ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第三話 血染め赤ずきん

夢見心地 Part.4

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 いやいやとアイリスは暗闇の中へと目をこらす。

 レイヴンが恥ずかしいことを言うから、気が動転して見間違えたのだろうと、もう一度慎重に木々の隙間の、ある一点を注視する。すると、一瞬前にちらりと見えた姿が、まだそこにあった。暗い夜の森で月光を受けて寄り目立つのは、見紛うことなき赤である。

「え、アシュリー……?」
「アシュリーがどうしたって?」

 つぶやき声にレイヴンも顔を上げる、聞き間違いだろうと訝しげに。

「いま、森の中にアシュリーがいたような気がしたんです」
「やっぱり呑みすぎだな、こんな真夜中にあいつが出歩いてる訳ないだろ」

 レイヴン達を追ってきたときには理由があったが、いまの彼女に外に出る必要があるとは思えず、当然のようにレイヴンは否定する。が、論より証拠とばかりにアイリスは彼の腕を掴んで窓際まで引っ張った。

「お、今夜も月が綺麗だな。雲があるのがちょいと勿体ないが」
「空じゃなくて下を見てくださいです。わたしだって目を疑いましたけど、ホントにいたんですよ、ほらあそこに!」
「…………どこだよ?」

 アイリスが指さす周辺に、酔っ払いに付き合うめんどくささで目を向けるレイヴン。一応注意深く観察はしてみるものの、そもそも人間の彼には月の陰った夜の森は暗すぎた。まぁ、ウィスキーのボトル三本とワインを二本空けていれば変なものが見えても不思議じゃないから、適当に宥めてやり過ごそうと、レイヴンが思った矢先である――

 あった、赤が

 雲の隙間から、宵闇を切り裂くように振り下ろされた光刃が照らした軌跡。それはほんの一瞬に過ぎなかったが間違いない、自然の中にあって不自然な赤色は、確かにアシュリーが身につけている頭巾の色だ。

「ね、ね、です! やっぱりあれってアシュリーですよね?」
「……様子がおかしかったな」

 後ろ姿で顔までは見えなかったが、その足取りはふらふらと、まるで生きることに絶望した自殺志願者のようで、リラックスしていたレイヴンの眉間にしわを刻むに充分な違和感があった。時計が示す時間はちょうど日を跨いだくらい、女が一人で出歩いていい時間では勿論ない、その上森の中へ、さらにこの村の中からだ。

 レイヴンの手はすでにポンチョとハットに伸びている。
「追うぞ、アイリス。どうにも妙だ」
「え? あ、はい! ですよね、そうですよね!」

 数秒で支度を済ませて二人は受付へと駆け下りていったが――

「ん⁈ 鍵掛かってるじゃねえか!」
「女将さんを起こしてきます」

 否である。

 アイリスが提案したときには、すでにレイヴンの足は受付の扉を蹴破って表へと飛び出していた。彼には直感があった、この胸騒ぎは時間を惜しむなと告げている、もたついている暇はないと告げている。

 そのままアシュリーの姿を見かけた場所まで走り、二人は森の中へと入る。しかし、気まぐれな雲が月を隠すおかげで殆ど前が見えやしない。

「こう暗くちゃあ追跡トラッキングもできねえ。くそ、どっちへ行った?」
「レイヴン、しぃっ、です」

 指を立てて沈黙を求めるとアイリスは目をつむった。龍である彼女が人間より夜目が利くといっても限度がある。雲に加えて樹木が月光を遮る夜の森では、隣に立っていても互いの姿をおぼろげに感じる程度なのだ。

 だが、そんな暗闇にあっても追跡する手段はある。

 葉音、摺音、風も鳴る
 小動物の気配、
 虫も鳴く

 レイヴンの言葉を反芻しながら耳を澄ませ、やがてアイリスは目を開いた。聞きつけたのはほんの些細な異質な音、踏み折られる枝の音だ。

「こっちです、レイヴン。付いてきてくださいです」
「良い耳してる」

 感心しながらレイヴンは後に続く。視力も聴力も、当然ながらアイリスの方が数段上で、そんな彼女が、人間達が劣っている能力を補うために培ってきた技術を身につけたら、その追跡から逃れられる者はいないだろう。

 優れているのが耳だけならば機会はあるかもしれない、だが嗅覚も充分に鋭いのだ。臭いで捉えられたらまず逃げ切れない、アシュリーの気配をレイヴンが捉えるのにもさほど時間はかからなかった。

「追いつきましたです! ――アシュリー、どこへ行くんです⁈」
「聞こえてんだろ、止まれって!」

 だが二人が声をかけても、アシュリーはふらふらと歩を進めるばかりである。
 明らかに様子がおかしい、道なき道を、まるで首輪を引かれる犬のように歩いてきたようで、どこかで引っかけたらしい服の所々が破けている。しかもお気に入りのローブまで破けてしまっているのに、気にかける様子もないってのは、絶対におかしい。

 呼びかけても駄目、となれば次の手段は単純だ。
 回り込んだレイヴンは彼女の前に立ちふさがる。が、どうだ。アシュリーは彼を容易く押し退けて先へ進んでいくのだ。

「おっとっと……、どうなってんだ、こいつは?」

 尻餅ついたレイヴンに変わって、今度はアイリスが止めにはいる。しかし両肩を掴んでいるにもかかわらず、驚くことに押され気味だ、あのアイリスが。

「え、ちょ……アシュリー、すごい力です……!」
「なんとか抑えろ、アイリス。お前で止められなきゃどうしようもないぞ」
「わ、わたしは平気です。でもこれ以上、力込めたらアシュリーが怪我しちゃいます」

 人間状態で出せる腕力でも、アイリスのそれはレイヴンを越えているのに、全力近く出してなお分が悪いのだ。遅かれ早かれ、このままでは振りほどかれてしまう。そう感じたアイリスはやむなく手荒な手段を取らざるおえなかった。

「ごめんなさいです、アシュリー」

 そう呟いてから、ゴチン! と鈍い音が森に響いた。

 アイリスが頭突きをかまして、アシュリーの――あったか分からない――意識をより遠くに吹っ飛ばしたのである。手段は乱暴だったが仕方ない、とにかくアシュリーを大人しくさせるのが重要だ。

「ふぅ、よかったです。これでも動いたらどうしようかと思ってました」

 ぱったりと地面に倒れたアシュリーを見下ろしながら、アイリスは息を吐いていた。

「上手くいったな。にしてもすげぇ音だったが、平気か?」
「ふふんです、レイヴン。わたしの頭が人間に負けるとでも?」
「思ってねえよ。俺が心配してるのはアシュリーの方だ、龍に頭突きされるなんて俺だってごめんだぞ」

 レイヴンは一応褒めたつもりだったがアイリスは不満そうだった。こう暗くちゃ顔も見えないし、冗談かどうかも分かりにくい。なんとなく、ふくれっ面なんだろうなって気がする程度である。

「むぅ~、ちょっとはわたしの心配もしてもらいたいです」
「ちゃんとしてるさ。アシュリーの様子は?」
「だいじょぶですよ。手加減はしてあります、気を失ってるだけです」
「しかし、真夜中の森に入るなんてどうかしてる。案の定、様子もおかしかったし何が起きてるんだ、こいつの身に」
「検証するのはわたしも賛成です、レイヴン。ただ思い当たる節もありますけど、先に村まで戻りましょうです。アシュリーさんはもしかしたら――」

 アイリスによぎった不安、その言葉の先は言わずとも分かることになる。アシュリーの無事で一瞬緩んだ緊張がすぐに張り詰めたのだ。二人は即座に背中合わせに立ち、互いの背後を見張り合う。

 右手を銃把に添えながら、レイヴンは油断していたことに歯がみしていた、寝たきりの三日間で僅かにだが鈍っている思考に。

「……撒き餌か」
「みたいです、アシュリーを見かけたらわたし達が追ってくる。そこを利用されたみたいですね。人狼です、あの人狼がいます。この獣臭、忘れもしないです!」

 長髪逆立てるアイリス。しかしレイヴンは努めて冷静に鈍った感覚に活を入れて状況を考える。まずは、背後でキレかけている龍人を宥め、それから自分の正面にも注意を払う。

「仕掛けるなよ、アイリス。相手は一人じゃなさそうだ、俺の側にも何かいる」
「それも人狼です? 二度目の不覚はありません、まとめて相手になってやります!」
「もう一度言うぞアイリス、絶対に仕掛けるな」

 頭に来ているアイリスを落ち着かせるのは、闘牛を撫でるくらいの神経がいる。現にレイヴンが背中に感じる熱量は、いっそ寒気がするほどだ。だが、この場では絶対に戦えない。

 なにしろレイヴンが注視している側、その正面のどこかにいる見えざる敵が掴めない。複数いるであろう事はなんとなく感じるが、どの気配もやけに薄い。待ち伏せに成功し、首を取りに来る直前とはまた異なる、殺意の薄い視線、いわば様子見の眼差しを向けられているような感覚がしていた。

 相手はまだ仕掛ける気はないらしい。
 ならば下手に動く方が命取り、最善手は村まで下がることだ。

「いまおっぱじめたら、皆殺しになるだけだ。こんな場所じゃ、俺もアシュリーも逃げようがねえ。なんとかして村まで戻るぞ」
「で、でもわたしは……!」
「アイリス、血ィあげたままじゃ勝てるもんも勝てねえ。いまは逃げだ、いいな」
「…………わ、分かりましたです」

 臭いのする方向を恨めしげに睨めつけながら、アイリスは答えた。悔しいのも理解るし、復讐に燃えてくれるのは嬉しくもある。だが、時と場合を揃えなければ、あざ笑われて終わるのだ。

「アイリス、アシュリーを」
「もう担いでます」

 気持ちを切り替えてからの彼女は行動が早く、すでにアシュリーを肩に担いでいた。左腕を動かせないレイヴンではアシュリーを運べないし、そもそもアイリスの方が力持ちであるから、妥当な役割分担だった。

「先導してくれアイリス、後ろは俺が」
「お任せです。……ちゃんと付いてきて下さいです、レイヴン」
「尻尾みたいにな」

 けれど貴方が心配だと、アイリスは言わなかった。この言葉をかけることは、信じて前を行かせてくれた彼を疑うに等しい。信頼しているからこそ彼女は素直に踏み出した。

 そうして二人は、暗い暗い森の中を綱渡りする亀のようににじり下がり、村へたどり着く頃には辺りはより一層光を求めていた。意外なことに、レイヴンはただの一度の発砲することもなかった、代わりに二人揃って神経をすり減らした帰り道となったが、少なくとも無事である。

 無我夢中で逃げるよりも疲れは大きい、しかし、深夜に一人娘が姿を消した女将に比べれば、二人の心労は少ないとも言えた。

「アシュリーッ! あぁ、アシュリーッ!」

 娘の姿を見つけるなり駆け寄ってきた女将は散弾銃を抱えていた、村に戻るのが遅かったら彼女は森の中へ探しに出ていたかも知れない、出会えたのは幸運だった。だが、レイヴン達にはちょいと不運だった、なにしろぐったりしている愛娘をアイリスが担いでいるのだから、銃口を向けられても、ある意味仕方のないことである。

「あんた達! ウチの娘に何をしたんだい⁈」
「待て待て女将。こいつが森に入るのが見えたんで追っかけてって連れ戻したんだぞ」
「ですです、危ない所だったんです、わたし達が追わなければアシュリーは人狼に襲われていたかもでした。気を失ってますけど、怪我はありませんです。なので、銃を下ろしてください」

 深夜に外を出歩いているレイヴン達も見るからに怪しく、勘ぐられるのは至極当然とも言える。しかし、彼らの疲れた表情は銃声なき死線を潜ってきた証で、しばらく様子を観察していた女将はゆっくりと銃を下ろしたのだった。

 ふぅ、とレイヴンも息を吐き、拳銃をホルスターへ収める。

「よかった、あんたを撃ちたくはない」
「女将さん、アシュリーをどこかに寝かせてあげたいんですけど……」
「あぁ、そうだね。こっちにおいで」

 気の抜けた声で案内されたアシュリーの自室、そのベッドに彼女を寝かせたところで、レイヴン達もようやく息をつけた。女将を含めた誰しもが、疲れた溜息を吐く、皆が皆、数歳は年を取ったような感覚になっていた。

 ただ一人、アイリスを除いては――

「あっと、レイヴン、女将さん。腰を落ち着ける前にお願いしたいことがあるんです」
「頼み事?」
「なんだい?」

 二人ともそれぞれに胡乱な声で応じると、横になっているアシュリーを眺めてから、アイリスは言った。

「女将さんは綺麗なお水を持ってきてくださいです」
「え? あぁ、いいよ」

 女将はすぐに部屋を出て、アイリスに言われて通り水を汲みに行った。ついでレイヴンが「俺は?」と問えば、彼女は神妙な表情でこう続ける。

「ハンターさんの荷物の中に、女神のお守りタリズマンがあったの覚えてます?」
「純銀製の丸いやつか? あったな、そんなの。あれが必要なのか」
「はいです、お願いできます?」
「OK、少し待ってろ。ついでにワインもいるか?」
「気持ちだけありがたくです、それに部屋にあるボトルは全部呑んじゃいましたから」
「たまらねえなぁ……」

 そうしてレイヴンも部屋を出て行き、アイリスは不安げな表情でアシュリーの様子をみながら、二人が戻るのを待った。

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