1 / 72
1.身代わり生活の始まり
1.プロローグ
しおりを挟む僕が暮らすが暮らす国、エルヴァニア王国は獣人が八割を占める。残りは森の奥に住むと言われるエルフや亜人、人間も少しだけ住んでいる。ケットシーの血を引く王族が頂点に立っていて、歴史や伝統を重んじる国だ。
ちなみに僕は猫の血を引いている。当たり前だけどケットシーではなく、ただの猫だ。
耳が猫なのと、手のひらと指の先がちょっとぷっくりしていて柔らかいと言われている。特に僕の手は柔らかい。
この国の大半の獣人は犬か猫かウサギだ。他にもいるけど数は少ない。
巨大な国土を有するお隣のヴェルナー帝国は各地に戦争を仕掛けて今でも領土拡大に勤しんでいる。帝国軍は数万の兵を抱え、とても強いとの噂だ。
そんな帝国がお隣で危なくないかと心配になるけど、僕たちが暮らす獣人の国とは不可侵条約を結んでいる。
王族から人質? 生贄? を五十年に一度送ることで、不可侵、そして他の国の侵攻から守ってもらっている。ずっとその盟約が続いているから、エルヴァニア王国のみんなは安全に暮らせるんだ。
一度帝国に送られた王子や王女は、二度と国には戻らない。送られた彼らが向こうでどうやって暮らしているのか、監禁されているか、自由に過ごしているのか、全く記録は残っていない。文のやりとりもできないんだろう。
ということは送られてすぐに殺されているという可能性もゼロではない。それならなぜ帝国が我が国を守ってくれるのかが分からない。
ない頭を捻っても、僕には帝国の考えなんて分かりそうになかった。
そろそろだと噂されていたけど、先日、盟約に従い帝国に王族が送られることが決まった。送られるのは第二王子アルバン様だ。
王族だから、帝国へは身の回りの世話をする従者と護衛を引き連れて向かう。
どんな扱いをされるのかも分からないし、二度と帰れないんだから、誰も行きたがらない。
そこで選ばれるのが平民だ。
王子様以外は平民が金で雇われる。
結構なお金が支払われるから、応募する人は多い。
僕もその一人。病気の母の薬代を稼ぐために応募した。まだ小さい弟二人と妹が母と共に幸せに暮らせますように……
応募者は僕のような人が多かったように思う。借金を背負った人、家族などのためにお金が必要な人。
実際に帝国へ行く従者は一人だけど、何かあった時の予備なども含めて五人が採用となった。護衛は十人。
応募者は数え切れないほどたくさんいて、従者だから王子様とそれほど歳の離れていない人でないといけないのに、小さい子どもや老人なども会場で見かけた。
僕は五人のうちの一人として、従者での採用が決定した。あれだけの人がいたから、正直、採用されるなんて思っていなかった。驚きと嬉しいのと、少しの不安がある。
護衛として採用された人たちは厳しい訓練を一年間受ける。
僕たち従者は読み書きやマナーを一年間学ぶことになった。
「銀の髪のお前、猫だろ? 名前は? 俺はトールズだ。ライバルだけどよろしくな」
「僕は猫のアルフレート。よろしく」
犬人族のトールズは、僕に最初に声をかけてくれた人だ。
白と黒の耳の先がちょっと垂れていて、目がまん丸で可愛い。だけど結構豪胆な性格だと思う。
その他に、虎柄の耳の猫のトアラ、白い耳の猫のビアンカ、ウサギのライトが従者での採用となった。
採用となって最初の講義の日、ウサギのライトは採用辞退を告げて消えた。国の歴史を学ぶ途中で無理だと言って、ピョンッと飛んで部屋の窓から出て行ってしまったんだ。
よくあんな人を採用したものだ。彼は見た目がよかったから、それで採用されたのかもしれない。
僕は、読み書きは亡くなった父が教えてくれたから、そんなに苦労はしなかった。歴史や周辺国のことは色々知るのが楽しかった。でもマナーはちょっと苦手だ。
堅苦しいけど綺麗な衣装も国が用意してくれる。最終的に帝国へ行かなくても、この勉強の期間は安くないお給料が出るから、本当に助かる。
勉強もできてお金ももらえるなんて、本当にありがたい。
勉強の中には魔法もあった。魔法の適正を神殿で調べてもらい、僕はちょっと珍しい光の魔法の適性があることが分かった。今まで十七年生きてきて、全然知らなかった。
「なぜ君が光の適性を持っているんだ?」
「なぜと聞かれても……」
神殿で調べてくれた神官になぜと問われたけど、そんなの知らない。魔法なんて欲しいと神様にお願いしたからといってもらえるものでもない。
貴族は魔法を使える人が多いらしいけど、平民は十人に一人くらいしか使えない。
大抵は火か風か水で、火は薪を燃やすときに火をつけることができる。だけどそれだけだ。
風は種を蒔くときに使えると聞いたことがあるけど、畑じゃないところにまで飛んでいってしまうから、あまり重宝されない。
水は使えそうなんだけど、一日に小鍋一杯程度の水しか出せないから、そんなに活躍の場がない。
大抵小さい頃に火に憧れて、子どもたちはみんな火が出せないか試すんだ。
僕も例に漏れず、何度も試したことがある。でも火は出なかった。
それは僕が魔法を使えないからじゃなくて、火でなく光の適性を持っていたからだ。
トールズとビアンカは、魔法の適性がなかった。トアラは風の適性があった。僕とトアラは魔法の適性があるってことで、魔法も学ぶことになったんだ。
魔法とは何かという概論はよかった。しかし実践となると問題が出た。
「光ですか……それは困りましたね。光を使える者がいないんですよ。王族にも発現しなくなってもうかなりの時が経っています」
「そうですか……」
先生はとても困った顔をしているけど、そんな顔をされても僕も困る。
トアラが風で木の葉を巻き上げている姿を見て、楽しそうだなって思った。
だいたい光ってなんだろう?
日の光を出したりできるんだろうか?
日の光を出したところで、役に立つのかどうかも分からない。それなら火の方がよかったな……
適性はあるけど使えない魔法。とても残念だ。時間があれば王城にある書庫にでも行って魔法の本を読んでみたかったけど、勉強が忙しくてそんな暇はなかった。
半年もすると、歴史や周辺国の情勢を学ぶ講義以外はみんなと一緒になることがなくなった。
僕は読み書きも計算も初めからできたからかもしれない。みんな元気かな?
一人で受ける講義やマナーは寂しい。みんなを手本にできないし、本格的に謁見のマナーなどが始まると不安になった。
「アルフレート、君の帝国行きが決定した」
「はい」
ここひと月ほど、みんなの姿を王城で見なかったから、そんな気はしていた。だけど……まさか僕が選ばれるなんて。
報酬のズシリと重い革袋を渡されて、急に実感が湧いた。
もう二度とエルヴァニアには戻れない。
本当はもう辞退してもよかったんだ。一年の間に払われた給料で母の薬は買えたし、弟からの文に母の病気が良くなってきていると書かれていたから。
勉強すればするほど帝国は恐ろしい国だということが分かるし、不安はある。
だけど母の病気が良くなり始めているときに薬を止めてしまうのはもっと怖かった。王子様の従者を辞退して、この一年と同じ額の給料をもらえるところに就職できる保証はない。
だったら僕は帝国に行く。
大臣からお金が入った革袋を渡されたとき、僕は安心もしたんだ。
これで母の薬を買い続けることができる。きっと母は治ると。
そして弟も妹も、空腹を我慢することがなくなると。
だから僕は帝国へ行く。
──父さん、僕は家族を守ることができたよ。そばで見守ることはできないけど、これでいいんだよね?
国を出発する前日、僕は神殿に足を運んだ。五年前に天に旅立った父さんに報告するためだ。
家族には会わなかった。会ってしまったら覚悟が揺らぎそうだったから。もし引き留められたら、行かないと言ってしまいそうだから。
603
あなたにおすすめの小説
猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない
muku
BL
猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。
竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。
猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。
どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。
勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。
異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした
うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。
獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。
怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。
「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」
戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。
獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。
第一章 完結
第二章 完結
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
もふもふ聖獣様に拾われた不遇オメガは、空に浮かぶ島で運命の番として極上の溺愛を注がれる
水凪しおん
BL
「オメガがいるから、村に災いが降りかかったのだ」
理不尽な理由で村人たちから忌み嫌われ、深い雪の森へと生贄として捨てられた十九歳の青年、ルカ。
凍える寒さの中、絶望に目を閉じた彼の前に現れたのは、見上げるほど巨大で美しい「白銀の狼」だった。
伝説の聖獣である狼に拾われたルカが目を覚ましたのは、下界の汚れから切り離された雲海に浮かぶ美しい島。
狼は人間の姿——流れるような銀髪と黄金の瞳を持つ壮麗なアルファの偉丈夫、レオンへと変化し、ルカにこう告げる。
「君は、俺の運命の番だ」
これまで虐げられ、自分を穢れた存在だと思い込んでいたルカは、レオンの甘く深いアルファの香りと、恐ろしいほどの優しさに戸惑うばかり。
温かい食事、美しい庭園、そして決して自分を傷つけない大きな手。
極上の溺愛に包まれるうち、ルカの心に固く巻きついていた冷たい恐怖の糸は、少しずつほどけていく。
そして、ルカを捨てた村人たちが強欲にも島へ足を踏み入れたとき、ルカは自らの意志とオメガとしての本当の力に目覚める——。
これは、孤独だった不遇のオメガが、伝説の聖獣の番として永遠の幸せと自分の居場所を見つけるまでの、心温まる溺愛ファンタジー。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる