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37.すれ違う気持ち
しおりを挟む私はヒューゴ様と体を重ねるようになってから、おかしくなってしまった。
恋愛ごっこだと思って幸せの余韻に浸っていたんだが、そこから抜け出せなくなってしまったんだ。
今までも確かに気持ちいいとか温かいとか、安心するとか、そんな気持ちはあった。
しかしあれ以降、ヒューゴ様とキスするだけで、ドキドキと胸が高鳴り、もっとしてほしいと思う。
抱きしめられると幸せで、このまま永遠に時が止まればいいのにと思う。
この気持ちの変化は恋なのだと分かっていたが、それはいけないことだ。私は人質でヒューゴ様の従者を仰せつかっている。
ヒューゴ様が私の体を求めてくれるのはとても嬉しくて、行為の最中は幸せでいっぱいなんだが、朝起きると現実に戻される。
こんな想いは持ってはいけなかった。
求められる幸せと、背徳感と罪悪感とが入り混じったような複雑な感情。
いけないと分かっていながら止められない感情。
「あっ……ひゅ、ご、さま……もっと……」
もっと愛してください。私を愛してくださいと言いそうになる。
快楽に支配された頭の中で、愛していますと繰り返し、好きだと、こんなにもあなたのことが好きなのだと伝えたくなる。
その気持ちを必死に飲み込んで、快楽だけを享受する。
体の交わりは、それは甘美な呪いみたいなものだ。
その黒曜石のような瞳に、どうか私を映してください。今だけは私だけを見てください。
初めはこの気持ちに酔いしれ、とても気分が良かった。しかし一方通行の気持ちと、毎日与えられる快楽に、私の心は均衡を崩していった。
苦しい。この想いを持ち続けることも、快楽を与えられることも。
私は疲れてしまった。
それでも私はヒューゴ様の従者なんだから、その役目は果たさなければならない。
そんな風に思っていたある日、唐突に謝られ、客間を用意するからそっちで寝るよう言われた。
その日から、キスもしてくれなくなったし、抱きしめてもくれなくなった。
どうして……
他に従者を雇ったようには見えないし、私の衣装などはまだ従者の部屋に置かせてもらっている。
寝る時だけが別なんだ。
食事は一緒にとるし、同じ部屋でいつもと変わらない仕事をする。
夜に私は客間へ行って寝るから、ヒューゴ様の寝室を通らなくなった。廊下側にも扉があるから、着替えの際にはそちらを使う。
ヒューゴ様は女好きだから、女性を抱きたくなったのかもしれない。
たくさん子どもはいるが、まだ足りないと子作りをしているのかもしれない。
ヒューゴ様が他の誰かにキスをするなんて、優しく抱きしめるなんて、淫らなことをするなんて、想像しただけで気が狂いそうになる。
嫌われたのか? それとも飽きられたのか?
私は何か間違ったことをしてしまったんだろうか? もしかして、私がヒューゴ様に抱く想いがバレて遠ざけられているのか?
一方通行の想いは変わらないが、与えられる快楽がなくなった。
ヒューゴ様に抱かれたい。肌に触れたい。
「あっ……ひゅ、ご、さま……」
ヒューゴ様を想像して淫らな妄想をする。でも違うんだ。これは私の手で、ヒューゴ様の大きく少し硬いその手とは全然違う。
性の欲望は自分の指で満たされても、気持ちが満たされない。ヒューゴ様への想いを諦めたら、また従者に戻れるかもしれないと、私はヒューゴ様との時間を減らし、部屋での仕事を早々に切り上げると、各所をまわる生活を続けていた。
「ジョシュア、お前は王族なのに従者をつけなくて悪かった。お前の母国であるフレイヤから人を呼び寄せたから、帝国の者に話し難いことなどがあれば、その者に話すといい」
「はい」
そんな話は初めて聞いた。
フレイヤから人を? なぜ?
帝国の人はみんな私にも優しくしてくれて、帝国の人に話し難いことなんてないけど、何かヒューゴ様のお考えがあってのことだろう。
この国に来て、二年ほどか。急にフレイヤの者を呼び寄せたと言われても、私はフレイヤにいた頃に関わったことがある者たちは両手の指で足りるほど少ない。
同郷とはいえ初対面なのだから、この城の人の方が話しやすいんだけどな。
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