3 / 13
3.僕の弟子
あまり眠れないまま朝を迎えると、よく回らない頭のまま着替える。ドンドンカンカン外がうるさいと思いながら裏の井戸まで行って顔を洗い、朝食にハムとチーズのサンドイッチを作った。僕の朝食はいつもこんな感じだ。
紅茶には蜂蜜を少々。甘い香りに癒される。それにしても外がうるさい。
そうだ……うちも工事をしなければならない。壊された扉を直すために大工を呼んで、見積もりをして……痛い出費だ。
あんな状態ではゆっくり仕事もできない。重い荷物でも背負っているかのように肩も気分も重い。ため息をつきながら工房の入口へ向かうと、昨日の男が扉を直していた。
は?
外がうるさいと思ったのは、昨日の男の仕業だった。
しかも何かぶつぶつ呟いている。
「やってしまった。嫌われた。どうしよう。直せば許してくれるかな? どう思う?」
誰かと話をしているのかと思ったら、男の前には僕が直したフクロウのぬいぐるみが置かれていた。
ぬいぐるみと話してんの?
ヤバイ人だ……
まあ、僕もたまにするけど。
「僕の工房で何してるんですか?」
一歩踏み出した足は少し震えている。だがここは僕の工房だ。僕の工房なんだから勝手なことをしてもらっては困る。
「す、すすす、すま…………」
昨日の印象と違う。慌てた様子で立ち上がった男は見上げるほどにでかいけど、オイルランプの薄暗い灯りしかない中で見るのと、日の光の下で見るのとでは、男の印象が違った。
強盗にしては、随分と整った顔をしている。不機嫌そうに眉間に皺を寄せているが、眉はキリッとして、切れ長の目は青みがかっている。鼻筋も通って、唇はぷっくり潤っている。顎のラインはシャープで、長い黒髪は艶がある。なぜこんなちょっと高貴な身分の人にも見えるような男が強盗などやっているのか。
そもそもこの男は強盗なのか?
胸ぐらを掴まれたが、殴られたり斬りつけられたりはしていないし、金も取られていない。ぬいぐるみを直せと詰め寄られただけだ。
今も明るいところで工房の扉を直している。なんなんだ?
そして着ている服は軍の制服だ。強盗や野盗であれば、軍人を襲って奪うこともできそうだ。軍服を着ていれば大抵の人は警戒しない。
粗野な軍人という線は……夜中に一般人の家を壊して侵入する時点でないと断定できる。
痛い思いはしていないが、体格のいい男から見下ろされるのは、明るいところでも十分怖い。
「で、弟子……」
「昨日、お断りしました」
「弟子」
距離を詰めて威圧されると血の気が引いていく。この男の傍らには剣が落ちているし、逆らったらあの剣が鞘から抜かれるかもしれない。
もうこれは頼み事ではなく脅迫だ。
僕だって命は惜しい。
「……分かった」
こうして僕は強盗と思われる、顔は整っているけど恐ろしい男を弟子にすることになった。
僕の平穏な生活は終わった……
これからは恐怖に怯えながら生活しなければならない。
絶望という言葉が似合いすぎる朝なのに、壊れた扉の向こうには雲一つない青空が広がっていた。
男はキールと名乗った。終戦の英雄と同じ名だが、キールなんて名前は特別珍しい名前でもない。名前が同じというだけで英雄と比べられることになる男に、少しだけ同情する。
近所の肉屋の子どもが同じくキールという名前なだけで、揶揄われているのを先日見たばかりだ。
近くに家はあるのかと聞いたら首を左右に振るから、空いている部屋を彼に貸した。本当はこんなに怖い男と一緒に住みたくはないが、命の方が大事だ。
何が気に入らないのか、男はずっと眉間に皺を寄せている。ほとんど目が合わないのは、僕が意識的に目を合わせないようにしているだけではない気がする。
部屋に案内すると、キールは机の上にフクロウのぬいぐるみをそっと丁寧に置いた。
今日は暑いから風を通すために、窓も部屋の扉も開け放っている。
ぶつぶつと声が聞こえたから、キールが僕に話しかけているのかと思って振り向いたら、キールはぬいぐるみに向かって話しかけていた。
「イブ、弟子にしてもらえた。嬉しい。師匠は本当にいい人だ。俺が喋れなくても怒らない。本当はもっと喋りたい。でもうまく喋れない」
ぬいぐるみに話しかける体格のいい男。見てはいけないものを見てしまったと思い、慌てて隠れた。隠れる必要なんてなかったかもしれないが、咄嗟に取ってしまった行動だ。
あいつ、喋るのが苦手なのか……
実は悪いやつじゃないのか? だが夜中に扉を壊して侵入して、胸ぐらを掴んだのはどう説明する?
あんなことをするのに悪いやつじゃないなんて無理がある。
あなたにおすすめの小説
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)
turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。
徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。
彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。
一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。
ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。
その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
読んでくださった方ありがとうございます😊
♥もすごく嬉しいです。
不定期ですが番外編更新していきます!
僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話