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2.猫の王子(グレオン視点)
18.
しおりを挟む立ち尽くしている猫の王子をソファに座らせ、俺は仕事をすることにした。
「ここにいろ」
「はい」
「俺はあっちの机で仕事をする」
「分かりました」
執務机に向かい、書類の山を少しずつ捌いていく。皇帝は決して恐怖での支配だけでは成り立たない。国を運営し、民の生活を守っていかなければならない。
数は脅威だ。俺がいくら強くても、国の大多数が敵に回れば失墜する可能性もある。だから俺は恐怖で煩い貴族共は押さえ付け、真面目に働く民には恩恵を与えることにしている。
執務など楽しくはない。近頃よく報告として上がってくる農作物の収穫量の減少は特に俺を悩ませている。日照りが少なく作物の育ちが悪いのは俺がどうにかできる問題ではない。
橋が老朽化して落ちたという話であればすぐに資材と人を派遣すればいいが、天候はいくら俺でも変えられない。また今日も暗く曇った空に頭痛を抱え、こめかみを押さえながらどうしたものかと悩んでいると、ピクピクと動く猫の耳が目に入った。
あいつ、ずっとそこから動いていないのか?
彼はソファに座って置物のようにジッとしている。動いているのは耳だけだ。
「ここにいろと言ったが、動くなと言ったつもりはなかった」
「そうですか……」
「退屈だったろ? 部屋の中なら動いてもいいぞ」
「ありがとうございます」
彼は立ち上がると、音を立てないよう静かに歩いた。俺のようにドスドスと地面を踏み鳴らすように歩いたりはしないようだ。それが俺の仕事の邪魔をしないためか、それとも猫の特性かは分からない。
彼の行動を眺めていると、美術品などは素通りして本棚の前で足を止めた。
我が国のことをどれほど知っているのかは分からないが、健気に我が国のことを学ぼうとするなら可愛らしいと思った。しかし、彼の目に止まったのは別の本だ。
手を伸ばして届かないと分かると背伸びをして、次はぴょんっと飛んだ。しかし残念ながら彼の身長ではお目当ての本には届かなかったらしい。
「その本が読みたいのか?」
「えっと、はい」
彼の見つめる先にあったのは『竜に乗った少年』だった。小さい頃から俺が一番多く読んだ本。父に殴られて強くなると決めた日から開いてはいないが、内容なら今でも一字一句覚えている。
「これは面白いぞ」
「それは楽しみです」
本棚には多くの本があるのに、その中からこの本を選ぶとは。
彼に本を手渡しながら面白いなどと薦めるような言い方をしてしまった自分に少し驚いた。
『竜に乗った少年』の内容を思い出し、さっきまでの鬱々とした気持ちが少し晴れた。彼は俺にとって新しい風となるんだろうか?
窓の外が暗くなり、自動で部屋の灯りが灯ると、もう夕刻なのだと実感する。
文官たちが政務を行う部屋や、各大臣の執務室に暗さを感知して灯る魔導灯をつけたのは正解だった。それまでは暗くなってからわざわざ魔導灯を手動で灯していたが、部屋全体を照らすためには何箇所も回らなければならない。そのために働く者もいたくらいで、時間の無駄だった。
日が落ちて少し部屋の気温も下がったか。
俺は今日の執務を終えて、一生懸命に本を読む彼の隣に座った。だが、結構長い時間読んでいたはずなのに、彼が開いているページは最初の方だ。読むのが遅いのか?
「面白かったか?」
「はい、とても面白かったです。今はもう一度最初から読み返しているところです」
「ふっ、そんなに気に入ったか」
読むのが遅いのではなかった。俺が好きだった本を彼も気に入ってくれて、また最初から読み返しているなんて、面白いこともあるものだ。最近では感じたことのない懐かしく温かい気持ちになった。
「夕食は部屋で食うか?」
「はい」
そういえば、彼は俺たちと同じものを食べるんだろうか?
食べられないものがあれば残してくれていいんだが、パンくらいは食べるんだよな?
この小さい体は何でできているんだ? まさか蝶々のように花の蜜だけ吸って生きていたりはしないよな?
俺にはエルヴァニアの知識がほとんどない。彼を迎えるのは決定事項だったのだから、調べておくべきだったかもしれない。
メイドを呼び、部屋に二人分の食事を用意させると、彼は席にはついたがテーブルの上の料理を見てもフォークやナイフを手に取ろうとしなかった。やはり肉もパンも食わないのか?
「あー!」
彼が急に大声を出したせいで、俺は一気に目が覚めた。突然なんだ?
大声は頭に響く。今日はいつもより頭痛が軽いが、もうとっくに薬の効果は切れている。ズキズキと痛むこめかみに、怒る気も起きなかった。
「なんだ? 急に大声を出すな。びっくりするだろ?」
「ごめんなさい」
彼はフォークを片手に席を立ち、何をするのかと思ったら俺のそばにやってきた。ほう、この俺をフォークで突き刺してやろうというのか? それは面白い。そんな細腕で俺に向かってくるとはなかなかやるな。
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