【完結】可愛く転生したのに、僕は生まれ変わっても好きなものを好きと言えない

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第五援軍篇

26.

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 >>>殿下と秘書

「気が狂いそうだ」
「そうですか。頑張って正気を保ってくださいね」
「相変わらずお前は冷たいな」
「惚気ですか? それともまた彼に嫌われるようなことをしましたか?」
 ナタールにとって殿下とフロリアンの仲がどうなろうと、さほど興味はない。

「とうとう、結ばれた」
「はぁ、そうですか」
 そんな報告をされても、ナタールはなんと返せばいいのか分からない。
「可愛すぎて、気が狂うかと思った。初めてだから無理をさせてはいけないと、必死に耐えて。それがどれだけ辛いか分かるか?」
「全く分かりませんね」
「そうか。だよな」
「それは分かりましたが、今はなぜ気が狂いそうなのですか?」
 ナタールはこれ以上惚気を聞かされてたまるかと、先を促した。

「この手に、肌に、リアンの感触が残っている。これはリアンの髪だ。銀糸のようで綺麗だろ?」
「は? なぜ彼の髪を持っているんですか?」
「リアンを送ったあと、シーツにリアンの香りが残っていないかと嗅いでいたら一本だけ落ちていた」
「殿下、失礼を承知で言いますが、変態ですか?」
 ナタールは殿下の言葉に一歩後退り、寒気がした。

「好きな人の抜け毛だぞ? 愛しいものだろ? それとリアンは清浄魔法を使うから香りは綺麗さっぱりなくなっていた。残念だ」
「果てしなく気持ち悪いです。彼に見つかって嫌われないうちに捨ててください」
「は? リアンのものを捨てるなどできるわけがないだろ!」
 ナタールは変態になってしまった殿下に頭を抱えた。そして心の中でフロリアンに同情した。


 *

「リアン、今日も可愛いな」
「殿下」
 殿下を見上げると唇が重なった。
 今日は王宮に連れて行かれず、団長室だったからしないことは分かっていた。
 僕の体が気に入らなかったんだろうか? でもキスはしてくれた。
 キスしてくれるってことは嫌われていないって思ってもいいの?
 殿下の気持ちが分からない。

「リアン、キスは好きか?」
「はい」
「うん、いい子だ」

 僕はあの日から数日後、石鹸屋のお姉さんに会いに行った。相談に乗ってくれたお礼に、人気のお菓子屋さんで買ったクッキーを持って行った。
 龍男の頃、母親が何かのお礼に菓子折りを持っていくのを見たことがあったから、お礼には菓子折りがいいと思ったんだ。この世界では分からないけど、食べたらなくなるものだし嫌がられることはないと思った。

「あら、リアンちゃんどうしたの?」
「お礼にお菓子を持ってきました」
「ということは、リアンちゃんは誰かのものになってしまったのね」
「えっと……そう、かな」
 僕は殿下のものになったんだろうか?
 愛し合っているわけではなく、欲望の捌け口に体を差し出しているだけだと知ったら、お姉さんはどんな反応をするんだろう?
 でもそんなことは言えなかった。

 少し憂鬱な気持ちになりながら歩いていると、ジャガイモ農家のお爺さんの家に来ていた。
「こんにちは、何か手伝うことはありますか?」
「おや、今日は畑はお休みだから何もないよ。甕に溜めておく水を井戸まで汲みに行くくらいだ」
 平民の家には各家庭に井戸があるわけではない。水やお湯が出る魔道具も無い。もちろんお風呂も無い。父上と泊まった宿みたいに、水に浸して絞った布で体を拭く。たまに川や共用の井戸まで行って髪も洗う。お爺さんは髪がほとんどないから、「そんなに髪が長いと大変だね」と僕に言ったけど、僕は清浄魔法が使えるから髪はほとんど洗わない。シャンプーやトリートメントがないからね……。

 騎士団の寮には大浴場と個室のお風呂がいくつかあって、貴族は大抵個室のお風呂を使う。僕も父上や兄たちに言われて個室のお風呂を使っているけど、うちは男爵だし、個室のお風呂が空いていない時は清浄魔法を使っている。お風呂に入るのは週に一度くらいだ。
 清浄魔法は全身が綺麗になるけど、いい香りになったり、体が温まったりはしない。だからお花の香りの石鹸で体を洗って、ゆっくり湯船に浸かるのもたまには必要だ。

 平民も公衆浴場を利用すればお風呂に入れるんだけど、お金がかかるから一部の人しか利用しないらしい。魔道具でお湯を出しているからだろう。この世界に温泉はないんだろうか?

 お爺さんが甕に溜めておく水というのは、手を洗ったり沸かして飲んだり料理に使ったりする水だ。桶に汲んで共用の井戸から家まで運ぶのだとか。
 それなら僕は魔法で水が出せるからと、甕にたっぷり水を入れてあげた。
 そしたら僕が前にあげた紅茶を出してくれた。
「何も返せるものがなくてすまない」
 なんて言ったけど、僕はここに癒されに来ているんだから、それだけでいいんだ。
 田舎のおばあちゃんちに来ているような、そんな感じだ。
 物よりもっと大切なものをもらっている。

 殿下にはその後も何度か呼び出されたが、毎回求められるわけではなかった。
 ただ向かいの席に座ってお茶をするだけの日もある。その方が多い。
 何もない休みの日は、ジャガイモ農家のお爺さんのところに行くこともあった。

 そんなふうに休みの期間を過ごしていると、とうとう入団式が迫り、実家に帰っていた友達も寮に戻ってきた。

「リアンなんか変わったか?」
「そう? 農家のお手伝いに行ってるからかな?」
 友達には僕の変化が分かってしまったみたいだけど、殿下とは恋人になったわけではないから言えなかった。嘘はつきたくないし、誤魔化しておいた。


 
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