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二章
579.新年の夜会当日
「そのお揃いのタイはどうしたの?」
「俺が刺繍しました」
ロランドとルキオがポポの刺繍が入ったお揃いのタイをしている。
まさかロランドが刺繍したわけではないと思っていたけど、そっか、ルキオは刺繍の才能があったのか。ロランドはルキオが刺繍してくれたのが嬉しいのか、ずっとタイを触っている。だから僕はそのタイに気付いたんだ。
さっきからラルフ様の溜め息が何度も聞こえる。今年は特に溜め息が多い。夜会が嫌なのは知ってるけど、そんなにですか?
アンサンセ隊長はジョーさんとラニエロさんと一緒に出勤していった。夜会の日は近衛騎士はとても忙しいそうだ。朝から会議を開き、最終確認をして夜に臨むらしい。
朝から会議……
近衛騎士は本当に会議が好きですね。
夜会の前に疲れてしまいそうだ。
僕たちは日がかげる頃まではゆっくり過ごし、支度をして王城へ向かう。
今日は騎士のみんなも警備のために出勤するから、シルが寂しいだろうとタルクとルーベンとトラくんが来てくれることになった。
ネストさんは「のんびり過ごす年明けとはいいものですね」なんて言いながら庭をグラちゃんと駆け回っていた。
それ、のんびりしてますか?
ロランドとルキオは、お昼を過ぎたらアリオスティ侯爵家に戻って侯爵家の馬車で王城へ行くそうだ。
その方がいいと思う。ロランドは囲まれるだろうし、どう対処するかの打ち合わせは必要だ。
「……すごいですね」
侯爵家であるロランドが最後の方に会場に入ると、待ち構えていた貴族たちに囲まれた。僕は牧場で餌を持ったおじさんに群がる羊を思い出していた。ロランドは美味しそうな餌を持っているように見えるんだろう。
「あいつはあの程度には慣れている。昔はよく男女に囲まれていた」
慣れてるって、やっぱりロランドは昔からおモテになったんだろう。
再び脚光を浴び始めたロランドにアリオスティ侯爵は満足そうだ。
あなたは満足でしょうけど、ロランドがこうなることを望んでいるとは思えない。世話焼きが過ぎる父親を持つのも大変そうだ。
僕は両親や兄上たちに会うと、近いうちにシルを連れて遊びに行くことを伝え、花屋のお客さんたちにも挨拶をした。
そしてヴィートにも会った。
「マティアス、茶会に招待しようと思うが、ロランド様にも招待状を送っても問題ないか? お忙しいようなら、今年は諦めるが……」
「大丈夫だと思いますよ。ロランド様はヴィートと孤児院の話をしたいと言っていましたし」
ヴィートってちゃんと相手を気を遣えるんだ。僕以外に対しては。
断ってもしつこく誘いをかけてくる家もあると、先日ロランドに聞いた。他の貴族たちにもヴィートを見習ってほしいものだ。
そんな感じで知り合いに対応していると、ダンスの時間が訪れた。
「マティアス、私と踊っていただけますか?」
「はい」
少しだけ緊張しながらラルフ様に差し出された手を取った。
普段とは違うラルフ様の他所行きの笑顔と、他所行きの格好。周りの雰囲気もあって、僕はドキドキしていた。年に一度の特別な瞬間。
ラルフ様は僕の手を握って引き寄せた。その瞬間、僕はラルフ様の腕の中に収まった。
どうしてこんなにドキドキと胸が高鳴るんだろう。
ラルフ様を見上げて視線を合わせながら、曲に合わせて踊る。踊るだけならどこでもできる。なんなら一昨日もラルフ様とステップの確認のために踊った。
夜会という魔物が住み着く場所で、どれだけ心を乱さずに楽しめるか。
わざとじゃないんだろうけど、踊っているとぶつかりそうになることもある。上手く躱しながら踊るのも楽しい。
僕にはそんな技術はないからいつもラルフ様頼みだ。敵からの攻撃を避けることが得意だから、ラルフ様は上手いんだろうか。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
曲が終わると僕たちは帰る。ラルフ様と手を繋いで会場の出口に向かっていると、ロランドはまだ大勢の貴族に囲まれていた。
「ロランド様はまだ囲まれていますね」
「そうだな」
ロランドと一瞬目が合って、その視線は僕からラルフ様に移った。
ロランドは助けてくれと言いたげな、縋るような目でラルフ様を見ている。ロランドの兄アルバーノ様は相変わらず陛下の隣で鉄壁の笑顔を周りに向けているし、侯爵は侯爵で大勢に囲まれている。
「ふう、仕方ないな……」
ラルフ様は優しい。「あいつは自分でどうにか切り抜けるだろう」なんて言っていたけど、ちゃんと助けてあげるんですね。
辺りに軽い威圧を向けながら、ラルフ様はロランドの元へ歩いていった。
僕はラルフ様の作戦どおり、ひと時も離れられないから一緒に向かう。
「ルキオ、ちょっといいか?」
ラルフ様はロランドではなく、ルキオに声をかけた。ラルフ様が話しかけたことで、ロランドを囲んでいた人たちの会話が止まった。今はラルフ様の言動を注意深く観察している。
きっと皆さんラルフ様を敵に回したくないんだろう。
「私はロランド様のそばを離れられません」
「分かった。ではロランド様もいいか?」
ロランドが頷くと、貴族たちはどうぞとロランドを解放した。こんな方法でスマートに対応してしまうラルフ様はすごい。僕の旦那様は格好いいな。
ロランドとルキオを連れて会場を出る。皆さんは僕たちが休憩室で話し合いをするのだと思っているんだろう。そんな貴族も多いから、特に注目されることもなく外に出られた。
「それでどうするんだ? 俺たちは帰るが、お前たちは少し休憩して会場に戻ることもできる」
「私も帰る」
ロランドは早く帰りたいようで、馬車の駐車場へ向けてどんどん歩いていく。僕はちょっと小走りでついていくことになった。
みんな足が速すぎる。ロランドもこういう時だけは速い。足を運ぶ速さは同じでも、背の高いロランドは歩幅が僕とは違うんだ。ちょっと悔しい。
馬車に乗り込むと、ロランドはゆっくりと息を吐いた。
大勢の人に囲まれることに慣れていても、疲れないわけじゃない。貴族なんて人の粗探しをしている人ばかりですもんね。言動一つ一つに気を配らなければならないのは大変だ。
お疲れ様でした。熱が出ないといいですね。
ルキオも貴族出身ではないのに、このように社交の場で囲まれるロランドとの結婚を決意するなんてすごいことだ。そこに成り上がってやろうという野心がないのがまたすごい。ロランドのことを心から大切に想っているんだろう。
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