【完結】天才パティシエは年下彼氏の忠実な犬になりたい

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十一章

75.抑えきれない想い(※)

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「恭一、寝よっか」
「分かった……」
 恭一は気持ちが昂って、奏太に抱かれる気満々だったが、奏太は違った。きっと疲れているんだと思い、従うことにした。一緒に眠れるんだから不満はない。

「恭一、最近寝れてないんでしょ? 酷いクマだよ。それとも、今すぐ俺に抱かれたい?」
 奏太の言葉に一気に体温が上昇し、腹の中が期待で疼き出す。
 こんなことを言って奏太に嫌われやしないかと緊張しながら、しかし嘘はいけないと口を開く。
「抱かれたい、です……」
「うん、いいよ。俺も我慢できない。恭一にゆっくり寝てほしいから、一回だけね。足りない分は明日たっぷり愛してあげる」
 二人で服を脱ぎながら風呂に駆け込み、シャワーを浴びてすぐに抱き合った。

「奏太は、俺の特別……」
「うん、俺にとっても特別だよ」
 奏太の言葉に温かい物が込み上げて、目から溢れそうになる。

「かなた……好き」
「うん、俺も好きだよ。出したい? それとも挿れてほしい?」
「奏太と、一つになりたい」
「いいよ」
 奏太が袋を切って装着するのを待つ時間が一番緊張する。期待と不安が混ざり合って、いつも泣きたくなる。

「恭一、降参のポーズで待ってるの可愛いね」
「かな、た……」
 ローションが継ぎ足され、ヌチッと粘性のある音を立ててあてがわれると、恭一は一瞬身を固くしてしまう。
 それを奏太は分かっているのか、手が差し伸べられた。
 この手がいつも恭一を救ってくれる。温かくて、優しくて、暗闇に差す一筋の光のようだ。
 恭一は奏太の手に縋りついて、どうかこの先も共に歩んでほしいと願う。

「恭一、余裕そうだね。もっと激しくしていい?」
「奏太の望むまま……俺は全部受け止めるから。んんっ……」
 奏太の全てを受け止める。もう奏太にみっともない姿は見せたくない。幼い頃のあの日を覚えていてくれたんだ、今はこうして愛してくれる。奏太にどんな過去があっても、未来が少しずつ変化していっても、奏太を全部受け止めると決めた。

「ああっ……かな──」

 恭一が目覚めると、カーテンの隙間から光が漏れていた。温かくて幸せだ。この温もりは奏太に違いないと思った。
 恭一の右手はしっかり奏太に握られている。起きた瞬間から奏太が隣にいる幸せを噛み締めていると、奏太の目がゆっくり開いた。
「おはよう」
「恭一おはよう。一回って言ったのに無理させた。ごめん」
「大丈夫だ。俺は途中で寝たのか?」
「うーん、寝たというか意識飛ばしちゃってそのまま寝たって感じかな」

「あっ!」
 クリアになった頭の中に流れ込んでくるレシピ。慌てて枕の周りに手を伸ばして探るも、あるはずのものがない。

 昨日のことを思い出してみる。クッキーを作ることに夢中で、そして風呂にも忙しなく向かった。ノートはどこだ? まだ鞄の中か。
 ようやくノートの在処に思い至った恭一は、すぐにでもノートの場所へ行かなければとベッドから降りた。
 しかし足腰に力が入らず崩れ落ち、冷たいフローリングの床に裸のままベショッと落ちて立てなかった。

「恭一、大丈夫? じゃないよね。ノートどこ? 持ってきてあげるから、ベッドで待ってて」
「すまない、鞄の中だ。リビングにあると思う」
「うん、分かった」
 床に落ちていたタオルを腰に巻いて奏太が取りに行ってくれた。その後ろ姿を見ながら恭一はベッドによじ登る。
 奏太の温もりが残る布団、心の中まで甘い香りで満たされていくようだ。この幸せを、菓子を食べてくれる人にも分け与えたい。この幸せな甘さをみんなにも知ってほしい。

「持ってきたよ」
 奏太にノートとボールペンを差し出しされ、恭一は受け取ってすぐにペンを走らせた。

「ふぅ。奏太、持ってきてくれてありがとう」
 奏太は何も言わずにいつものように書き終わるのを見守っていてくれた。
「うん、本当に無理させすぎた。あの時のお兄さんが恭一だって知って、抑えられなかった」
「大丈夫だ。俺も奏太が覚えていてくれたことが嬉しい。帰り道、奇跡が起きたと思って震えたほどだ」
 寝て起きたら夢かもしれないと不安だったが、夢ではなかった。

「その時に言ってくれればよかったのに。俺は帰り道、恭一のこと傷つけたと思ってずっと反省してたんだからな」
「ごめん」
「愛してるって言ってくれたら許す」

「あい……奏太、愛しているとは恋人同士や夫婦が言うんじゃないか? 俺が軽々しく言っていいのか?」
「は?」
 怪訝な顔をした奏太に、恭一はまた間違えたのだと思った。愛していると言えばいいだけなのに、なぜ自分は言わなかったのかと、後悔の念が押し寄せてくる。

 恭一は奏太に反抗したいわけじゃない。堪らなく大好きで、大切で、特別で、言葉にするとなんだか軽すぎて気持ちとの釣り合いが取れないといつも思っていた。
 恭一の中で『愛している』は最上級の気持ちを表した言葉だと認識している。だからこそ、気軽に言ってはいけないと思っていた。
 そして、恭一は自分と奏太の関係が恋人かどうか分からない。聞いていいものかも迷っていた。

「ごめん。奏太が道を示してくれたのに、逆らってしまった」
 奏太に従えば間違えることなどなかったのに。今更どうにもならない。

「そんなことどうでもいい。言いたくないなら言わなくていいけどさ、恭一は俺の恋人じゃないの? じゃあなんなの?」
 恭一には答えが分からない。
 なぜそんなに奏太が震えるほどに拳を握り締めているのか。
 なぜ奏太の目は怒りだけでなく悲しみの色を含んでいるのか。

「……分からない。ずっと分からなかった。俺は結婚したこともないし恋人がいたこともない。『今から恋人です』と宣言されたわけではないから、違うのかと思っていた」
「そっか。恭一は恋人じゃない人に抱かれたりできるんだね」
 刃物のように鋭く冷たい、今までに聞いたことのない奏太の声。だが奏太には嘘をつきたくないと恭一は口を開いた。

「奏太にならできる。奏太以外にはできない。奏太は特別だから恋人でなくても、犬でもいい……奏太だけに触れられたい」
 上手く伝えられなくてもどかしい。言葉にすると何もかもが嘘くさくて、軽くて、日本語が苦手だと思った。

「恭一、俺たち恋人だよ。なんで不安なら言わないんだよ。バカだな恭一は。恭一の気持ちはちゃんと伝わってるから心配するな。おいで」
 さっきとはまるで違う、柔らかくて優しい奏太の声。
「奏太……」
 恭一はまた奏太に救われた。恭一の拙い言葉でも、奏太は想いを汲み取ってくれる。
 奏太が広げた腕にゆっくり身を預ける。

「まだ間に合う?」
「何のこと?」
「奏太に『愛してる』って言いたい」
「また今度。今は黙って俺の腕の中にいて」
 恭一は返事の代わりに奏太の背中に手を回して力を込めた。

 
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