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5.訪れる変化
36.
しおりを挟むエデラーさんが言っていた噂は本当に広がっているみたいで、お城の中を皇帝と歩いていると、通りすがりに「猫風情が」と僕にだけ聞こえるような声量で言われた。
この男は皇帝の耳がいいのを知らないのかもしれない。
嫌な予感がしたけど、僕には止められなかった。
皇帝が一瞬でその人の胸ぐらを掴んで相手が苦しみ出すと、ドスッと音がして男が宙を舞うのが見えて、僕は男を目で追った。ドサッと地面に落ちると、ちょっと咳き込んで血を吐いたのが見えた。
僕は怖くて一歩も動けなかった。
まさか、殺すの?
「陛下……」
震える声で呟くのが精一杯だった。目の前で人が殺されるのを見るのは怖い。
僕は自分勝手だ。皇帝のやり方に口を出してはいけないのは分かっているけど、怖かったんだ。
皇帝はグッタリとした男をお城の中央広場まで引きずっていくと、柱に黒い塊で縛りつけた。
何ごとかとたくさんの人が集まってきたけど、僕もこれから何が行われるのか分からない。
「こいつはアルに余計なことを言った。お前らは分かってないようだな。アルはエルヴァニアの王族であり俺の所有物だ。身分はお前らより上だということを認識しておけ!」
集まった人たちは何も言わなかった。こんなに多くの人が集まっているのに、とても静かだ。何も言わないのは皇帝が恐ろしいからかもしれない。今の皇帝は眉間に深く皺を寄せていて、僕も声をかけられない。
「お前、何か言いたそうだな。言ってみるがいい」
皇帝が声をかけた人は、僕を一瞬睨んだ人だった。柱に縛りつけられている人と同じで、僕のことが気に入らないんだろう。
「特には……」
「言え!」
皇帝が怒鳴りつけると、彼は震えながら口を開いた。
「身分は王族でも、役に立たない者を敬うのは難しいと思っただけです」
それはそうだと思う。この人がどんな役に立っているのかは知らないけど、今のところ僕は計算くらいしかできることがない。
「ほう、アル様がお役に立っていないと? それほどのことを言う君はさぞ国の役に立っているんでしょうな?」
なぜかエデラーさんが前に出てきた。いつからいたんだろう?
勝手な発言をしたように見えるけど、皇帝はエデラーさんを咎めることはなかった。
「それはもちろん。先日帝都の南で落ちた橋の建て替えでも、資材の調達から運搬までを取り仕切りました!」
彼は胸を張って堂々と言いきった。
橋の建て替えか……すごく聞き覚えがある。
経理部署の人に、数値が変だと担当者に指摘したが直してくれないと助けを求められたことがある。
数値が変と言われてもよく分からなかったから、皇帝に橋の建設の本を借りた。川の幅と資材のサイズから必要な資材を計算してみると、こんなに少ない資材で橋を作ることなんて無理だと分かった。
でも僕は橋なんて作ったこともないし、心配だったから、エデラーさんに意見を求めたんだ。
「なるほど、君が無能なせいでアル様に助けていただいたんですがね。資材の発注は見当違いの数値、運搬のために用意された馬車も全く足りず、全てアル様が計算し直して手配してくれましたよ。最終報告は君のところに届いているはずですが、修正が入っていることにも気づかないほどでしたか……」
やっぱりこの人が、数値が変だと指摘したのに直してくれなかった人か……
「役に立たないのはどちらか明白だな。大勢の前でアルを侮辱した罪は重いぞ。エデラー後処理は任せる」
「畏まりました」
皇帝は僕のことを荷物みたいに肩に担いでその場を離れた。
「嫌な思いをさせて悪かった。怖かったか?」
「いいえ」
正直怖かった。廊下で会った人のことは死んでしまうかもしれないと思ったし、皇帝はずっと怖い顔をしていた。
エデラーさんが助けてくれた理由も分からない。
「エデラーはアルのことが気に入っている。可愛い教え子が侮辱されたのが許せなかったんだろうな。あんなところで声を上げるような男ではないんだが……」
「そうなんですか?」
「アルは人気者だからな」
そっか、エルヴァニアの王族とは、帝国にとってそれほど大切な存在なんだ。
僕は本当の王子様じゃないのに……
心がズキズキと痛む。どこで生まれるかは選べない。そんなの羨んでも仕方ないのに、必要とされる『エルヴァニアの王子』という存在が、僕を苦しめる。
できることならずっとここにいたい……
アルバン様は逃げた。僕なら皇帝を受け入れられるよ。僕じゃダメなの?
やっぱりケットシーの血を継ぐ者でなきゃダメなの?
そんなのダメに決まっているのに……僕は諦めが悪いみたいだ。
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