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Ⅳ 初夏の木漏れ日
177 夜と朝
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アルビーが横にいない。部屋にもいない。目が覚めたばかりなのに、心臓が止まりそうだった。
「アルビー、アルビー!」
飛び起きてバスルームを覗く。やはりいない。真っ白になっている頭には、考えなきゃいけないことよりも、見たくない場面ばかりが浮かんでくる。
そうだ、フロントに……。ホテル内にいるのかどうか、チェックアウトしてしまったのか聞けばいい。でもその前に、落ち着かなきゃ。
アルビーの鞄、ちゃんとあるじゃないか。
ベッド脇に置かれたそれに気がついただけで、へなへなとへたり込んでいた。
着替えてホテル内を探しに行こう。ラウンジかもしれないし、先に朝食に行っているのかもしれない。
サイドボードに手を掛けて立ち上がると、そこにメモ書きがあった。
――プールで泳いで来る。起きたらメールして。
ほっとして、スプリングの利いたベッドに倒れ込んだ。
やはり僕では駄目なのか、と恐怖で足元から崩れるようだった。アルビーの冷たく凍りついた焔は僕では熔かすことはできないから、受け止めてくれる知らない誰かを探しに行ったのだと、そう思い込んでいた。
ここはロンドンじゃないのに。
あそこなら、あのハムステッドヒースでなら出逢えるのかもしれない。アルビーと同じ、言葉も説明も要らないほどに共鳴する空漠を抱える誰かに……。同じように、冷たく煮えたぎる怒りを抱える誰かに……。そんな気がしてならなかった。僕には怖くて堪らなかったあの漆黒の闇の蠢きが、アルビーには心地良い静寂と安寧をもたらしてくれるものなのかもしれない、などと。
この腕の中にいても決して届かない彼を求めて、僕もまた、カラカラに乾いていくみたいだ。馬鹿みたいに泣いて、泣いて、体中の水分を涙に変えてしまったのだろうか?
存在を否定され続けるということが、どれほど虚しく、辛いものなのか、僕には判らない。愛の反対は無関心というけれど、関心を向けられないどころか、はなからこの世にいないように扱われるなんて。
実の親の病気だからそれも仕方がないこととして、アルビーは事実を受け入れ諦めているのだろうか。
アーノルドが自分自身に掛けた魔法を、僕に解くことができたらいいのに。本物の魔術師であれたらいいのに。
真っ白な天井を見据えて、とりとめもなく、そんなことを考えていた。
アルビーに「起きたよ」とメールすると直ぐに電話が鳴って、コウも泳がないか、と爽やかな彼の声が聞けた。もう一段階輪をかけて安堵する。でも彼と違って、僕にはそんな体力はない。ちょっと恨めしい。誰のせいだよ、全く。
少し腹立たしくて、簡単にシャワーで済ませようと思っていたけれど、やはり湯を張ってバスタブに浸かった。
気怠さが温かなお湯に溶け出ていく。痣の残る手首を何度も擦った。痛みがあるわけではないのだけれど。アルビーに縛り付けられている痕のように思えて、嫌だった。いつもなら、もっと違ったふうに捉えられるのに。今はこの痕が呪縛の呪文のように思えて。
まるでこの躰は彼らに捧げられた生贄のようで。
どうかこの躰の内に、父が息子に向けるはずだった愛を満たして下さい。
彼が僕を貪り喰らい、少しでも飢えを満たすことができますように。
昨夜はこんなこと欠片も思いもせずに、理性なんてかなぐり捨てて、彼とまぐわう貪欲な獣に成り果てていたくせに。
朝の陽の光は、こうもあっけなく混沌の闇を駆逐する。
僕はいつまでたっても、霧の中を闇雲に彷徨うまま。
「アルビー、アルビー!」
飛び起きてバスルームを覗く。やはりいない。真っ白になっている頭には、考えなきゃいけないことよりも、見たくない場面ばかりが浮かんでくる。
そうだ、フロントに……。ホテル内にいるのかどうか、チェックアウトしてしまったのか聞けばいい。でもその前に、落ち着かなきゃ。
アルビーの鞄、ちゃんとあるじゃないか。
ベッド脇に置かれたそれに気がついただけで、へなへなとへたり込んでいた。
着替えてホテル内を探しに行こう。ラウンジかもしれないし、先に朝食に行っているのかもしれない。
サイドボードに手を掛けて立ち上がると、そこにメモ書きがあった。
――プールで泳いで来る。起きたらメールして。
ほっとして、スプリングの利いたベッドに倒れ込んだ。
やはり僕では駄目なのか、と恐怖で足元から崩れるようだった。アルビーの冷たく凍りついた焔は僕では熔かすことはできないから、受け止めてくれる知らない誰かを探しに行ったのだと、そう思い込んでいた。
ここはロンドンじゃないのに。
あそこなら、あのハムステッドヒースでなら出逢えるのかもしれない。アルビーと同じ、言葉も説明も要らないほどに共鳴する空漠を抱える誰かに……。同じように、冷たく煮えたぎる怒りを抱える誰かに……。そんな気がしてならなかった。僕には怖くて堪らなかったあの漆黒の闇の蠢きが、アルビーには心地良い静寂と安寧をもたらしてくれるものなのかもしれない、などと。
この腕の中にいても決して届かない彼を求めて、僕もまた、カラカラに乾いていくみたいだ。馬鹿みたいに泣いて、泣いて、体中の水分を涙に変えてしまったのだろうか?
存在を否定され続けるということが、どれほど虚しく、辛いものなのか、僕には判らない。愛の反対は無関心というけれど、関心を向けられないどころか、はなからこの世にいないように扱われるなんて。
実の親の病気だからそれも仕方がないこととして、アルビーは事実を受け入れ諦めているのだろうか。
アーノルドが自分自身に掛けた魔法を、僕に解くことができたらいいのに。本物の魔術師であれたらいいのに。
真っ白な天井を見据えて、とりとめもなく、そんなことを考えていた。
アルビーに「起きたよ」とメールすると直ぐに電話が鳴って、コウも泳がないか、と爽やかな彼の声が聞けた。もう一段階輪をかけて安堵する。でも彼と違って、僕にはそんな体力はない。ちょっと恨めしい。誰のせいだよ、全く。
少し腹立たしくて、簡単にシャワーで済ませようと思っていたけれど、やはり湯を張ってバスタブに浸かった。
気怠さが温かなお湯に溶け出ていく。痣の残る手首を何度も擦った。痛みがあるわけではないのだけれど。アルビーに縛り付けられている痕のように思えて、嫌だった。いつもなら、もっと違ったふうに捉えられるのに。今はこの痕が呪縛の呪文のように思えて。
まるでこの躰は彼らに捧げられた生贄のようで。
どうかこの躰の内に、父が息子に向けるはずだった愛を満たして下さい。
彼が僕を貪り喰らい、少しでも飢えを満たすことができますように。
昨夜はこんなこと欠片も思いもせずに、理性なんてかなぐり捨てて、彼とまぐわう貪欲な獣に成り果てていたくせに。
朝の陽の光は、こうもあっけなく混沌の闇を駆逐する。
僕はいつまでたっても、霧の中を闇雲に彷徨うまま。
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