172 / 572
二章
170.女帝の居ぬ間に
しおりを挟むクロッシー夫婦が王都を離れているからうちの警戒が解かれて、前にうちで刺繍を習っていたケリー、ハキム、マイクもうちに来て刺繍をするようになった。
「冬は暖かい部屋で刺繍がいいですね~」
「今となっては雪山訓練とか行けと言われても行けないな」
なんて言いながら刺繍教室再開だ。雪山訓練、大変そうですね……
「みて、イーヴォがくれたの! パンとおそろい」
「可愛い!」
「癒される~」
寒い日はシルもポポクッション持参で刺繍教室に参加する。といってもシルは刺繍はしない。本を読んでいることが多い。たまに紙に文字を書いて文字の練習をしている。
「ママみちゃだめ」
書いている内容は僕には見せてくれない。何を書いてるんだろう?
ルカくんはフェリーチェ様と一緒にうちに来るようになった。たまにリヴェラーニ邸で集まることもある。その時はルカくんが、今はちょうど季節だからってことでアップルパイを焼いてくれるんだ。
「ルカさんはプロみたいですね」
「あれ? みんな知らないんだっけ? ルカくんはプロだよ」
そんな話をしたら、お金を払うからお茶会の時にお菓子を作ってほしいという話になった。
だよね。お金を出して買いたいと思うくらい美味しいもんね。ルカくんはもうお菓子屋さんをやらないんだろうか?
「ルカさんはもうお菓子屋さんやらないんですか?」
僕だけでなく、みんなも同じように疑問を持っていた。
「ハリオが戻ってきたら相談してみる。ずっとキッチンの手伝いってわけにはいかないし、お菓子屋さんは僕の夢だったから、いつかまたやりたい」
よかった。ルカくんが描く未来にはちゃんとハリオがいるんだ。
たまに刺繍教室に違う人が来ることもある。フェリーチェ様の知り合いだったり、ケリー、ハキム、マイクが友だちを連れてくることもある。
「イーヴォ隊長、今日はお休みなんですか?」
「そうだ」
相変わらずイーヴォ隊長もたまにうちを訪れてシルとパンと遊んでいくんだけど、残念ながら今日はいないんだ。クリスが誘ってくれたから、シルは僕の実家に遊びに行っている。アマデオとニコラが一緒に行ってくれているから安心だ。また屋敷の中でかくれんぼをしているんだろうか? それともパンと遊んでいるんだろうか?
たぶんクリスにあげるためだと思うんだけど、シルは出かける時にポポ一族をいくつか鞄に入れていた。受け取ってくれるといいんだけど。
「シルとパンは今日、親戚のところに行っているのでいないんです」
「そうか」
シルたちがいないと分かると帰るかと思ったのに、イーヴォ隊長まで刺繍教室に参加することになった。
これが結構上手いんだ。クッションを作るくらいだから縫うのは上手いんだけど、刺繍も上手だった。
そしてイーヴォ隊長は休みの度に刺繍教室に参加するようになった。結婚していないのに誰にそんなにあげるのかと思ったら、孤児院の子どもたちにまた騎士団から小物を送るのだそうだ。
「今からでは遅いですが、冬に向けてマフラーやブランケットを編めばよかったですね」
ミーナがそう言うと、来年のためということで編み物教室も始まった。
毎年恒例となったヴィートと二人きりのお茶会の時に話したら、毛糸を安く提供してくれることになった。ヴィートの領地では毛糸の材料になる羊やうさぎをたくさん飼っていて、質のいい毛糸がとれる。
「ありがとう、助かるよ」
「ふんっ、騎士団が買うとなればうちの名が売れるからな」
そんなこと言ってるけど、ヴィートが孤児のために提案してくれたって分かってるよ。ふふふ。
「マティアス、気持ち悪い顔だな」
「失礼な……」
ヴィートは子どもには優しいけど、僕には優しくない。
「マティアス、新年の祝賀会で着けていたタイはお前の夫が刺繍したというのは本当か?」
「そうですよ。僕よりラルフ様の方が刺繍が上手いので」
「やはり噂は本当なんだな。買ったわけではないのか……」
「あのタイが何か?」
まさか欲しいとか? もしくはヴィートも刺繍をしてみたいとかだろうか?
「知り合いの貴族に、売っているのならどこで売っているのか聞いてきてほしいと言われたんだが、自作なら無理だな」
まさか、ポポは貴族の間にまで広まってしまうのか?
家に帰るとイーヴォ隊長が来ていた。今日は僕がヴィートのところに行くから刺繍教室はないんだけど、どうしたんだろう?
「イーヴォ隊長、どうしたんですか?」
「ミーナさんに騎士団で編み物教室を開いていただけないかと聞きに来たんだ」
「そうなんですね」
ミーナは刺繍を教えるために一時期騎士団に通っていたけど、今はうちで刺繍と編み物の先生をしてくれている。
ん? それってミーナに直接交渉に来たってこと? ミーナはうちの使用人なんだから雇い主のラルフ様にお願いすればいいのでは?
それに明日だって刺繍教室は開かれるんだから、何も僕やラルフ様がいない時に来なくてもいいのに。
僕は小さな違和感を抱えたまま、イーヴォ隊長を見送った。
何か隠してる?
また僕だけ仲間外れなんだろうか?
「ラルフ様、知ってたら教えてほしいんですけど、イーヴォ隊長ってミーナのこと好きだったりしますか? 恋愛という意味で」
「いや、そんな話は聞いていない」
そっか。僕が考えすぎなんだろうか? それともラルフ様にもまだ話していないだけとか?
「マティアス、第二騎士団のみんなでガーデンパーティーを開くらしい。大規模なお茶会みたいなものだ。騎士とその家族も参加できるそうだが行くか?」
「え? もしかしてエドワード王子が主催するんですか?」
「エドワードの奥方が主催するそうだ。子どものお披露目や友人候補の選定も兼ねている」
なるほど。そっちがメインなんだろう。クロッシー夫婦がいない間に開催するってところも計算されているような気がする。あの人は気に入っている部下の子どもを推したり、お節介なことをしそうだから。
ガーデンパーティーか。シルの友だちもできるかもしれない。ラルフ様が一緒なら安心だ。
こうして僕の頭の中はガーデンパーティーのことでいっぱいになって、イーヴォ隊長の違和感はそのまま吹き飛んでしまった。
379
あなたにおすすめの小説
『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?
あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。
「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」
婚約破棄された私が辺境で薬師になったら、元婚約者が後悔し始めました
たくわん
恋愛
病弱で役立たずと侮られ、婚約破棄されて辺境の寒村に追放された侯爵令嬢リディア。しかし、彼女には誰も知らない天才的な薬学の才能があった。絶望の淵から立ち上がったリディアは、持ち前の知識で村人たちの命を救い始める。やがて「辺境の奇跡の薬師」として名声を得た彼女の元に、隣国の王子レオンハルトが研究協力を求めて現れて――。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」
仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが
詩河とんぼ
BL
貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。
塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。
そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――
番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
『悪女と呼ばれた令嬢は、親友の幸せのために婚約者を捨てた』
由香
恋愛
婚約者である王太子を、親友のために手放した令嬢リュシエンヌ。
彼女はすべての非難を一身に受け、「悪女」と呼ばれる道を選ぶ。
真実を語らぬまま、親友である騎士カイルとも距離を置き、
ただ一人、守るべきものを守り抜いた。
それは、愛する人の未来のための選択。
誤解と孤独の果てで、彼女が手にした本当の結末とは――。
悪女と呼ばれた令嬢が、自ら選び取る静かな幸福の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる