【完結】王子様の身代わりになった僕は最恐と恐れられる皇帝を肉球で癒す

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5.訪れる変化

34.

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「抱きたいが、まだ俺のことが怖いか?」
 皇帝に抱きしめられてキスをして、ふわふわした気持ちの時にそんなことを言われた。
 キスするのは嫌じゃない。抱きしめられるのも心地いい。だけど抱かれるのは怖い。
 断ってはいけないと思って「はい」と答えたけど、体がビクッと反応してしまった。

「アル、あんな抱き方をしてすまなかった。もっと優しくするべきだった。いつか俺を受け入れてくれるとありがたい」
「はい」

 僕が怖いと思っていることに皇帝は気づいているみたいだ。僕は断れないんだし、しようと思えばできるのに、僕が受け入れるって言うまで待ってくれるの?
 それはなぜ?

 皇帝を見上げると、またぎゅっと抱きしめられた。最近は皇帝の真っ赤な目で見つめられると胸がドキドキとうるさくなる。
 僕が王子様だったらいいのにな。なぜ僕はただの猫で、ケットシーの血を引いていないんだろう?
 いくら手のひらが柔らかくても、僕には超えられない壁がある。

 僕が受け入れるって言ったら、皇帝も本当の僕を受け入れてくれる?
 そんなわけないか……

「陛下、行ってきます」
「気をつけて行けよ」

 今日は王城の経理部署に行って、それから軍にも書類を届けないといけない。また計算の間違いだらけの書類にみんなは悪戦苦闘しているんだろうか?
 ふふっ
 みんなが「アル様、これ酷いんですよ~」と言いながら泣きついてくるのを想像して、ちょっと笑いが込み上げてきた。

「君、アルバン様?」
 軍の建物に入ると、軍服を着た人に話しかけられた。濃い緑の長い髪はグネグネとうねっていて、男の片目を隠している。会計にはこんな人はいなかった。誰だっけ?

「えっと……」
「陛下が第二倉庫に来てほしいって呼んでたよ」
「そうなんですか? 教えてくれてありがとう」

 教えてもらったのはいいけど、第二倉庫ってどこだろう?
 そんなところに何の用か分からないけど、皇帝が呼んでるなら早く行かなきゃ。

「第二倉庫の場所を教えてもらえませんか?」
「いいよ。ついてきて」
「はい」
 軽い感じで話す人だと思った。僕は一応王子様ってことになっているのに、そんな話し方をしていいんだろうか?
 後で皇帝に怒られても僕は知らない。注意していいのかも分からないし……

「アルバン様って小さくて可愛いね」
 そう言いながら緑の髪の男は僕を頭の先から足の先までじっくりと眺めた。なんかちょっと嫌な感じだ。
 男の周りにふわっと黒い靄まで見えて、僕はこっそり手で払った。

「こっちだよ」
 どんどん軍の建物の端に移動して、人が少なくなってきた。倉庫ってことは、何かの在庫の計算とかだろうか?

「エルヴァニアの獣人ってバカなの?」
「え?」
 強い力で腕を掴まれると、薄暗い部屋に向かって突き飛ばされた。もしかして皇帝が呼んでるって嘘?
 僕を騙したの?

 どうしよう、逃げなきゃ……
 突き飛ばされてバランスは崩したけど、転んだりはしなかった。僕は意外と体幹がしっかりしてるんだ。

 僕は咄嗟にパンチを繰り出したけど、僕の力では戦いを生業にして日々体を鍛えている軍人には敵わなかった。軽く躱されてしまったんだ。
 だけど僕はパンチで相手を撃退しようとしたんじゃない。隙をついて逃げようとしたんだ。

 どっちに逃げればいいのかは分からなかったけど、僕はとにかく走って逃げた。足の速さには少し自信がある。

 だけど──鍛えてもいない僕では逃げきれずに腕を掴まれてしまった。
 もっと角をたくさん曲がればよかった。方向が分からなくなると思って真っ直ぐ走ったのが間違いだった……

「放して!」
「俺らがエルヴァニアを守ってやってるんだから、一回くらいやらせろよ」
 血走った男の目はゾッとするほど気持ち悪かった。

 強い力で握られた腕は捩っても解けそうにない。抵抗しても全く敵わず、ずるずると引き摺られていく。

「誰か! 助けて!」

 僕が大きな声で叫ぶと、「煩い!」と怒鳴られ顔面に向かって拳が飛んできた。

 殴られると思って目を閉じたけど、殴られる衝撃の代わりにふわっと体が浮いて、ぎゅっと抱きしめられていた。この少し冷たい感じは皇帝だ。

「アル、なんともないか?」
「はい」
「腕が赤くなっている。来るのが遅くなってすまなかった」
「大丈夫です」

 掴まれていた腕は少し痛いけど、骨が折れたり血が出たりしているわけじゃない。だから大丈夫。
 だけど怖かった。殴られそうになったのは本当に怖くて、今になって震えてきた。

「こいつは処分しておけ」
 皇帝の肩越しに、さっきの緑の髪の男が床に倒れているのがチラッと見えた。黒い靄が男にベッタリと纏わりついている。
 処分って言葉がちょっと怖かったけど、僕が皇帝に意見できるはずもなく、僕は何も言わなかった。

「陛下、助けに来てくれてありがとう」
「これからも俺が守ってやる」
「はい。ありがとうございます」
 僕が震えているからか、皇帝は僕を抱えたまま背中をそっと撫でてくれている。
 軍の会計に書類を届けると、僕は皇帝に抱えられたまま部屋に戻ることになった。

「パンチはしなかったのか?」
「しました。でも、逃げきれませんでした」
「そうか。パンチ見たかった」
「え? 見たかったんですか?」

 僕のパンチなんて見ても仕方ないのに、なんで皇帝はそんなことを言うんだろう?
 力のない僕のパンチなんて、皇帝のパンチに比べたら全然大したことないのに。
 その辺にいる軍人のパンチの方が余程迫力があって強いと思う。

 僕が首を傾げていると、皇帝は僕をぎゅっと抱きしめて「無事でよかった」と言ってくれた。

 
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