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二章
581.ロランドと父と僕
ロランドに一緒に話を聞いてほしいと言われて、僕はソファに戻った。
僕が知る限り、アリオスティ侯爵はロランドが孤児院の運営に携わるのを応援していたし喜んでいた。領内の孤児院の情報を調べてロランドに渡したりもしていた。
だから僕は、侯爵が派閥を抜ける決断をしたのはロランドのせいじゃないと思っている。
侯爵はロランドが孤児院に携わる前から、派閥を抜けたいと思っていたんじゃない?
ロランドの噂を流したし、むしろ派閥を抜けるためにロランドの功績を使ったと考える方が自然だ。
それよりも……ねえ、この席の位置おかしくない?
僕が座った席からテーブルを挟んで向かいに、ロランドとアリオスティ侯爵が並んで座っている。
なぜ僕がアリオスティ家の方々に面接を受けるような配置になっているのかが分からない。
僕は立会人であって、話し合いはロランドと侯爵がするんだよね?
いつ話が始まるのかと思って、少しだけ冷めた紅茶を飲みながら待っていたんだけど、二人は全然口を開かない。
なんで二人して僕のことをジッと見てくるの?
もしかして僕が進行役ですか?
「えっと、侯爵閣下は本日はどのようなご用件でうちに?」
「ああ、ロランドの様子を見にな。思った以上にロランドが囲まれていただろう?」
確かに昨日の夜会でロランドは大勢に囲まれていた。心配で様子を見にきたのは分かったけど、なぜ僕の顔を見て言うのか。ロランドは隣にいるんだから直接大丈夫かと聞けばいいのに。
「『思った以上に』ということは、あんなに囲まれることは想定していなかったということですか?」
「そうだ。だが再び注目を集め始めた途端に群がるとは……飛んで火に入る夏の虫だな、馬鹿め。ふはは」
侯爵が悪い顔をして笑いが漏れてしまっているけど大丈夫だろうか?
ロランドが再び注目を集めたのは侯爵のせいだけど、もしかして派閥を抜けた後で付き合う貴族を見極めていた?
それはいいけど、そのためにロランドを使うのはやめてあげて。
侯爵は、この家は今後の付き合いを考えるとか、この家はしばらく様子見だとか、そんな話をペラペラと一人で話した。僕はへえ、と思いながら黙って聞いているだけだ。
この話って長いんだろうか?
ロランドも時折頷きながら静かに聞いている。
退屈になってきたな……
長い長い侯爵の話にあくびを噛み殺していると、やっと終わった。
やっぱり侯爵はロランドのせいで派閥を抜けざるを得なくなったというより、前から準備を進めていたように思える。
全て話し終えた侯爵はスッキリした顔で紅茶を優雅に飲んでいる。冷めてしまったせいで、メアリーを呼んで淹れ直してもらった。「冷めた紅茶など飲めん」なんて侯爵が我儘を言うから仕方なくだ。
あれだけ話して喉が渇いたんだろう。侯爵はおかわりまでした。
しばしの沈黙の後、やっとロランドが口を開いた。
「父上、申し訳ございません……」
「どうしたロランド、何かあったのか? 大抵のことは私がなんとかしてやれるぞ」
その答え方はどうかと思う。実際に大抵のことは金と権力でなんとでもできるんだろうけど、なんでもしてあげすぎるのは良くない。
「私のせいで……派閥を抜けることに……」
俯いたまま声を振るわせるロランドの姿に、侯爵はやっとロランドが責任を感じて悩んでいたことを知ったみたいだ。ロランドの様子に侯爵は急に慌てだした。
「ロランド、それは違う。お前はよくやってくれた。お前が我が侯爵家が派閥から抜けるきっかけを作ったんだ。私に似ていると思っていたが、お前は私より余程勇気があり、そして優秀だ」
「それはどういう……?」
侯爵の言葉にロランドは戸惑っているけど、僕でもなんとなく気づいてたよ。
家を守るために先代から引き継いだ派閥の地位だったけど、侯爵は自分の代で抜けようと思っていたそうだ。だからロランドのせいで抜けることになったわけではないとしっかり説明してくれた。
そして「うちの息子は気遣いができるとても優しい子だ。君もそう思うだろ?」と侯爵は僕に同意を求めてきた。今は上機嫌で目尻が下がっている。太々しい態度の時もあればデレっとしている時もある。今日の侯爵は表情豊かだ。
ロランドはやっと肩の力を抜いて、ゆっくりと息を吐いた。
もしかして僕に一緒に話を聞いてほしいと言ったのは、「お前のせいだ!」と罵倒されることを想定して怖かったんだろうか?
一つ悩みが解決してよかったですね。
「父上、私はルキオと結婚する」
「そうだな。大神殿は金を積めばいつでもいけるだろう。日程の希望があれば聞くぞ。衣装はもうそろそろ出来上がる予定だ」
ロランドは唖然としている。結婚したいと親に報告したつもりが、もう話は進んでいて衣装まで制作に入っていたんだから、それは驚くよね。
侯爵から結婚の意思の確認をされたとルキオは言っていたたけど、まさか勝手に進めているなんて思っていなかった。
「侯爵閣下、ロランド様抜きで勝手に結婚の話を進めるのはどうかと思いますよ」
「彼から結婚の意思があると聞いたぞ。お前も彼のことが好きだろ?」
そういう問題ではない。好き同士だったとしても、本人がいないのに話を進めるのはよくない。そして親に「お前も彼のことが好きだろ?」なんて無神経に聞かれるのは嫌だと思う。
「衣装は要らない。大神殿で式はしない。結婚式はルキオと私で決めたい。結婚するのは私だ」
ロランド、よく言った。絞り出すような小さな声だったけど、ロランドはちゃんと自分の意見を言った。
侯爵、ロランドの意思を尊重してあげてください。
「すまない。お前が喜ぶと思って……勝手なことをした」
「いえ、困ったときは……相談していいですか?」
「もちろんだ! 私がなんとでもしてやる」
侯爵は相変わらずだけど、上手くまとまったみたいだ。
これからはロランドも含めて話し合って決めてくださいね。
「しかしマティアス殿は私に意見するとはなかなか肝が据わっているな」
「そうだろう? マティアス様は本当にすごいんだ!」
そんなことない。僕は何もできない弱いだけの人間だ。ロランドまでそんなこと言うのはやめてよね。今日は僕はただの立会人ですから。
僕は引き攣りながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。貴族の貼りつけた笑みっての、僕は苦手なんです……
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