【完結】翠玉の森

シマセイ

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第七話:潜入、魔の拠点と『主』の影

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書庫での調査は、行き詰まりを見せていた。

古文書には『闇の王』や『封印』といった言葉は散見されるものの、魔族の具体的な『計画』や、『主』の正体を示す決定的な記述は見つからない。

時間は刻一刻と過ぎていく。

森の境界では、依然として魔族の斥候が出没し、その数は少しずつ増えているという報告もあった。

「このままじゃ埒が明かない…」

フィンは、積み上げられた巻物を前に呟いた。

「待っているだけじゃ、奴らの計画は止められない。
僕たちから動かないと」

「動くって…どうするの?」

隣で古文書を調べていたリーナが、不安げに顔を上げた。

フィンは意を決して、自分の考えを打ち明けた。

「魔族から、直接情報を聞き出すんだ」

「直接!? まさか、捕虜にするってこと? それとも…」

「もっと確実な方法があるかもしれない。
奴らの拠点…あるいは、集まっている場所に潜入するんだ」

「潜入!?」

リーナは絶句した。

「そんなの、危険すぎるわ! 月の泉の時とは訳が違う! もし見つかったら…!」

「分かってる。
でも、他に方法があるか? 古文書には、もう答えは残っていないかもしれない。
それに、僕には少し心当たりがあるんだ。
以前、森の奥を探検していた時に見つけた、奇妙な洞窟が…」

フィンは、以前見つけた、不気味な気配が漂う洞窟のことを思い出した。

当時は気味悪がって深くは入らなかったが、最近の魔族の動きと結びつけて考えると、そこが奴らの潜伏場所になっている可能性がある。

リーナは激しく反対したが、フィンの決意は固かった。

彼は、エルロンド長老にもこの計画を打ち明けた。

長老は、フィンの無謀とも思える提案に、最初は厳しい表情を見せた。

「フィンよ、お前の勇気は認める。
だが、それはあまりにも危険すぎる賭けだ。
お前を失うわけにはいかん」

「しかし長老、このままでは状況は悪くなるばかりです。
何か手を打たなければ…それに、僕には森の抜け道や地形に関する知識があります。
ただ闇雲に突っ込むわけではありません」

フィンは必死に食い下がった。

エルロンド長老は、フィンの翠色の瞳の奥に宿る強い意志と、現状他に有効な手立てがないことを鑑み、長い沈黙の後、重々しく口を開いた。

「…分かった。
だが、決して一人では行くな。
斥候の中でも、特に森の地理に明るく、隠密行動に長けた者を数名、お前の護衛につけよう。
リーナ、お前も行くか?」

「はい、もちろんです。
フィンを一人にはさせません」

リーナも覚悟を決めた表情で答えた。

「ただし、目的はあくまで情報の収集だ。
決して深入りはするな。
少しでも危険を感じたら、すぐに引き返すのだぞ。
よいな?」

「はい!」

フィンとリーナは力強く頷いた。

数日後、フィン、リーナ、そして熟練の斥候エルフであるロナンとカイの四人は、夜陰に紛れて集落を出発した。

目指すは、フィンが目星をつけた森の奥深くにある洞窟だ。

道中は、以前月の泉へ向かった時よりも、さらに森の空気が重く、淀んでいるように感じられた。

魔族の活動が活発化している影響か、森の精霊たちが怯え、その力が弱まっているのかもしれない。

時折、遠くで魔族のものと思われる咆哮が聞こえ、緊張感が高まる。

斥候のロナンとカイは、さすがに経験豊富だった。

音もなく森を進み、的確に周囲の気配を探りながら、フィンたちを安全に導いていく。

目的の洞窟に近づくにつれて、硫黄のような異臭と、禍々しい気配が強くなってきた。

「間違いない…奴らの拠点だ」

フィンは確信した。

洞窟の入り口は、不自然なほど大きく、周囲の木々は黒く枯れていた。

入り口付近には、見張りの魔族が二体立っている。

以前フィンたちが遭遇した斥候タイプだ。

「どうする、フィン? 見張りがいるぞ」

ロナンが小声で尋ねる。

「見張りを倒すのは危険すぎる。
どこか別の入り口はないか…僕が以前来た時は、もう少し小さい、横穴のようなものがあったはずだ」

フィンは記憶を頼りに、洞窟の側面を迂回した。

彼の記憶通り、岩陰に隠れるようにして、小さな横穴が存在した。

大人一人がやっと通れるくらいの大きさだ。

「ここからなら、見つからずに入れるかもしれない」

四人は息を潜めて横穴から洞窟内部へと侵入した。

洞窟の中は、ひんやりと湿っており、異様な熱気と悪臭が混じり合っていた。

松明の代わりになる、微かな光を発する苔を頼りに、慎重に奥へと進む。

洞窟の内部は、自然の洞窟というよりは、人為的に拡張されたような痕跡があった。

壁には、魔族のものと思われる奇妙な紋様が刻まれている。

しばらく進むと、広い空間に出た。

そこには、十数体の魔族が集まっていた。

斥候タイプだけでなく、より大型で屈強そうなタイプや、門の番人のようにローブを纏った知性タイプらしき魔族もいる。

彼らは、中央にある奇妙な祭壇のようなものを囲み、何か儀式のようなものを行っているようだった。

祭壇の上には、黒く濁った水晶のようなものが置かれ、不気味な光を放っている。

「あれは…!?」

フィンたちは息をのんだ。

魔族たちは、祭壇の水晶に向かって、何かを報告するように言葉を発している。

言葉は魔族の言語のようで理解できなかったが、その声色からは、ある種の興奮と、上位の存在に対する畏敬の念のようなものが感じられた。

「録音石(ろくおんせき)を使うぞ」

斥候のカイが、エルフの秘術で作られた、音を記録できる小さな石を取り出した。

彼は、魔族たちの会話を記録しようと、石を慎重に掲げた。

その時、知性タイプの魔族の一人が、ふとこちらを向いた。

その鋭い視線は、フィンたちが隠れている岩陰を正確に捉えているように見えた。

「見つかった!」

リーナが叫ぶ。

魔族たちが一斉にこちらを向き、武器を構えた。

「撤退だ! 早く!」

ロナンが叫び、四人は来た道を引き返し始めた。

背後からは、怒号と共に魔族たちが追いかけてくる。

「録音石は!? 記録できたか!?」

フィンがカイに尋ねる。

「なんとか! 少しだが記録できたはずだ!」

カイは録音石をしっかりと握りしめている。

しかし、状況は絶望的だった。

洞窟の狭い通路では、多勢に無勢だ。

大型の魔族が通路を塞ぐように迫ってくる。

「くそっ!」

ロナンが短剣を抜き、応戦しようとするが、相手のパワーに圧倒される。

その瞬間、リーナが動いた。

彼女は、銀葉草を塗り込んだ矢を、迫りくる大型魔族の目に正確に撃ち込んだ。

「グギャアアア!」

魔族は激しく悶え、通路で巨体を横たえた。

それが一時的に他の魔族たちの足止めとなった。

「今のうちに!」

四人は横穴へと急いだ。

しかし、出口はすぐそこに見えているのに、背後から投げられた魔族の投げ槍が、カイの足を掠めた。

「ぐっ…!」

カイは痛みによろめき、倒れ込んだ。

「カイ!」

フィンは咄嗟にカイを助け起こそうとする。

「構うな! 先に行け! 録音石を!」

カイは録音石をフィンに託し、自身は短剣を構えて追ってくる魔族に向き直った。

「カイさん!」

「行け! フィン! これは命令だ!」

ロナンの悲痛な叫びが響く。

フィンは一瞬ためらったが、カイの覚悟と、託された録音石の重みを感じ、リーナとロナンと共に、横穴から転がり出るように脱出した。

背後からは、カイの奮闘する声と、魔族の獰猛な叫び声が聞こえていた。

三人は、涙を堪えながら、全速力で集落へと向かった。

犠牲は出た。

しかし、彼らは魔族の拠点と思われる場所を突き止め、そして、彼らの会話を記録した録音石を持ち帰ることに成功したのだ。

その石に記録された音声が、魔族の『主』の正体や、『計画』の核心に迫る手がかりとなるのか。

そして、カイの犠牲は報われるのか。

フィンは、託された石を強く握りしめ、夜の森を駆け抜けた。

彼の心には、悲しみと共に、魔族への怒りと、故郷を必ず守り抜くという、より一層強固な決意が燃え上がっていた。
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