【完結】銀薔薇の追放姫と忘れられた騎士

シマセイ

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真実の裁き

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隣国で元侍女を見つけ出すのは、想像以上に困難だった。
しかし、カイの粘り強い追跡と、私の記憶に残る侍女の特徴を頼りに、私たちはついに彼女が働く酒場を突き止めた。

「お願いです、お許しください!」

侍女は、私たちの前にひれ伏して命乞いをした。

「私は、イザベラ様に逆らえなかったのです!」

彼女の告白は、私たちの想像通りだった。
イザベラに脅され、大金と引き換えに、アリアンナの部屋に偽の手紙を置き、衛兵に密告したこと。
全てを、涙ながらに語った。

「その全てを、国王陛下の前で証言してもらう」

カイの冷たい声に、侍女は絶望的な表情を浮かべた。

「そんなことをすれば、イザベラ様に殺されます!」

「証言すれば、俺たちが命は保証する」
「だが、拒めば……どうなるかわかっているな?」

侍女は、震えながら頷くしかなかった。
私たちは、最大の証人を手に入れたのだ。

王都への帰還は、秘密裏に行われた。
カイのかつての仲間で、今も彼を信じている数少ない騎士たちの手引きによって、私たちは誰にも気づかれずに王都へ潜入することに成功した。

そして、ついにその日がやってきた。
国王陛下が主催する、貴族たちを集めた夜会。
イザベラが、最も得意気にその権勢を誇示するであろう、その場所こそが、私たちの舞台だった。

夜会が始まり、音楽が高らかに鳴り響く中、カイに連れられた元侍女が、広間の中心へと進み出た。
突然の出来事に、会場は水を打ったように静まり返る。

「な、あなた……!なぜここに!」

イザベラが、顔面蒼白になって叫んだ。

「国王陛下に、申し上げたき儀がございます!」

侍女は、震えながらも、用意された言葉を叫んだ。

その時、広間のもう一つの扉が開き、私が入場した。
ぼろぼろの旅装束ではなく、クライネルト家の紋章が入った、簡素だが気品のあるドレスを身にまとって。
カイの仲間たちが、私のために用意してくれたものだ。

「……アリアンナ!」

レオナルドが、息を呑むのがわかった。
彼の青い瞳が、驚きと、後悔と、そして安堵が入り混じった複雑な色に揺れている。

会場が、どよめきに包まれる。
追放されたはずの罪人が、なぜここに。
誰もが、信じられないといった表情で私を見つめていた。

「静まれ!」

国王の一喝で、静寂が戻る。

「何事だ。説明せよ」

私は、国王の前に進み出て、深く頭を下げた。

「陛下。私は、嵌められたのです」
「そこにいる、イザベラ・フォン・ヴァレンシュタインによって!」

「何を馬鹿なことを!」

イザベラが金切り声をあげる。

「その女は罪人です!衛兵、何をしています!早くこの者を捕らえなさい!」

しかし、衛兵は動かない。
国王の許可なく、動くことはできないのだ。

元侍女が、全てを告白した。
イザベラに脅され、偽りの証拠を仕立て上げたこと。
大金を受け取り、口封じのために国を追われたこと。

「嘘よ!全部嘘!こいつは、私にクビにされたことを恨んで、嘘八百を並べているだけよ!」

イザベラは必死に否定する。
しかし、その顔からは、もはや血の気が失せていた。

そこへ、レオナルドが進み出た。
彼は、一通の書類を国王に差し出した。

「陛下。これは、アリアンナの部屋から見つかった手紙のインクを、専門家に鑑定させた結果です」
「このインクは、イザベラが愛用している特別な香料が混ぜられたものと、完全に一致いたしました」

「レオナルド様!あなたまで私を裏切るの!?」

イザベラが、絶叫する。
その叫びは、もはや貴婦人のものではなかった。

「裏切ったのは、君のほうだ」

レオナルドは、冷たく言い放った。

「君は、私を、シルヴァ家を、そしてこの国を裏切った」

追い詰められたイザベラは、ついにその本性を現した。
彼女は、テーブルの上に置かれていた果物ナイフを掴むと、私に向かって一直線に突進してきた。

「お前のせいよ!お前さえいなければ、私が全てを手に入れられたのに!」

その動きは、あまりにも速かった。
誰もが、反応できない。

しかし、私の前に、黒い影が立ちはだかった。
カイだった。
彼は、イザベラの腕を掴むと、いとも簡単にナイフを取り上げた。

「そこまでだ、イザベラ」

「離しなさい!この下賤な男が!」

イザベラは暴れ狂う。
その姿は、もはや狂気そのものだった。
彼女の美しいドレスは乱れ、髪は振り乱れ、化粧の崩れた顔は、まるで悪鬼のようだった。

「……衛兵、あの者を捕らえよ」

国王が、静かに命じた。
イザベラは、もはやこれまでと悟ったのか、その場に崩れ落ち、甲高い声で泣き叫んだ。
その哀れな姿に、同情する者は誰一人としていなかった。

全てが終わった。
私の無実は証明され、クライネルト家の名誉は回復された。
イザベラは、国を欺いた大罪人として、人里離れた修道院に幽閉されることが決まった。

夜会が終わった後、私はバルコニーで一人、夜風にあたっていた。
あの悪夢のような宴から、一年以上が過ぎていた。

「アリアンナ」

背後から、レオナルド様の声がした。
振り返ると、彼は深く、深く頭を下げた。

「すまなかった……」
「私は、君を信じることができなかった。君を、地の果てまで追いやってしまった」
「どんな罰でも受けよう」

彼の声は、心からの後悔に満ちていた。
私は、静かに首を横に振った。

「もう、いいのです、レオナルド様」
「あなたもまた、イザベラに騙された被害者なのですから」

「だが……!」

「私たちの婚約は、白紙に戻させてください」
「今の私には、あなた様の隣に立つ資格も、その気持ちもございません」

私たちは、もう元には戻れない。
失われた時間は、あまりにも長すぎた。

「……わかった」

レオナルド様は、辛そうにそう言うと、静かにその場を去っていった。
これで、本当に全てが終わったのだ。

「いいのか?」

いつの間にか、カイが隣に立っていた。

「公爵夫人になる道もあったんだぞ」

「そんなもの、いりません」

私は、きっぱりと答えた。

「私が欲しいのは、肩書きや富ではないわ」

「じゃあ、何が欲しいんだ」

私は、カイに向き直り、彼の胸にそっと顔をうずめた。

「あなたと、あの村に帰りたい」
「そして、今度は私たちの手で、あの土地を豊かな場所にしたいの」

カイは、驚いたように目を見開いた後、ふっと笑った。
それは、私が初めて見る、彼の心からの笑顔だった。

「物好きな女だ」

彼はそう言うと、私を強く抱きしめた。

「だが、悪くない」

彼の腕の中で、私は思った。
私は、全てを失った。
地位も、財産も、かつての婚約者も。
でも、それ以上に大切なものを、私は手に入れた。

それは、どんな困難にも負けない強い心。
かけがえのない仲間たち。
そして、この腕の中にある、温かい愛。

数日後、私たちは王都を後にした。
国王から与えられた領主の地位も、莫大な褒賞も、全て辞退して。
私たちが選んだのは、あの何もない、荒れ果てた辺境の地だった。

村に帰ると、村人たちが涙を流して私たちを迎えてくれた。
私たちの帰還を祝う宴が、何日も続いた。

私とカイは、村人たちと共に、土地を耕し、家を建て、新しい村を作っていった。
カイの復讐は、彼を陥れた貴族がイザベラの失脚と共に力を失い、自滅する形で果たされた。
彼は、もう過去の亡霊に囚われてはいなかった。

私は、銀薔薇の姫君と呼ばれた、か弱き令嬢ではない。
彼は、忘れられた騎士と呼ばれた、孤独な復讐者ではない。

私たちは、アリアとカイ。
この荒野で、新しい未来を築いていく。
隣で笑う彼の顔を見ながら、私は心からの幸福を感じていた。

これこそが、私の見つけた、本当の幸せなのだから。
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