【短編】ぬいぐるみ職人の僕の弟子は一騎当千と言われた英雄なんだけど信じられる?

cyan

文字の大きさ
2 / 13

2.侵入者

  
 ガターン
 何事だ!? 眠っていた僕は破壊音に似た大きな音で飛び起きた。辺りを見渡しても闇が広がっており、どう考えても今はまだ夜中だ。
 音は工房の入口の方から聞こえた。暗闇の中、壁伝いに部屋を出て寝巻きのまま工房へと急ぐ。

 薄暗い室内で目を凝らすが、まだ暗闇に目が慣れていないせいでよく見えない。
 手探りでオイルランプに火を灯す。ぼんやりと浮かんだ光の中で、工房兼自宅の扉が無惨に破壊されているのが見えた。

 まるで暴走した馬車が突っ込んだかのような音だった。しかし夜中に馬車など走っているわけがない。何が起きたのか分からず指先は小刻みに震え出した。

 自然に扉が壊れるなんてことはない。何者かが壊したことは分かるが、その正体が分からず呆気に取られたまま立ち尽くす。
 視界の端に動く影を確認した瞬間、胸ぐらを掴まれて、そのまま足が宙に浮いた。

 強盗だ。僕の命もここまでか……
 死という考えが頭をよぎった。

 ……覚悟を決めるも訪れる痛みは無い。
 全く無いわけではない。胸ぐらを掴まれているのだから首元は苦しいし、衣類が食い込んだ脇などは地味に痛い。だが死ぬほどの痛みではなかった。

「目」
「え?」

 胸ぐらは掴まれたままだが、殺されることはなかった。ゆっくりと目を開けると、目の前にはフクロウ。
 は? 思考はまだ上手く回らない。
 薄汚れ、ほつれも目立つ片目のフクロウのぬいぐるみを目の前に突きつけられていた。

「目」
「もしかして、片目をつけてほしいの?」

 恐る恐る尋ねると、フクロウの向こうの男は眉間にシワを寄せたまま僅かに頷いた。ランプの光のせいか、男の顔には深い皺の影が現れている。その刻み込まれた眉間の皺が恐怖を増長させた。

「分かった、から……降ろしてください」
 男の力は強く、胸ぐらを掴まれた僕は足が宙に浮いたままだ。首も苦しいし、指先の震えは収まらない。

 男は意外にもそーっと僕を降ろして、ぬいぐるみを渡してきた。
 いくら僕がお人好しだとしても、扉を壊して無理やり侵入してきた者を歓迎する気はない。とにかく目を縫い付けてすぐに帰ってもらおう。
 何故この男がぬいぐるみに執着しているのかは分からないが、深く関わってはいけない。

 ぬいぐるみは僕にとって命みたいなものだ。僕はぬいぐるみ職人で、仕事にしているというだけでなく、大切な仲間で、我が子のような存在。
 このぬいぐるみは随分とボロボロだけど、見覚えがある。もしやと思って確認すると、足の裏に僕の工房の名前『ロマーノ』の刺繍を見つけた。

 ロマーノとは工房の名前でもあるけど、僕の名前でもある。僕もぬいぐるみ職人ではあるが、この工房は先代である父が作ったものだ。
 僕が生まれた時に工房を建てて、父は一年前に引退するまでぬいぐるみ職人をしていた。父は今、母と一緒に母の出身の田舎でのんびりと暮らしている。
 僕は父の工房を受け継ぎ、一人でぬいぐるみ職人を続けている。

 このフクロウのぬいぐるみはよく覚えている。僕が最初に父の手を借りずに作った作品だ。ボロボロになっても、捨てて買い換えるのではなく直せと言った男のことを少しだけ見直した。
 だからほつれているところも縫い直し、目をつけて、しっかりとブラシで土や砂の汚れを落とした。

「できましたよ」
 目をつけるだけでなく、汚れを落としたり縫い直したりしていたせいで男を待たせてしまった。僕のぬいぐるみ愛が、こんなに可哀想な状態を許せなかったんだ。

 男はぬいぐるみを大切そうに胸に抱きしめ僕に深く頭を下げた。そんなに感謝してくれるなら直してよかった。ぬいぐるみを直すのに集中していたせいか、いつの間にか手の震えは止まっていた。

 ぬいぐるみを渡してすぐにお帰りいただこうと思ったのに、彼は頭を下げたまま動かない。

「まだ何か?」
「弟子」
「はい?」

 弟子と言ったように聞こえた。まさか弟子にしろってこと?
 いくらぬいぐるみを大切にしてくれるからって、強盗みたいな男を弟子にするわけない。だいたい僕は弟子なんか取っていないし取るつもりもないんだ。

「弟子」
「お断りします」

 そうはっきり断ったのに、男はまだ動かない。頭を下げたまま、指先一つ動かさずに固まっているんだ。

「頼む」
「頼まれても無理です」

 男が何を考えているのか分からずとても怖い。こうして夜中に侵入して、僕を殺してお金を奪う気かもしれない。
 いや、それならもう僕はとっくに殺されているだろう。

「頼む」
「夜中に扉を壊して侵入してくるような人をあなたは家に置けますか?」

 こんな質問をしても意味はないかもしれない。男にとって扉は開け閉めするものではなく壊すものかもしれない。夜中だろうが昼間だろうが、そんなことは大したことではないと思っているのかもしれない。
 むしろ夜の方が人目がなく都合がいいとか……
 胸ぐらを掴むのも、男にとっては挨拶みたいなもので、日常的に行っているんだろう。怖いから早く出ていってください。そしてもう二度とここには来ないでください。心の中で必死に祈る。

 僕の言葉を理解してくれたのか、男はふぅーっと小さく息を吐いて壊れた扉から出ていった。
 本当は男にぬいぐるみの修復費と壊した扉の修繕費を請求したいところだけど、そんなことよりもう関わりたくない。

 扉どうすんだよ……もういい、明日考えよう。

 ペタペタと暗く静かな廊下を歩く。
 殺されなかっただけマシだ。命があることに感謝しよう。部屋に戻ってベッドに入り、何も考えないよう眠りについた。

 
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

悪役令息に転生したので婚約破棄を受け入れます

藍沢真啓/庚あき
BL
BLゲームの世界に転生してしまったキルシェ・セントリア公爵子息は、物語のクライマックスといえる断罪劇で逆転を狙うことにした。 それは長い時間をかけて、隠し攻略対象者や、婚約者だった第二王子ダグラスの兄であるアレクサンドリアを仲間にひきれることにした。 それでバッドエンドは逃れたはずだった。だが、キルシェに訪れたのは物語になかった展開で…… 4/2の春庭にて頒布する「悪役令息溺愛アンソロジー」の告知のために書き下ろした悪役令息ものです。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

丘の上の風車パン屋、本日も開店!〜不器用な森の守護者とハチミツよりも甘い恋を焼いています〜

たら昆布
BL
精霊が住む森の近くでパン屋を開いた青年と毎日パンを買いに来る森の番人の話

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。