【完結】甘えたな子犬系Ωが実は狂犬なんて聞いてない

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一章

9.セロリ

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 ことが終わり、シャワーを浴びてクッションを抱き抱えるようにして座っている政宗さんの後ろ姿が可愛い。コーヒーが入ったカップを両手に持って行くと、隣に座ろうとした俺に政宗さんがポツリと言った。
「確かめたかった」

「え? 何をですか?」
「遥希との体の相性かな。正気の時でも相性いいのか」
「それで、どうだったんですか?」
 正直聞くのは怖かった。だけど聞いてもらいたいってことだと思って尋ねてみた。

「ヤバかった」
 なんで確かめたかったのか、ヤバかったってのはどっちの意味でなのか、聞きたいような聞きたくないような。

「そうですか」
「しなきゃよかったかも」

 ショックだった。わけ分からないくらい昂ってる時なら良くても、俺はそんなに経験豊富なわけでもないし、むしろ経験値は低い。だからテクニックが拙くても仕方ない。
 政宗さんが普段利用しているであろう高級娼婦なんかと比べられたら負けるに決まってる。
 分かっているけど……分かってはいても、ショックは受ける。

「俺……そんなに下手でした? なんかすみません」
「逆。遥希の虜になりそうで怖い」
「そ、そうですか」

 そっか、相性よかったんだ。
 そんなこと言われたら嬉しいけど、政宗さんがどうしたいのか分からない。
 ただ、怖いといった言葉から、俺のこと好きになったりしたくないってことだけは分かった。

「ごめん。困らせて」
 政宗さんは抱えていたクッションを更にギュッと潰すように抱きしめて顔も埋めた。
「いえ、そんな、大丈夫です」
「遥希って好きな人いないの?」
「え?」

 いたら政宗さんを家に上げてないと思うけど。
 何で今更そんなこと聞くんだろう?

「遥希はαだし、優しいし、モテるんだろうなって思って。今更だけど俺が邪魔してたらどうしようって、今思った」
「いません。俺モテないし、αってことはほとんどの人は知らないと思います」
「そうなの? モテたくないの?」
「モテたくないです。αだからって理由で好かれても嬉しくないから」
 そう自分で言いながら、嫌な感情が湧き上がってくる。αなんていいことなど一つもない。αだと分かって寄ってくるようになった周りに幻滅したことしかない。

「そっか。ホント、遥希ってそういうところ格好良いよね」
 格好いい? そんなわけない。俺は、幻滅して逃げたんだ。そんな格好悪いところ、政宗さんには知られたくないな……
「褒めても飯くらいしか出せませんよ?」
 嫌な感情を払拭するためにおどけてみせた。
「その飯、ありがたくいただく。遥希の飯は美味いからな」
「じゃあ作りますね。食べたいものとかありますか? 嫌いなものとか」

「セロリ」
「え? セロリ嫌いなんですか? 可愛い」
「あ~遥希、今俺のこと馬鹿にしたろー」
「そんなことないですよ? ふふふ」
「ほら、笑い漏れちゃってるじゃん。このやろうめ~」
 嫌な感情は政宗さんが消してくれた。こういうところ、本当に……

「あっ」
 ふざけていたら床に倒れて、俺の上に政宗さんが覆い被さる格好になっていた。
「ごめん」
 ごめんと言いながら政宗さんは俺の上から退かなかった。

「少しだけこのままでいさせて」
「はい」
 俺の胸の上に縋り付くように体を預けてきたから、俺は政宗さんの背中に手を回してギュッと抱きしめた。

「ありがと。遥希は本当に優しいね」
「いえ」
「遥希は俺の癒しだよ」
「そうですか」

 どういう意味だ? 好きにはなりたくないけど、関係は続けたい? なんでそんな思わせぶりなこと言うんだ? 発情期だから?
 発情期だからってことにしておこう。発情期は甘えたいって言ってたし、でないと俺の方がヤバイ。

 政宗さんはそのまま俺の上で寝てしまったから、抱えてベッドまで連れて行って布団に寝かせた。
 本当にこの人は可愛いな。
 やっぱり発情期って体力の消耗激しいんだろうか? 政宗さんは俺の家にいる時はよく寝ている気がする。

 俺はこっそり家を出てスーパーに行くと、帰ってきて料理をした。もちろんセロリは買ってない。
 得意な和食にしよう。ガーゼで包んで木綿豆腐の水切りをして、人参と木耳と枝豆と刻んだ筍を入れてがんもどきを作る。
 じゃがいもと鶏は少し酢を入れて甘辛く煮含めた。ワカメと筍の味噌汁に、木の芽を一枚浮かべてみよう。ウドの酢味噌和えなんて渋すぎたかな?
 がんもどきを揚げ始めると、政宗さんが起きてきた。

「美味そうな匂いがする」
「もうすぐできますよ」
 そう言うと、政宗さんは俺のところまで来て手元を覗き込んだ。近いな。俺の腰に巻き付いてひょっこり覗くその姿が可愛い。

「揚げ物? 一人暮らしで揚げ物とか大変じゃない?」
「これも調理の練習なので」
「そっか」
「油が跳ねるかもしれないので顔を近付けないで下さいね」

 油が跳ねたのを想像したのか、パッと俺の後ろに隠れた。

「大丈夫。遥希の後ろに隠れとく」
「そうして下さい」

 このシーンだけ見たらラブラブなカップルなんだけどな。実は金で買われているのだと思うと、やっぱり少し寂しい気持ちになる。

 足を折りたためる小さな机ってところが残念だけど、料理を運ぶのは政宗さんも手伝ってくれた。

「遥希、腕上げすぎじゃない? 全部美味そう」
「どうぞ召し上がれ」

 政宗さんはやっぱり丁寧に手を合わせて「いただきます」と言った。
「うん。やっぱり美味い。もう直ぐにでも店出せるよ。俺通うし」
「ありがとうございます」

 美味しそうに食べてくれるのが嬉しい。
 俺が店を出したら、お客さん一号は政宗さんがいいな、なんて思った。

 
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