは、大きく眼を瞠ったまま頭を振る。
「でも忘れられない。そうですね?」
僕は畳みかけるように問い掛けた。
「夢の中のような記憶なんだよ」
アーノルドのあの張り詰めた瞳が緩み、細まり、遠い記憶を探るように彷徨っている。
「夏至の頃だったと思う。湖のほとりで、本をもらった。魔術に関する本で、私は当時、そんな魔術に興味を持ち始めたばかりで……」
断片的で、とりとめのない言葉が続く。この記憶は本物だろうか? そんな疑念が湧いて来る。夢の中で出逢っていても、現実の出来事でも、おそらく今の彼には区別なんてつかないだろう。
彼からはやはり、彼らに関する情報なんて何も引き出せないに違いない。
僕は、その記憶の断片を遮って、質問を変えた。
「では、儀式に使ったアビゲイルの人形はそれですか?」
正面の人形の置かれた椅子を指さした。
「きみ、何てことを言うのだ!」
怒声と共に、アーノルドが椅子を跳ね飛ばして立ち上がる。僕は「すみません」と直ぐに謝って、視線で彼を戸口に誘った。
アーノルドは苦々し気な顔付きで頷き、ちらりと横の人形の置かれた席に視線を留めると、「すぐ戻るからね」と、静かに椅子を引いた僕に続いてこの部屋を出た。
ドアを閉め、彼は深く息を吸い込む。
「家内は病気なんだ。言葉に気をつけてくれ」
「失言でした。申し訳ありません。それで……」
「あの人形が今どこにあるかは知らんよ。彼らが持って行ってしまった。きみは、あの儀式のことを彼らに聞いたのかい?」
「召喚の儀式ですか? それとも、奥さんの……」
「何もかも、知っているんだな……」
深いため息が聞こえる。こうしていると、この彼が病気だなんてとても思えない。だけど、そうなのだ。そしてこの病が、彼自身だけでなく、アルビーをもずっと苦しめ続けているのだ。
アーノルドのために、そしてアルビーのために、僕にできることがあるのだろうか……。
僕が今、ここにいる理由は……。
頭の中が煮えくり返って沸騰しそうだ。また熱が出そうだ。きっとアルビーが心配する。
僕はその熱を払い飛ばすように、頭を振った。
「お話、ありがとうございました」
「私は、彼らにまた逢うことができるだろうか?」
「願いは全て成就なされたのでしょう?」
アーノルドは、わなわなと唇を震わせ、絞り出すように言った。
「後悔している」
「何をですか?」
「妻と子どもと、両方望めば良かった」
泣き出しそうな気持ちを押さえつけ、僕は彼の手を取り両手で握り締めた。彼を慰める言葉をかけたかったのに、いい言葉が思いつかなかった。こんな時、僕は本当に役に立たない。申し訳ないほどに……。
アーノルドは、ポンポンッと僕の肩を二度叩き、再び居間に続くドアを開けた。アルビーが立ちあがり、静かに告げた。
「そろそろ、お暇する時間のようです。お茶をごちそうさまでした」
「……人形の、モデルにされたそうですね」
どんなつもりで、アルビーがこの話を持ち出したのかは判らない。でも、この機会を逃す訳にはいかないのだろう。もう僕には、確かめる必要はなかったのだけれど……。
「ああ、彼らの容姿は際立っていたからね」
湖面が揺らぎ、飛沫が上がるように彼の瞳の中で光がはぜる。
「再会した時も、全く年月の経過を感じさせない不思議な連中だった」
「では、二度目の儀式も成功したのですね」
僕の問い掛けに、アーノルドの表情が硬く強張った。
「僕も同じ儀式を執り行ったことがあります」
立ち上がり、アーノルドの背後に回って彼の耳許で囁いた。火蜥蜴の用いた呪文の触りを、一文だけ。たとえ一文であっても、アルビーに聴かせる訳にはいかないから、羽虫の羽音のような小声で。
でも、彼にはそれで充分だったみたいだ。
「彼らに逢ったのかい? 彼らは今どこにいる?」
「それをあなたにお訊ねしたくて。どこで、彼らに出逢ったのですか?」
自分の席に戻る途中で、アルビーの肩に一瞬手のひらを重ねた。席に座り直し、チラリと視線を向けた。彼は眼を伏せたままだ。
「昔のことだ」
アーノルドは、大きく眼を瞠ったまま頭を振る。
「でも忘れられない。そうですね?」
僕は畳みかけるように問い掛けた。
「夢の中のような記憶なんだよ」
アーノルドのあの張り詰めた瞳が緩み、細まり、遠い記憶を探るように彷徨っている。
「夏至の頃だったと思う。湖のほとりで、本をもらった。魔術に関する本で、私は当時、そんな魔術に興味を持ち始めたばかりで……」
断片的で、とりとめのない言葉が続く。この記憶は本物だろうか? そんな疑念が湧いて来る。夢の中で出逢っていても、現実の出来事でも、おそらく今の彼には区別なんてつかないだろう。
彼からはやはり、彼らに関する情報なんて何も引き出せないに違いない。
僕は、その記憶の断片を遮って、質問を変えた。
「では、儀式に使ったアビゲイルの人形はそれですか?」
正面の人形の置かれた椅子を指さした。
「きみ、何てことを言うのだ!」
怒声と共に、アーノルドが椅子を跳ね飛ばして立ち上がる。僕は「すみません」と直ぐに謝って、視線で彼を戸口に誘った。
アーノルドは苦々し気な顔付きで頷き、ちらりと横の人形の置かれた席に視線を留めると、「すぐ戻るからね」と、静かに椅子を引いた僕に続いてこの部屋を出た。
ドアを閉め、彼は深く息を吸い込む。
「家内は病気なんだ。言葉に気をつけてくれ」
「失言でした。申し訳ありません。それで……」
「あの人形が今どこにあるかは知らんよ。彼らが持って行ってしまった。きみは、あの儀式のことを彼らに聞いたのかい?」
「召喚の儀式ですか? それとも、奥さんの……」
「何もかも、知っているんだな……」
深いため息が聞こえる。こうしていると、この彼が病気だなんてとても思えない。だけど、そうなのだ。そしてこの病が、彼自身だけでなく、アルビーをもずっと苦しめ続けているのだ。
アーノルドのために、そしてアルビーのために、僕にできることがあるのだろうか……。
僕が今、ここにいる理由は……。
頭の中が煮えくり返って沸騰しそうだ。また熱が出そうだ。きっとアルビーが心配する。
僕はその熱を払い飛ばすように、頭を振った。
「お話、ありがとうございました」
「私は、彼らにまた逢うことができるだろうか?」
「願いは全て成就なされたのでしょう?」
アーノルドは、わなわなと唇を震わせ、絞り出すように言った。
「後悔している」
「何をですか?」
「妻と子どもと、両方望めば良かった」
泣き出しそうな気持ちを押さえつけ、僕は彼の手を取り両手で握り締めた。彼を慰める言葉をかけたかったのに、いい言葉が思いつかなかった。こんな時、僕は本当に役に立たない。申し訳ないほどに……。
アーノルドは、ポンポンッと僕の肩を二度叩き、再び居間に続くドアを開けた。アルビーが立ちあがり、静かに告げた。
「そろそろ、お暇する時間のようです。お茶をごちそうさまでした」
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