ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第三話 血染め赤ずきん

夢見心地 Part.5

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 レイヴンが部屋に入ると、すでに女将は戻ってきていた。

「持ってきたぞアイリス、説明してくれよ」

 静かな撤退による疲労は残っているが、解決していない問題がある。コイツをかたづけなければ日が昇っても眠れそうにない。

「アシュリーの身に何が起きてるのか、お守りをつかって何をする気なのか」
「ちょ、ちょいと待っとくれよ」

 動揺激しく、女将が尋ねる。

「娘になにか悪い事が起きてるって言うのかい? この子は無事だと、言っていたじゃないか」
「女将さん、落ち着いてくださいです、アシュリーはホントに大丈夫ですから。――もう、レイヴンってば訊き方を考えてくださいです」
「いまのは迂闊だったな、わるい」

 と、悪びれた素振りレイヴンは返した。確かに焦った問いだったかも知れない、だがどの道女将は訊いたろうし、説明を求めただろう。あるのは遅いか早いかの違いだけだから、彼は迂闊なまま話を進めることにした。

「それよりアシュリーだ。結局のとこ、お前が何をする気にせよ、女将には話さなきゃだろ?」
「はいです、まぁ、そうですね……」

 見ただけでも分かる、女将の動揺っぷり。肝の据わった宿屋の女主人の雰囲気はすでになく、彼女は愛娘を案じる母の表情でアイリスの言葉を待っていた。

「女将さん、どうか最後まで落ち着いて聞いてください、いいです?」
 女将は頷いた、不治の病を宣告されるのを悟ったように、口を固く結びながら。

「アシュリーの身体は無事です、それは約束しますです。でもですね、それ以外に問題を抱えているというか……」
「アイリス、女将は腹決めて話聞いてるんだ、濁さず言ってやれ」

 口ごもったアイリスと目が合ったとき、レイヴンも彼女が言おうとしていることの予想が付いた。だが許しを求めるような視線を送られても、彼には助けようがない。アイリスが話し始めなければ、前に進まないのだから。

「はいです。――ではお話ししますね。端的に言うと、アシュリーは呪いをかけられています」
「の、ろい…………?」

 憎いあいつを呪ってやる。そんな言葉は女将でも一度くらいは聞いたことがある。しかし、それは解消できない苛立ちを吐き出すための、いわば儀式に過ぎず、実際に呪いなんて物があるなんて信じたことはなかった。

 だが、である。

 もしも呪いが実在するのであれば、この場、この村において、女将が一つの最悪な結末を予想してしまうのは無理からぬ事であった。

「そ、そんな……、まさか、この子は人狼に…………」
「――は、ならないです。これは絶対、保証しますです」

 泣き崩れそうになる女将に向けて、アイリスは力強く言い切り、その自信の裏打ちを続ける。

「人狼も確かに呪いが生み出した存在です。けれど噛み傷のないアシュリーは、絶対に転化することはあり得ないです」
「そう、なのかい?」
「はいです。人狼の呪いは人から人へうつる物です、ですがそれにも条件が合って、まず相手に噛みつくことが必要なんです。それでも、必ずうつるわけではないんですけどね、レイヴンが人のままなのがその証拠です」

 マジで助かったと、レイヴンは眉を上げてから話を戻す。人狼の説明よりも気になるのはアシュリーの身に起きている、いや、アシュリーにかけられている呪いの方だ。

「どんな代物か、見当も付いてるんだろ」
「さっきの様子だと、服従か魅惑の呪いだと思います。術者の命令に従ってしまうんです」
「相手を操れる呪いってことか?」
「ですです。ただし、なんでも命令できるわけじゃないです、呪われた人が心の底から拒むことは強制できません。例えば、女将さんを殺すように命令されたとしてもアシュリーは行動に起こさないです」

 恨まれてなければの話だろ?
 なんて思いはしたが、流石のレイヴンもこの皮肉は口に出せなかった。

「でもよぉ、アイリス。それってマズくねえか? アシュリーはまだ呪われたままな訳だろ、今回は俺たちがたまたま止められたから良かったものの、今のままだと同じ事が起きかねない」

 運が良かった。

 とどのつまり、アシュリーが自分のベッドで寝息を立てているのは幸運に過ぎない。ポーカーで全プレイヤーがストレートフラッシュを出すくらいの万に一つの幸運を拾っただけなのだ。もしも次が起きたのなら断言できる、三度目はない。

 森に消える愛娘の姿が頭によぎった女将は、アイリスにすがりついていた。

「お嬢ちゃん! その呪いっていうのは、解くことはできないのかい⁈ お願いだよ! アシュリーは、あたしの大事な大事な娘なんだ、助けてやっておくれよ! 呪いを解くのに必要な物があるなら言っとくれ、なんだって用意するから! あたしの命と引き替えにしたっていい、お願いだよ!」

 他者に救いを求めて涙ながらに縋り付く。こういう光景は、レイヴンも何度か目にしたことがある。その無様ははっきり言って見るに堪えない弱者の姿だ。なるようにしかならない世の中、切った張ったの生き方ばかりしてきた故か、さっぱり諦めて受け入れろよと、彼は常々考えていた。


 だが、こうも気高い無様もあるのか……


 アイリスは跪いている女将の肩をそっと抱いて、涙に濡れた顔を上げさせた。

「だいじょーぶです、女将さん。アシュリーの呪いはわたしが解いてみせます」
「ほ、本当かい⁈」
「わたしが頼むまでもなく、貴女たち親子はレイヴンを救ってくれました。ならば、貴女に頼まれるまでもなく、わたしは貴女たちを助けます。それにです、必要な道具はすでに集めてもらってます」
「え?」

 感謝と混乱入り交じった奇妙な声で、女将はそう言った。そりゃあそうだろう、彼女が運んできたものは、桶に入った水だけなのだ。

「まさか、アイリス。ぶっかける気じゃねえよな」
「このままかけても、目を覚ましたアシュリーは森に歩いて行っちゃうだけです。ただの水じゃ駄目なんです、呪いを解くからには聖水でなければ効果がありませんから」

 教会で女神の祝福を受けた水、それが聖水だ。しかしここは宿屋の一室、聖なる雰囲気もありはしない、生活感だけがある女性の部屋で、さらにレイヴンは聖水と呼ばれる水に大した御利益がないことも知っていたから、ことさらに訝しげだった。

「祝福受けたって水は水だろ、効果あるのか?」
「場合によりけりです、でもアシュリーには利くと思います。魔法には属性があるってお話ししましたよね、レイヴン? 人を操るような魔法の多くは闇に属しているんです、だから祝福を受けた、えっと、光の魔力を蓄えた水なら打ち消せます」
「対の属性だからか。……水である理由は」
「生き物には血液があって、草木も水分を含んでますよね、地面だって水を吸ってます。生き物にかかせない物なんですよ、水って。だから魔力を貯めやすくて、放出しやすいんです」

 理屈はさっぱりわからない、それはレイヴンも女将と同様だが、二人とも言われてみれば確かにと妙に納得していた。理解は出来ていない、しかし理屈は通っているような気がする。
 なので女将は必要不可欠であろう人物を呼びに行こうとした、まぁアイリスに止められたのだが……

「それじゃあ、あたしは神父様をお呼びしてくるよ」
「その必要はないです、女将さん」
「え? で、でも聖水を作るには神父様に祝福してもらわなくちゃあいけないんだろう」
「う~ん、残念ですけど、あの神父様に作れる聖水では、効果はあまり期待できないんです。魔法を扱えるのは女性だけ、ゆえに魔女と呼ばれるくらいですから。レイヴンのように魔力の扱いに長けた珍しいオ、……男性もいますけど、神父様には才能を感じません」

 ――こいつ、オスって言いかけたな。

 ちょっと冷ややかにアイリスを見ながらも、レイヴンは当然浮かんだ疑問を口にする。それならばどうやって、聖水をこしらえるのか。

「これが意外と簡単なんです、材料さえあれば」
「材料って、水しか用意してねえだろ」
「なにを言ってるんです、レイヴンの手にもあるじゃないですか。さぁ、くださいです」

 アイリスが差し出した掌に、彼は自室から持ってきた女神のお守りタリズマンを乗せてやる。だが、あれは所詮お守り、純銀製の飾りでしかないはずなのだが、あれを材料にするとはどういうことなのか。
 答えはぱちんと手を打ったアイリスが実演してくれる。

「さて、ここに必要な材料は揃いましたです。一つは、綺麗な水。あっ、ちなみにですけど、綺麗というのは飲めるかどうかじゃなくって、清らかかどうかです」
「見分け方は」
「えっ、見たら分からないです?」

 アイリスは意外そうだった。
 求められるのは魔力を見るための目のようで、ならばどうしようもないレイヴンは先を促す。彼には魔力を感じられないのである。

「…………OK、進めてくれ」
「……ですね、じゃあ次は二つ目の材料です!」

 堂々とアイリスはお守りを掲げた。
 きらりとロウソクの光が純銀に反射している。

「ハンターさんが持っていた物だね」
「魔力を感じられないお二人に説明しておくと、このお守り、かなりスゴいんです!」
「抽象的すぎるぞ、アイリス。分からねえのが分かってるならかみ砕いてくれよ」
「まぁまぁです、レイヴン。ちゃんと説明します」

 そうしてアイリスはお守りを丁寧に扱って、二人の前に見えやすく差し出した。
 彼女曰く表面の彫り文字、これがまた古い守護の魔術で、その上から女神の祝福を受けているのだとか。いわば強力な祝福が施された上質なお守りってことらしいが、普通の人間からしたら高価そうなペンダントだ。

 なんて値踏みするように眺めていたレイヴンは、その視線をアイリスに見咎められた。

「お金で買えない価値ですよ、これは。――とにかくです、綺麗な水と上質な祝福を受けたお守り、この二つが揃っていれば、聖水を作るのなんて酒場のお酒を全部呑むより簡単です!」
「勿体ぶらずにやっとくれよ、お嬢ちゃん」

 長引くほどに女将は気を揉むばかりだ、そりゃあ急かされて当然である。アイリスの鼻っ柱が伸びているのは、魔力を見れなくても分かる。

「そ、そうですね女将さん、ちょっと気持ちよくなってましたです。えっと、それじゃあ作ります、このお守りを――」

 一体どうするのか。レイヴンも女将も、注意深くアイリスの行動に目を向けていたが、次の瞬間である。彼女は手にしていたお守りを水桶の中に放り込んだ。



 ――ぽちゃん、と可愛い音がした。



 …………
 ……………………

「「それで?」」

 暫く水面を見つめた後レイヴンと女将の口をついた同じ言葉、あまりにもあっけなさ過ぎたのである。アイリスがしたことと言えば、『お守りを水に沈めた』ただこれだけだ。あれだけ大見得切ったのに、肩すかしもイイとこである。

 なのにアイリスときたら、むしろわたしの方が驚いてますけどって顔で二人を見返していた。

「えっ、えっ? おしまいかい?」
「はいです」

 混乱している女将に、首肯するアイリス。

「嘘だろ、お前。これで完成か?」
「そうですよ?」

 きょとん、とアイリス。

「お祈りの言葉とか、あるんじゃないのかい?」
「ないですよ?」

 当然、当たり前、アイリスはそんな顔だ。

「これでお守りにかけられた祝福が水にもうつりましたです、聖水の完成です」

 レイヴンの正直な感想は『えー』である。魔力を貯めやすい水に祝福がうつった、それはいいとしてもやはり、何というか肩すかしだ。あっさりしすぎている。
 その代わり――というべきかは怪しいのだが、次いだアイリスの行動は、聖水を作るという大それた行いよりも、よほどぶっ飛んでいた。

「ではではです、アシュリーの魔法を解きましょうです!」


 張り切るアイリスがその後どうしたかって? 見事にアシュリーを正気に戻して見せたさ、聖水の入った水桶を彼女にぶっかけることによって――


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