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怜悧(サトシ)

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鬱蒼と茂る森を抜けると馬が脚をとられる程の湿地帯が続いている。湿度があまりに高いのか、靄がかかっていて一寸先すら臨めず、昼前だというのに闇の中を走るのに等しい。

「馬が大分疲れてきているな。蹄を手入れしないとこの先がおもいやられるぞ」

歩くのと変わらない速度になってしまった馬の足取りに、辟易した様で彼はフードの奥から苛立ちを含んだ声を漏らした。
「っても、休むとこなんかねえし.....」
前を走らせていた男は振り返り、我慢がきかない相手に唇を尖らせて馬を停める。
「急いてる時はそんなもんかもしれねえけど、あ、ルイツ、あ、れは、灯りじゃねぇか」
靄の中にほんのりと橙色の影がゆらゆらと揺らめいては、消えそうに影に隠れる。
ほんのりと暖かなスープの匂いも僅かだが鼻を掠める。
露営などをしている旅団があるかもしれない。悪くて盗賊などのならず者の集団だろうが、そうであっても問題はないと彼は考えると、背中に背負った体躯に合わない大剣を引き抜く。
そしておもむろに馬の鼻先を灯りの方に向ける。
「ちょっと待てよ、ガイザック!こんなの罠かもしれねえだろ」
焦ったルイツは男を止めようと名前を呼ぶが、彼は止めて人の言う事を聞くようなタイプではない。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずよ!」

フードを外して美しいといえる顔を晒し、煌めくような金の髪をはらりと舞わせると、口元を引き上げ着いてこいとばかりに馬の腹を蹴り灯りに向かって突進した。
重い足取りの馬を少し走らせて、先を行く男の背中を負いながら揺らめく灯りの源まで辿り着くと、もやに薄暗い林の中に隠れるように高床式の民家が集っている。
水草が生い茂る沼地の中に土を盛った細い道が作られ、中に入れるようになっている。
「こんなところに、村があるとはな」
村と行ってもせいぜい十件程の建物しかないが、集落には十分といえる。
「日も当たらない場所だし、大した作物も採れないだろうし、どうやって暮らしてるのか」
嫌な予感しかせずに、ルイツは馬を降りて集落へと入って行こうとするガイザックの腕を思わず掴む。
「生物は住んでるし、まったく食いぶちがねえわけじゃないだろ。俺らもまったく金がないわけでもねえし、一晩の宿くらいはとらせてもらえるだろう」
楽天的な解釈をして、まだ昼だというのに薄暗い村の中にずかずかと入っていく。
ルイツはこのガイザックという男と数ヶ月間一緒に旅をしてきてはいるが、追われている身であるにもかかわらず無警戒すぎる行動が理解できずにいた。
大陸一の剣の使い手と呼ばれた英雄だった彼の自信からくるものなのか、単に雑なのか。多分後者なのだろうと、最近気づいてきた。
「村にしては静かすぎるし、ちょっと待ってって」
止める前に目の前の家の梯子を上がってドアをたたく。
「すいません、旅の者なんですが」
フードを被り直してガイザックは扉が開かれると、出てきた男に笑顔を見せて宿をとらせて欲しいと交渉し始めた。
「この界隈は湿地帯で年中靄でね、よく旅人が迷い込んでくるんだ。生憎、村の治安の掟で教会にしか旅人は泊められないんだけど、教会に連れていこうか」
こういうことはよくあるのだと、男は愛想よく言うと部屋からランタンを持ってガイザックと一緒に梯子を降りてくる。
「俺らもこんなところに、村があるなんて思わなかったから」
男に軽く頭をさげて、ルイツは大丈夫だっただろと言うガイザックに肩を降ろして、道の奥へと歩いていく。
「何も無い村だけどね。この靄と聖母像が山賊たちから守ってくれているんだ」
「聖母像?」
問い返したガイザックに、男は教会には災いから村を守る聖母像が祀られているのだと語った。

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