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身体が痛い。
全身バラバラにされてしまったような痛みだ。
頭の中のネジが全部外れてしまったかのように、思考も覚束無い。
重たい瞼をようやく開くと、真っ黒い知らない天井が広がっている。
ここは、どこだ。
身動ぎひとつできずに、オレは虚空を睨みつけた。

最期の記憶は、どこだっただろう。
新宿かどこかの繁華街。

「無理して動くな。やっと魂と身体を繋げたばかりだ」
上から見下すような、地の底を這うような声がして、オレはぎょろりと視線をそちらに向ける。
首を動かそうにも、びくともしないからだ。
視界に映るのは、黒い羽根でできたモサモサの服を纏い、頭には黒い2本の角を生やした顔色の悪い彫りの深い美青年が立っている。
こんな格好でなければ、ファッションショーのモデルにもなれそうな素材である。
しかし、ハロウィンは、1ヶ月前に終わったはずだ。
かなりの厨二病か、頭がイッてしまっているやつかと見受けられる。
服の素材は良さそうなので、口車に載せれば手持ちの薬を捌けるかもしれない。

「我に驚いたか。我が名はグラシーモ。新たなる下僕となる貴様には名乗っておこう。光栄に思うがいいぞ」
すっかり自分の世界に入り込んでいるグラシーモと名乗る男にオレは憐れみの視線を投げる。
まあ、幻想にしか生きられないやつはどこにだっている。
そういうやつを食い物にしているのがオレたちなんだけどな。
「あー。グラちゃん。身体が動かないんだけど、どうすりゃいい?」
眼球も唇も動くので、頭の方は問題はなさそうだ。
「ぐ、グラちゃん?!魔王に向かい不遜な人間だな。お前は昨晩路地裏で死んでいた。それを、我が拾ってゾンビ化させてやったのだ」
ふはははははと高笑いされて、ゾンビとか意味の分からないことを言い出す。

眼球を動かして自分の姿を見てみるが、ゾンビ映画にあるように肌も青かったり、緑だったりはしない。
ただ、本当に身体はビクともしない。

「路地裏で心臓をナイフで一突きされていた。それ以外は綺麗な死体だったのでな。我の下僕にちょうどいいと思ったのだ。顔も好みだったしな」

衝撃的な言葉に面食らうが、確かにオレは路地裏で縄張り荒らしをしてきたチンピラ相手に喧嘩をしていた。
その中の1人が刃物を出して、オレの胸元に飛び込んで、きた。
そうだ。

溢れ出す血液。
身体がショックで動かなくなる恐怖。
薄れていく視覚。

逃げ出すチンピラの足音だけ、硬直していく身体でも。ずっと聞こえていた。

ああ、そうだ。
オレは死んだのだ。
しかし、まあまあ、実際オレが死んでいたとしてだ。
コイツが魔王とやらだと言うのは、本当に理解の範疇を超えている。
いや、通常の人間として理解してはいけないのだと思う。
ドラッグ一発か二発はキマッている人間の発言だ。
「まだ、身体と魂がきちんと繋がらないようだな。仕方がない。お前は我の妻となるよう、眷属化させたから魂が拒否反応を起こしているのであろう」
オレが眼球と口しか動かせないことを見てとり、グラシーモは尤もだなと呟いて、オレの顔にその美形の顔を寄せる。
美形ではあるが、男には興味はない。
昔、ちょっとワルかった頃には暇つぶしに男をレイプしたことはあるが、迫られるのであれば女性がいい。
しかも、オレに対して妻とか気持ちの悪いことを吐かしやがる。
逃げたいと願うが、身体がピクリとも反応しない。
「安心せよ。我が力を分かちて、そなたの魂に力を与えてやろう」
いちいち口にする言葉が重々しくて、厨二病丸出しで恥ずかしい。
蔑むような視線を向けても、グラシーモはびくともせずに、オレの唇にその唇を重ねる。
断じて男とはキスなんかしたくないが、頭を背けることもできない。
唇を閉じようとするが、舌をぐいと捩じ込まれて、とろとろとした唾液を口の中に注がれる。

な、んだ。
甘い.......。

脳みそが蕩けるような蜂蜜似た甘い液体に、オレは注がれる唾液を喉を鳴らして飲み込む。
グラシーモは角度を変えて、何度もオレの舌を吸っては唾液を流し込んできた。
次第に神経の感覚がはっきりしてきて、背筋からズキズキとした重たい痛みも感じ始める。
ぷはっとグラシーモは唇を離すと、指先でオレの唇についた唾液を拭いとる。
「本来ならば、我が子種を吸わせるのが1番回復が早いのだが、吸い付く力が充分にないようなのでな」
感覚はあるが、重たくて指を動かすのも重労働である。

「我は眷属を増やすために、そなたを甦らせたのだ。この世で生きていたいと思うのであれば、我が眷属の苗床となれ」

グラシーモは囁くように告げたが、あまりの出来事に頭が追いつかないのと、蕩けるような甘い液体が身体の芯まで入り込んでいて、オレはまったく返事をすることが出来ずにいた。
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