【完結】王子様の身代わりになった僕は最恐と恐れられる皇帝を肉球で癒す

cyan

文字の大きさ
36 / 72
5.訪れる変化

36.

しおりを挟む
 
 エデラーさんが言っていた噂は本当に広がっているみたいで、お城の中を皇帝と歩いていると、通りすがりに「猫風情が」と僕にだけ聞こえるような声量で言われた。
 この男は皇帝の耳がいいのを知らないのかもしれない。

 嫌な予感がしたけど、僕には止められなかった。
 皇帝が一瞬でその人の胸ぐらを掴んで相手が苦しみ出すと、ドスッと音がして男が宙を舞うのが見えて、僕は男を目で追った。ドサッと地面に落ちると、ちょっと咳き込んで血を吐いたのが見えた。
 僕は怖くて一歩も動けなかった。
 まさか、殺すの?

「陛下……」
 震える声で呟くのが精一杯だった。目の前で人が殺されるのを見るのは怖い。
 僕は自分勝手だ。皇帝のやり方に口を出してはいけないのは分かっているけど、怖かったんだ。

 皇帝はグッタリとした男をお城の中央広場まで引きずっていくと、柱に黒い塊で縛りつけた。
 何ごとかとたくさんの人が集まってきたけど、僕もこれから何が行われるのか分からない。

「こいつはアルに余計なことを言った。お前らは分かってないようだな。アルはエルヴァニアの王族であり俺の所有物だ。身分はお前らより上だということを認識しておけ!」

 集まった人たちは何も言わなかった。こんなに多くの人が集まっているのに、とても静かだ。何も言わないのは皇帝が恐ろしいからかもしれない。今の皇帝は眉間に深く皺を寄せていて、僕も声をかけられない。

「お前、何か言いたそうだな。言ってみるがいい」
 皇帝が声をかけた人は、僕を一瞬睨んだ人だった。柱に縛りつけられている人と同じで、僕のことが気に入らないんだろう。

「特には……」
「言え!」
 皇帝が怒鳴りつけると、彼は震えながら口を開いた。

「身分は王族でも、役に立たない者を敬うのは難しいと思っただけです」
 それはそうだと思う。この人がどんな役に立っているのかは知らないけど、今のところ僕は計算くらいしかできることがない。

「ほう、アル様がお役に立っていないと? それほどのことを言う君はさぞ国の役に立っているんでしょうな?」
 なぜかエデラーさんが前に出てきた。いつからいたんだろう?
 勝手な発言をしたように見えるけど、皇帝はエデラーさんを咎めることはなかった。

「それはもちろん。先日帝都の南で落ちた橋の建て替えでも、資材の調達から運搬までを取り仕切りました!」
 彼は胸を張って堂々と言いきった。
 橋の建て替えか……すごく聞き覚えがある。

 経理部署の人に、数値が変だと担当者に指摘したが直してくれないと助けを求められたことがある。
 数値が変と言われてもよく分からなかったから、皇帝に橋の建設の本を借りた。川の幅と資材のサイズから必要な資材を計算してみると、こんなに少ない資材で橋を作ることなんて無理だと分かった。
 でも僕は橋なんて作ったこともないし、心配だったから、エデラーさんに意見を求めたんだ。

「なるほど、君が無能なせいでアル様に助けていただいたんですがね。資材の発注は見当違いの数値、運搬のために用意された馬車も全く足りず、全てアル様が計算し直して手配してくれましたよ。最終報告は君のところに届いているはずですが、修正が入っていることにも気づかないほどでしたか……」
 やっぱりこの人が、数値が変だと指摘したのに直してくれなかった人か……

「役に立たないのはどちらか明白だな。大勢の前でアルを侮辱した罪は重いぞ。エデラー後処理は任せる」
「畏まりました」
 皇帝は僕のことを荷物みたいに肩に担いでその場を離れた。

「嫌な思いをさせて悪かった。怖かったか?」
「いいえ」
 正直怖かった。廊下で会った人のことは死んでしまうかもしれないと思ったし、皇帝はずっと怖い顔をしていた。
 エデラーさんが助けてくれた理由も分からない。

「エデラーはアルのことが気に入っている。可愛い教え子が侮辱されたのが許せなかったんだろうな。あんなところで声を上げるような男ではないんだが……」
「そうなんですか?」
「アルは人気者だからな」

 そっか、エルヴァニアの王族とは、帝国にとってそれほど大切な存在なんだ。
 僕は本当の王子様じゃないのに……
 心がズキズキと痛む。どこで生まれるかは選べない。そんなの羨んでも仕方ないのに、必要とされる『エルヴァニアの王子』という存在が、僕を苦しめる。
 できることならずっとここにいたい……

 アルバン様は逃げた。僕なら皇帝を受け入れられるよ。僕じゃダメなの?
 やっぱりケットシーの血を継ぐ者でなきゃダメなの?
 そんなのダメに決まっているのに……僕は諦めが悪いみたいだ。

 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku
BL
 猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。  竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。  猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。  どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。  勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

もふもふ聖獣様に拾われた不遇オメガは、空に浮かぶ島で運命の番として極上の溺愛を注がれる

水凪しおん
BL
「オメガがいるから、村に災いが降りかかったのだ」 理不尽な理由で村人たちから忌み嫌われ、深い雪の森へと生贄として捨てられた十九歳の青年、ルカ。 凍える寒さの中、絶望に目を閉じた彼の前に現れたのは、見上げるほど巨大で美しい「白銀の狼」だった。 伝説の聖獣である狼に拾われたルカが目を覚ましたのは、下界の汚れから切り離された雲海に浮かぶ美しい島。 狼は人間の姿——流れるような銀髪と黄金の瞳を持つ壮麗なアルファの偉丈夫、レオンへと変化し、ルカにこう告げる。 「君は、俺の運命の番だ」 これまで虐げられ、自分を穢れた存在だと思い込んでいたルカは、レオンの甘く深いアルファの香りと、恐ろしいほどの優しさに戸惑うばかり。 温かい食事、美しい庭園、そして決して自分を傷つけない大きな手。 極上の溺愛に包まれるうち、ルカの心に固く巻きついていた冷たい恐怖の糸は、少しずつほどけていく。 そして、ルカを捨てた村人たちが強欲にも島へ足を踏み入れたとき、ルカは自らの意志とオメガとしての本当の力に目覚める——。 これは、孤独だった不遇のオメガが、伝説の聖獣の番として永遠の幸せと自分の居場所を見つけるまでの、心温まる溺愛ファンタジー。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...