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5.訪れる変化
38.
しおりを挟む「あの……」
「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」
「練習させてください。キス」
「いいぞ。ほら、してみろ」
こんな提案をして怒られるかと思ったのに、皇帝は怒らなかった。それどころか革張りの椅子にどっしりと座ったまま、目を閉じて待っている。
心をあげるのはどうやるのか分からないから、僕はまずできることからやってみようと思った。
他の人で練習することも考えたけど、僕は皇帝のものだから他の人となんて怒られるに決まってる。でも練習はした方がいいと思って、勇気を出してお願いしてみたんだ。
自分から言い出したことなのに、全く自信はない。たぶんまた上手くできないと思う。でも誰だって初めから上手くはできない。頑張るぞ。
ゆっくり近づいて、皇帝の頬にそっと触れる。唇を合わせて、ゆっくりと舌を侵入させていくと、皇帝の舌に触れた。
焦って逃げたくなるのを堪えて、舌の先でペロッと触れてみる。
ツルツルしていて、少し冷たくて気持ちいい。
あとはどうすればいいんだろう?
分からなくなった僕は舌を引き抜いて、唇に吸い付いてチュッと音を立てて離れた。
「終わりか?」
「はい。どうすればいいのか分かりませんでした」
「ふっ、いいだろう、俺が教えてやる。俺の膝の上に乗れ」
「はい」
僕は皇帝の膝の上に浅く座った。
「……アル、同じ方向を向いていたらキスできないだろ? こっちを向いて座れ」
「はい」
間違えてしまった。そんなの少し考えれば分かることなのに、僕はまるで皇帝を椅子にするように、皇帝に背を向けて座っていた。
慌てて飛び降りて、皇帝の膝の上に向き合って座る。これで合ってる?
「舌を出してみろ」
「ベー」
「可愛い舌だ」
皇帝は僕の舌を指先でこしょこしょと擽った。なんだかゾクゾクする。でもこれはキスではないよね?
そのまま皇帝は指を僕の口の中に入れて、上顎とか、歯の近くをそっと撫でた。何してるんだろう?
「あっ……」
「ほら、気持ちいいだろ? この気持ちいいところを覚えろ。アルが気持ちいいところは相手も気持ちいいんだ」
そういうことか。気持ちいいところを覚えて、僕も皇帝の口の中の気持ちいいところを撫でるみたいに舐めたらいいんだ。
「どうだ? 分かってきたか?」
「んっ……」
ダメだ、これ以上はまた力が抜けてしまう……そう思ったら、悲しいわけじゃないのに涙が滲んできた。
「やりすぎたか? 嫌だったか?」
皇帝は僕の口から指を引き抜いて、僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
「嫌じゃないです。気持ちよくて、涙がちょっと出てしまいました」
「そうか」
皇帝は少し冷たい指でそっと頬に流れた涙を拭ってくれた。この手は人を殴ることもあるのに、僕に触れる時はとても優しい。抱きしめて髪を撫でてくれる手は人を殴る手とは別物みたいだ。
「ほらアル、今日も練習するんだろ?」
「はい」
その後も僕は毎日皇帝にキスの練習をさせてもらっている。
上手くなったのかは正直分からない。自信がなくて、「気持ちいいですか?」とも聞けずにいる。皇帝はキスより、僕の手をフニフニ触っている方が好きみたいだ。
耳の付け根という急所を知られてしまったことが心配だったけど、皇帝は僕の耳を勝手に触ってくることはなかった。
子どもの頃にいじめっ子に急所を執拗に触られて、嫌な目に遭ったことがある。だから少しだけ心配していたけど、皇帝はそんなことはしなかった。
皇帝は怒らせることをしなければ、怖いことも痛いこともしない。だけど、どんなことをすれば怒るのかは今でもよく分からない。僕が今まで見てきて分かっているのは、許可なく話すことと、質問にちゃんと答えないこと。この二つはよく怒っている気がする。でも他はよく分からない。
僕が嫌な目に遭うと怒ってくれるけど、それは自分の所有物にちょっかいをかけられるのが嫌なんだろう。僕がお気に入りのペンを勝手に使われるのが気に入らないのと同じ感覚だと思う。
真っ青で雲一つないとまではいかないけど、近頃は青い空を見かけることが増えた。雨が降る季節が終わったのかもしれない。外は暖かいし、風も湿気が少なくて軽くて清々しい。
「陛下、最近は天気の日が増えましたね」
「そうだな。今度森へ入るが一緒に行こう。危険があっても俺がいるから心配ない」
「はい」
森に入るって、森で何をするんだろう? 森の木の実を採りに行くんだろうか? それともキノコや山菜かな?
僕はこの時、皇帝と森に行くなんてきっと楽しいことだと思って、ピクニックにでも行くような気分でワクワクしていた。
まさか、あんなことになるなんて思ってもみなかった……
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