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2.侵入者
ガターン
何事だ!? 眠っていた僕は破壊音に似た大きな音で飛び起きた。辺りを見渡しても闇が広がっており、どう考えても今はまだ夜中だ。
音は工房の入口の方から聞こえた。暗闇の中、壁伝いに部屋を出て寝巻きのまま工房へと急ぐ。
薄暗い室内で目を凝らすが、まだ暗闇に目が慣れていないせいでよく見えない。
手探りでオイルランプに火を灯す。ぼんやりと浮かんだ光の中で、工房兼自宅の扉が無惨に破壊されているのが見えた。
まるで暴走した馬車が突っ込んだかのような音だった。しかし夜中に馬車など走っているわけがない。何が起きたのか分からず指先は小刻みに震え出した。
自然に扉が壊れるなんてことはない。何者かが壊したことは分かるが、その正体が分からず呆気に取られたまま立ち尽くす。
視界の端に動く影を確認した瞬間、胸ぐらを掴まれて、そのまま足が宙に浮いた。
強盗だ。僕の命もここまでか……
死という考えが頭をよぎった。
……覚悟を決めるも訪れる痛みは無い。
全く無いわけではない。胸ぐらを掴まれているのだから首元は苦しいし、衣類が食い込んだ脇などは地味に痛い。だが死ぬほどの痛みではなかった。
「目」
「え?」
胸ぐらは掴まれたままだが、殺されることはなかった。ゆっくりと目を開けると、目の前にはフクロウ。
は? 思考はまだ上手く回らない。
薄汚れ、ほつれも目立つ片目のフクロウのぬいぐるみを目の前に突きつけられていた。
「目」
「もしかして、片目をつけてほしいの?」
恐る恐る尋ねると、フクロウの向こうの男は眉間にシワを寄せたまま僅かに頷いた。ランプの光のせいか、男の顔には深い皺の影が現れている。その刻み込まれた眉間の皺が恐怖を増長させた。
「分かった、から……降ろしてください」
男の力は強く、胸ぐらを掴まれた僕は足が宙に浮いたままだ。首も苦しいし、指先の震えは収まらない。
男は意外にもそーっと僕を降ろして、ぬいぐるみを渡してきた。
いくら僕がお人好しだとしても、扉を壊して無理やり侵入してきた者を歓迎する気はない。とにかく目を縫い付けてすぐに帰ってもらおう。
何故この男がぬいぐるみに執着しているのかは分からないが、深く関わってはいけない。
ぬいぐるみは僕にとって命みたいなものだ。僕はぬいぐるみ職人で、仕事にしているというだけでなく、大切な仲間で、我が子のような存在。
このぬいぐるみは随分とボロボロだけど、見覚えがある。もしやと思って確認すると、足の裏に僕の工房の名前『ロマーノ』の刺繍を見つけた。
ロマーノとは工房の名前でもあるけど、僕の名前でもある。僕もぬいぐるみ職人ではあるが、この工房は先代である父が作ったものだ。
僕が生まれた時に工房を建てて、父は一年前に引退するまでぬいぐるみ職人をしていた。父は今、母と一緒に母の出身の田舎でのんびりと暮らしている。
僕は父の工房を受け継ぎ、一人でぬいぐるみ職人を続けている。
このフクロウのぬいぐるみはよく覚えている。僕が最初に父の手を借りずに作った作品だ。ボロボロになっても、捨てて買い換えるのではなく直せと言った男のことを少しだけ見直した。
だからほつれているところも縫い直し、目をつけて、しっかりとブラシで土や砂の汚れを落とした。
「できましたよ」
目をつけるだけでなく、汚れを落としたり縫い直したりしていたせいで男を待たせてしまった。僕のぬいぐるみ愛が、こんなに可哀想な状態を許せなかったんだ。
男はぬいぐるみを大切そうに胸に抱きしめ僕に深く頭を下げた。そんなに感謝してくれるなら直してよかった。ぬいぐるみを直すのに集中していたせいか、いつの間にか手の震えは止まっていた。
ぬいぐるみを渡してすぐにお帰りいただこうと思ったのに、彼は頭を下げたまま動かない。
「まだ何か?」
「弟子」
「はい?」
弟子と言ったように聞こえた。まさか弟子にしろってこと?
いくらぬいぐるみを大切にしてくれるからって、強盗みたいな男を弟子にするわけない。だいたい僕は弟子なんか取っていないし取るつもりもないんだ。
「弟子」
「お断りします」
そうはっきり断ったのに、男はまだ動かない。頭を下げたまま、指先一つ動かさずに固まっているんだ。
「頼む」
「頼まれても無理です」
男が何を考えているのか分からずとても怖い。こうして夜中に侵入して、僕を殺してお金を奪う気かもしれない。
いや、それならもう僕はとっくに殺されているだろう。
「頼む」
「夜中に扉を壊して侵入してくるような人をあなたは家に置けますか?」
こんな質問をしても意味はないかもしれない。男にとって扉は開け閉めするものではなく壊すものかもしれない。夜中だろうが昼間だろうが、そんなことは大したことではないと思っているのかもしれない。
むしろ夜の方が人目がなく都合がいいとか……
胸ぐらを掴むのも、男にとっては挨拶みたいなもので、日常的に行っているんだろう。怖いから早く出ていってください。そしてもう二度とここには来ないでください。心の中で必死に祈る。
僕の言葉を理解してくれたのか、男はふぅーっと小さく息を吐いて壊れた扉から出ていった。
本当は男にぬいぐるみの修復費と壊した扉の修繕費を請求したいところだけど、そんなことよりもう関わりたくない。
扉どうすんだよ……もういい、明日考えよう。
ペタペタと暗く静かな廊下を歩く。
殺されなかっただけマシだ。命があることに感謝しよう。部屋に戻ってベッドに入り、何も考えないよう眠りについた。
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