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5.訪れる変化
35.
しおりを挟む「アル、行くぞ」
「はい」
僕は軍の建物で男に襲われそうになってから、皇帝のそばを離れることを許されなくなった。離れられるのはトイレくらいだ。
会議にも、軍議にも、視察に行く時も、ずっとだ。会議や軍議の時は、僕は皇帝の隣に座らされる。内容を聞いてもよく分からないから、ただ隣に座ってじっとしているだけだ。
西のヴェスト公国とは、竜人族を攫われたことで戦争をしているけど、東のオスト王国、南のズーデン王国とは、もうずっと昔から、領地を取ったり取られたりという戦争を繰り返しているそうだ。
皇帝が代替わりして現皇帝グレオン様になってから、押されていたところをきっちり押し返して、領土を取り戻してさらに広げているそうだ。そんなに広げても仕方ないけど、力の差を見せつけることで敵の戦闘意欲を削るのだとか。僕にはよく分からない。
みんなに囲まれている時の皇帝は眉間の皺が深くなる。そして黒い靄が肩の辺りに居座ることがある。会議の途中で払うこともできず、なんだかムズムズして、それずっと我慢している。
ときどき僕に鋭い視線が送られてくることがある。針で刺されたみたいにズキッと突き刺さるような視線。そんな時は怖くて耳の毛が逆立ってしまう。
「おいお前! アルを怯えさせたな? 今すぐ出ていけ!」
「ですが……」
「死にたいか?」
僕を怖がらせただけで殺されるの? それはやりすぎだと思う……
心配になって皇帝を見上げると、とても怖い顔で男を睨んでいた。僕が睨まれたわけじゃないのに、思わず息が止まり、背中に汗が吹き出してくる。
空気が震えて、その場の誰もが口を閉ざし目を背けている。
部屋で二人の時は怖くないから忘れそうになるけど、皇帝は最恐と言われてるんだった……
僕はゆっくりと息を整え、震えそうになるのを必死に我慢して、ただ俯いていることしかできない。
皇帝のそばにいるようになって、怖い姿を見る機会が増えた。最恐と言われるほど怖くないと思っていたけど、そんなことはなかった。
「アル、行くぞ」
「はい」
返事はたまに小さくなってしまう時があるけど、皇帝は耳がいいから聞き逃さない。
少し歩いてみんなが見えなくなると、僕は皇帝の肩の辺りに漂う黒い靄を追い払う。この靄があると皇帝は余計怖く見える。早くいつもの皇帝に戻ってほしんだ。
「なんだ? 俺に向かって猫パンチの練習か?」
「違います。黒いのを追い払っていました」
「そうか。また闇の魔力が出ていたか……」
もしかしてあの黒い靄は皇帝から出るんだろうか?
どこから出るんだろう? 口? 口から黒い靄が出てくるなんて、怖い物語の中の悪魔みたいだ。
でも皇帝の口から黒い靄が出てくるところは見たことがない。
軍の施設に行くとたまに漂っているから、皇帝からしか出ないってわけではなさそうだ。闇の魔力ってなんなんだろう?
あ、また黒い靄がいた。
僕は駆け出して黒い靄を払った。モヤモヤっとして、なんだかあると気になってしまうんだ。あいつはやっつけなきゃいけない気がする。
「アル、俺からあまり離れるなよ」
あ……ついつい黒い靄を払うのに夢中になってしまった。
僕は慌てて皇帝の元に戻った。怒ってる?
皇帝の顔色を窺ってみるけど、眉間の皺はない。
「こんなところで上目遣いをするな。襲うぞ」
「ごめんなさい」
「手」
「はい」
手を差し出すと、皇帝は僕の手を掴んで部屋へと急いだ。僕と比べて皇帝は背が高くて足が長い。だから皇帝が急いで歩くと、僕は小走りをすることになる。
涼しい顔で進んでいく皇帝に引っ張られながら、僕だけ息が切れてしまうのは少しだけ悔しい。
午後になるとエデラーさんがやってきた。僕の勉強のためにいつも来てくれる。計算は今はもう教わっていないけど、帝国のことを色々教えてくれる。
「グレオン様、噂になっていますよ」
「エデラーなんの話だ?」
「可愛い王子様に骨抜きになっていると。あながち嘘でもありませんな」
「こいつは俺の所有物なだけだ」
皇帝が僕に骨抜きに? 何それ、皇帝はエルヴァニアの王子を大切にしているだけだ。きっと僕が弱いから守らないといけないと思っただけだ。
アルバン様ならもっと上手くやれていたんだろうか?
僕ではやっぱり力不足なのかな……
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