秩序の楼閣

怜悧(サトシ)

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「おい、59番、何をするんだ。反省房に連行するぞ」
鹿狩は、ザナークの首元に手を当てて脈拍を確認すると、拘束しようと手を伸ばす看守を振り切り、
「そんな悠長な暇はない。医者を呼べ」
命じることに慣れた口調で声をあげるが、看守たちは首を横に振る。
「もう薬も効かないとサジを投げられた」
「っ!!ヤブか。.....メディカルルームに行くぞ」
鹿狩はストレッチャーの把手に手をかけると房の扉へと引いていく。
「勝手なことをするな!59番、処罰するぞ」
「構わない。そんなの後から好きなだけ処罰すればいい。コイツ、このままじゃ死んじまう」
いいからついて来いと告げて、鹿狩は開いたままの扉を出てストレッチャーを必死で引いて、1度訪れただけのメディカルルームへと向かう。
早く処置しないと。
頭の中にはもうそれしかなく、計画していたことが処罰されればすべておシャカになることなど、どうでもよくなっていた。
バンッとメディカルルームの扉を開くと、驚いた表情で医師が顔を向ける。
「59番、待て」
追いかけてきた看守たちが慌てて中に入ってくる。
「急いで生理食塩水、オピオイドと氷水を出してくれ。使われたのは、ヘロインだ」
「そんな薬はここには置いていないよ。だいたい、
いきなり君はなんだね」
「じゃあ、取り寄せろ。生理食塩水と点滴を用意しろ」
「59番わきまえろ。勝手なことをするな!」
取り押さえようとする看守に振り返ると、
「このままじゃ、ザナークは死ぬ。責任は誰がとる?薬を使ったゲストか?トカゲの尻尾切りで、お前が殺人犯になるのか、それともこの医者先生か」
担当の看守に詰め寄ると、ハッとしたように看守は表情を固める。
癒着が世間に露見しないように、きっとこのことは隠蔽される。
しかし、不審死となれば鑑識は動く。
「.....安心しろ、コイツが死んだら俺が殺人犯になってやる。だから、俺の言う通りにしろ」
静かに命じて、鹿狩は慣れた手つきでしん版を手にしてザナークの身体に貼り付けて心電をとりはじめる。
看護師が出してきた生理食塩水を受け取り、点滴のチューブを刺すと、ザナークの腕をとり静脈に突き刺す。
「素人の医療行為は犯罪だぞ」
医師はわなわなと震えながら鹿狩を睨みつける。

「.....もとより俺は犯罪者だ。今更何を言っている。まあ幸い免許はもっているから、犯罪では無いから、安心しろ、IDは56237JN6321、照会して構わない」


看護師にキビキビと的確な指示をくだし、テキパキと処理をする姿は、衣服さえきていれば手馴れた医師にも見える。看守たちは唖然としつつも、ザナークの様子が快方に向かっているようで安堵していた。
責任問題は確かにあった。薬を勝手に使ったと口上すれば、入手ルートを特定する必要があり、トカゲの尻尾切りではすまなくなる。
不審死は本庁から検察を呼ばなくてはならず、鑑識が必ず入る。彼の行いは看守たちにとっても助け舟だったのだ。
しかし、何故.....。
看守長は先程口にした鹿狩のIDを照会にかける。
【ID56237JN6321 従軍医 鹿狩統久 医療、薬事従事については全て許可 】
従軍医とは、野外での医療も全て許されたトップクラスの医者であり、軍直属での医療の経験者である。しかも従軍時は16歳という若さである。オメガがそんな経歴はおかしいし、何故この施設に来ているのかも謎である。
「処置は全て終わりだ。なんとか命は取り留めたが安静が必要だし、暫くは衰弱したままだから無理はさせないでくれ。さて、俺は処罰を受けようか」
額の汗を手の甲で拭い、鹿狩はやり切った表情を浮かべて看守の肩を叩く。
看守たちは、どうするのだという視線を看守長へと向けるが、看守長は分かったと頷く。
「懲罰房に連行しておけ」
「しかし.........」
「規則は規則だ。例外は秩序が乱れる」
ざわつく看守たちに、きっぱり告げると、鹿狩は口の端を引き上げて笑う。
「あ、ザナークにはちゃんと栄養剤を点滴してくれよ。ケチなことをしたら後悔するからな」



ザナークが目を覚ましたのは、それかは五日後の事だった。
「スベクが、懲罰房に....?!そんな......」
看守に全てを聞くと納得いかないようにザナークは声をあげた。
命を救われた、のか。
「遠野様のお気に入りだからそんなには酷いことはされていないだろうから安心しておけ。それより59番は、何者なのだ」
「俺には分からないけど、スラムにはいないタイプ。すごい世間知らずだよ」
酷いことをされてないと聞いて安心して、ザナークは口を開いた。他人の為に自分を犠牲にするなんて馬鹿なことをする輩は、スラムのオメガにはいない。
自分だけで精一杯なのだ。
「軍経験もあるようだ。学生で軍に徴兵されるのは特権階級の子息のみだ」
「特権階級.....。そういや、大学に行っていたと言ってたな」
ぼんやり聞いたことを思い出す。オメガを大学に入れるなんて中々余裕がある過程でないとできない。
「何故この施設にきたのだ」
看守とザナークは思わず同時に呟いた。
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