1 / 26
第1話:裏切りの夜会
しおりを挟む
月の光が白く降り注ぐ、壮麗なヴァイスハルト侯爵家の庭園。
今宵は、年に一度の大規模な夜会が催されていた。
きらびやかなドレスを身にまとった貴族たちが、優雅な音楽に合わせて踊り、談笑している。
主人公、アリアンナ・フォン・ヴァイスハルトは、そんな喧騒の中心にいた。
銀色の髪を高く結い上げ、夜空の色を映したような紫色の瞳が、強い意志を宿して輝いている。
彼女の隣には、婚約者であるエドワード・フォン・ブラウンシュバイク公爵子息が、完璧なエスコートで寄り添っていた。
「アリアンナ、今夜の君は一段と美しいね。
まるで月の女神のようだ」
エドワードが甘い言葉を囁く。
金色の髪が照明に照らされてきらめき、青い瞳が優しげにアリアンナを見つめている。
その完璧なまでの美貌と立ち居振る舞いは、多くの令嬢たちの憧れの的だった。
「ありがとう、エドワード様。
あなたこそ、いつもながら素敵ですわ」
アリアンナは淑女の微笑みを返すが、その胸の内には微かな違和感が渦巻いていた。
ここ最近のエドワードは、どこかよそよそしい。
その視線は、アリアンナを通り越して、別の誰かを探しているように感じられることがあった。
「少し、休憩いたしましょうか」
踊りが一段落し、アリアンナがそう提案した時だった。
「アリアンナ様、エドワード様!」
明るい声と共に、一人の令嬢が近づいてきた。
艶やかな黒髪に、吸い込まれそうな緑色の瞳。
親友であるリリア・フォン・シュヴァルツローゼ男爵令嬢だった。
「リリア、あなたも楽しんでいるかしら?」
アリアンナが声をかけると、リリアは満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですわ、アリアンナ様!
こんなに素晴らしい夜会ですもの」
リリアの視線が、アリアンナの隣に立つエドワードへと注がれる。
その瞳に、一瞬、アリアンナが見逃すはずのない、熱っぽい光が宿ったように見えた。
気のせいだろうか。
リリアは、アリアンナの大切な親友のはずだ。
「エドワード様も、今宵は一段と輝いていらっしゃいますわね。
まるで物語の王子様のようです」
リリアの言葉に、エドワードは口元を緩めた。
「ありがとう、リリア嬢。
君のドレスも、とてもよく似合っている」
「まあ、お上手ですこと」
リリアは嬉しそうに頬を染める。
その様子は、傍から見れば微笑ましい友人同士の会話に過ぎない。
しかし、アリアンナの胸のざわめきは大きくなるばかりだった。
夜会も中盤に差し掛かり、アリアンナは少し人混みを離れて、バルコニーで夜風にあたっていた。
先ほどの違和感を振り払おうとしたが、どうしても胸騒ぎが収まらない。
「考えすぎよ、きっと…」
そう呟いた時、聞き慣れた声が耳に届いた。
エドワードの声だ。
そして、もう一人は…。
「…本当に、私を選んでくださるのですね、エドワード様?」
リリアの声だった。
甘く、媚を含んだような声色。
アリアンナは息をのんだ。
バルコニーの陰に隠れ、そっと声のする方へ近づく。
そこには、月明かりの下、寄り添い合うエドワードとリリアの姿があった。
「ああ、もちろんだとも、リリア。
アリアンナとの婚約など、ヴァイスハルト侯爵家との繋ぎのためでしかなかった。
私の心は、ずっと君のものだ」
エドワードが、リリアの肩を抱き寄せながら囁く。
その言葉は、アリアンナの心臓を鋭い刃で突き刺したかのようだった。
「でも、アリアンナ様は…。
あの方、とてもプライドが高い方ですわ。
もしこのことが知られたら…」
リリアが不安そうな声を出す。
しかし、その表情はどこか愉悦に歪んでいるようにアリアンナには見えた。
「心配いらない。
全て、うまくやるさ。
あいつには…そうだな、何か適当な理由をつけて、こちらから捨ててやればいい。
君こそが、ブラウンシュバイク公爵家の次期公爵妃にふさわしいのだから」
「エドワード様…!」
リリアが感極まったようにエドワードの胸に顔をうずめる。
アリアンナは、目の前で繰り広げられる光景を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
信じていた婚約者と、唯一無二だと思っていた親友の、残酷な裏切り。
怒りと絶望で、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
しかし、アリアンナは声を上げることも、その場に崩れ落ちることもなかった。
ただ静かに、その場を離れた。
背後で交わされる二人の甘い囁きが、耳について離れなかった。
翌日、事態はアリアンナの想像を遥かに超える速さで動いた。
朝食の席に、父であるヴァイスハルト侯爵の姿はなかった。
代わりに、重々しい雰囲気の執事がアリアンナに告げた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。
客間にてお待ちです」
嫌な予感が胸をよぎる。
客間へ向かうと、そこには厳しい表情の父と、なぜかエドワード、そしてリリアの姿があった。
リリアは俯き、か細く肩を震わせている。
まるで被害者のように。
「アリアンナ。
お前に聞きたいことがある」
父の低い声が響く。
「何でございましょうか、お父様」
アリアンナは努めて冷静に答えた。
「昨夜、王家より我が家に預けられていた『月の涙』と呼ばれる首飾りが盗まれた。
そして…それが、お前の部屋から発見されたのだ」
「なんですって…!?」
アリアンナは絶句した。
月の涙。
それは、隣国との友好の証として王家がヴァイスハルト家に管理を任せていた、国宝級の首飾りだ。
そんなものが、自分の部屋から?
あり得ない。
罠だ。
「私ではありません!
何かの間違いですわ!」
アリアンナは強く否定した。
しかし、父の視線は冷たいままだった。
「では、これは何なのだ?」
父がテーブルの上に置いたのは、紛れもなく『月の涙』だった。
そして、その隣には、アリアンナが大切にしていたハンカチが添えられている。
ご丁寧に、首飾りが包まれていたかのように。
「…っ!」
アリアンナは言葉を失った。
あまりにも用意周到な罠。
誰がこんなことを。
いや、誰かなんて、分かりきっている。
アリアンナの視線が、エドワードとリリアに突き刺さる。
エドワードは悲痛な表情で首を横に振り、リリアはさらに顔を伏せてしまった。
「アリアンナ様…どうして、あんなものを盗んだりしたのですか…?
お金に困っていたのなら、私に相談してくださればよかったのに…」
リリアがか細い声で言う。
その言葉に、アリアンナの怒りは頂点に達した。
「黙りなさい、リリア!
あなたが仕組んだのでしょう!」
「アリアンナ!
リリア嬢になんて口の利き方だ!」
父がアリアンナを叱責する。
エドワードが、悲しげな表情で口を開いた。
「アリアンナ…。
君がこのようなことをするなんて、信じたくなかった。
だが、証拠は揃っている。
我がブラウンシュバイク公爵家としても、これ以上君を庇うことはできない」
「エドワード様…あなたまで…!」
アリアンナは裏切り者たちを睨みつけた。
彼らの顔には、巧妙に隠された嘲笑の色が浮かんでいるように見えた。
「ヴァイスハルト侯爵。
このような事態になってしまい、非常に残念です。
王家への報告は、こちらからもさせていただきますが…アリアンナ嬢との婚約は、破棄させていただきたい」
エドワードが冷徹に告げる。
「…やむを得まい。
ブラウンシュバイク公爵には、こちらからも謝罪の使者を送ろう」
父は重々しく頷いた。
アリアンナの未来が、音を立てて崩れていく。
「アリアンナ・フォン・ヴァイスハルト。
お前は、ヴァイスハルト家の名を汚し、王家への反逆にも等しい罪を犯した。
本来ならば、騎士団に引き渡されるところだが…これまでの功績に免じ、家名からの追放、及び王都からの永久退去を命じる。
二度と、ヴァイスハルト家の敷居をまたぐことは許さん!」
父の言葉は、非情な宣告だった。
婚約破棄。
そして、家からの追放。
全てを失った。
「…分かりましたわ、お父様。
いいえ、ヴァイスハルト侯爵様」
アリアンナは、乾いた声で答えた。
涙は一滴も流れなかった。
ただ、心の奥底で、燃え盛るような怒りと、冷たい決意が形作られていくのを感じていた。
「エドワード様、リリア。
あなたたちのしたこと、決して忘れはしませんわ。
必ず、後悔させて差し上げます」
静かに、しかし強い意志を込めてアリアンナが告げると、二人は一瞬顔をこわばらせたが、すぐにエドワードは冷笑を浮かべた。
「負け犬の遠吠えだな。
追放される罪人に、何ができるというのだ?」
「見ていらっしゃい。
私は、こんなことでは決して屈したりしませんから」
アリアンナは、二人から視線を外し、父に向き直った。
「今まで、ありがとうございました。
お元気で」
それだけを告げると、アリアンナは毅然とした態度で客間を後にした。
自室に戻り、最低限の荷物をまとめる。
高価なドレスや宝石には目もくれず、動きやすい乗馬服と、数枚の着替え、そして父から護身用にと渡されていた短剣、そしてなけなしの金貨を革袋に詰めた。
窓の外は、まだ薄暗い。
誰にも見送られることなく、アリアンナはヴァイスハルト侯爵家を後にした。
馬小屋から愛馬の月影(つきかげ)を引き出し、静かに裏門を抜ける。
振り返ることなく、アリアンナは月影に鞭を入れた。
冷たい朝の風が、頬を打つ。
それは、新たな人生の始まりを告げる風だった。
「さて、と。
まずはどこへ向かいましょうか」
独り言ちながら、アリアンナの唇には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「あの二人を見返すには…そうね、もっとずっと上の地位の男を見つけて、彼らの目の前で幸せになってやるのが一番かしら。
王族…あるいは、それに匹敵する大貴族。
待っていなさい、エドワード、リリア。
このアリアンナ・フォン・ヴァイスハルトは、必ずや再起し、あなたたちに屈辱を味わわせてみせるわ!」
失ったものは大きい。
しかし、アリアンナの心は折れていなかった。
むしろ、逆境が彼女の魂に火をつけたのだ。
信じていた者に裏切られ、全てを奪われた令嬢の、華麗なる復讐劇が、今、幕を開けようとしていた。
目指すは、王都よりもさらに大きな都市。
情報と機会が集まる場所。
アリアンナの紫色の瞳は、遥か彼方を見据え、強い光を放っていた。
今宵は、年に一度の大規模な夜会が催されていた。
きらびやかなドレスを身にまとった貴族たちが、優雅な音楽に合わせて踊り、談笑している。
主人公、アリアンナ・フォン・ヴァイスハルトは、そんな喧騒の中心にいた。
銀色の髪を高く結い上げ、夜空の色を映したような紫色の瞳が、強い意志を宿して輝いている。
彼女の隣には、婚約者であるエドワード・フォン・ブラウンシュバイク公爵子息が、完璧なエスコートで寄り添っていた。
「アリアンナ、今夜の君は一段と美しいね。
まるで月の女神のようだ」
エドワードが甘い言葉を囁く。
金色の髪が照明に照らされてきらめき、青い瞳が優しげにアリアンナを見つめている。
その完璧なまでの美貌と立ち居振る舞いは、多くの令嬢たちの憧れの的だった。
「ありがとう、エドワード様。
あなたこそ、いつもながら素敵ですわ」
アリアンナは淑女の微笑みを返すが、その胸の内には微かな違和感が渦巻いていた。
ここ最近のエドワードは、どこかよそよそしい。
その視線は、アリアンナを通り越して、別の誰かを探しているように感じられることがあった。
「少し、休憩いたしましょうか」
踊りが一段落し、アリアンナがそう提案した時だった。
「アリアンナ様、エドワード様!」
明るい声と共に、一人の令嬢が近づいてきた。
艶やかな黒髪に、吸い込まれそうな緑色の瞳。
親友であるリリア・フォン・シュヴァルツローゼ男爵令嬢だった。
「リリア、あなたも楽しんでいるかしら?」
アリアンナが声をかけると、リリアは満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですわ、アリアンナ様!
こんなに素晴らしい夜会ですもの」
リリアの視線が、アリアンナの隣に立つエドワードへと注がれる。
その瞳に、一瞬、アリアンナが見逃すはずのない、熱っぽい光が宿ったように見えた。
気のせいだろうか。
リリアは、アリアンナの大切な親友のはずだ。
「エドワード様も、今宵は一段と輝いていらっしゃいますわね。
まるで物語の王子様のようです」
リリアの言葉に、エドワードは口元を緩めた。
「ありがとう、リリア嬢。
君のドレスも、とてもよく似合っている」
「まあ、お上手ですこと」
リリアは嬉しそうに頬を染める。
その様子は、傍から見れば微笑ましい友人同士の会話に過ぎない。
しかし、アリアンナの胸のざわめきは大きくなるばかりだった。
夜会も中盤に差し掛かり、アリアンナは少し人混みを離れて、バルコニーで夜風にあたっていた。
先ほどの違和感を振り払おうとしたが、どうしても胸騒ぎが収まらない。
「考えすぎよ、きっと…」
そう呟いた時、聞き慣れた声が耳に届いた。
エドワードの声だ。
そして、もう一人は…。
「…本当に、私を選んでくださるのですね、エドワード様?」
リリアの声だった。
甘く、媚を含んだような声色。
アリアンナは息をのんだ。
バルコニーの陰に隠れ、そっと声のする方へ近づく。
そこには、月明かりの下、寄り添い合うエドワードとリリアの姿があった。
「ああ、もちろんだとも、リリア。
アリアンナとの婚約など、ヴァイスハルト侯爵家との繋ぎのためでしかなかった。
私の心は、ずっと君のものだ」
エドワードが、リリアの肩を抱き寄せながら囁く。
その言葉は、アリアンナの心臓を鋭い刃で突き刺したかのようだった。
「でも、アリアンナ様は…。
あの方、とてもプライドが高い方ですわ。
もしこのことが知られたら…」
リリアが不安そうな声を出す。
しかし、その表情はどこか愉悦に歪んでいるようにアリアンナには見えた。
「心配いらない。
全て、うまくやるさ。
あいつには…そうだな、何か適当な理由をつけて、こちらから捨ててやればいい。
君こそが、ブラウンシュバイク公爵家の次期公爵妃にふさわしいのだから」
「エドワード様…!」
リリアが感極まったようにエドワードの胸に顔をうずめる。
アリアンナは、目の前で繰り広げられる光景を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
信じていた婚約者と、唯一無二だと思っていた親友の、残酷な裏切り。
怒りと絶望で、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
しかし、アリアンナは声を上げることも、その場に崩れ落ちることもなかった。
ただ静かに、その場を離れた。
背後で交わされる二人の甘い囁きが、耳について離れなかった。
翌日、事態はアリアンナの想像を遥かに超える速さで動いた。
朝食の席に、父であるヴァイスハルト侯爵の姿はなかった。
代わりに、重々しい雰囲気の執事がアリアンナに告げた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。
客間にてお待ちです」
嫌な予感が胸をよぎる。
客間へ向かうと、そこには厳しい表情の父と、なぜかエドワード、そしてリリアの姿があった。
リリアは俯き、か細く肩を震わせている。
まるで被害者のように。
「アリアンナ。
お前に聞きたいことがある」
父の低い声が響く。
「何でございましょうか、お父様」
アリアンナは努めて冷静に答えた。
「昨夜、王家より我が家に預けられていた『月の涙』と呼ばれる首飾りが盗まれた。
そして…それが、お前の部屋から発見されたのだ」
「なんですって…!?」
アリアンナは絶句した。
月の涙。
それは、隣国との友好の証として王家がヴァイスハルト家に管理を任せていた、国宝級の首飾りだ。
そんなものが、自分の部屋から?
あり得ない。
罠だ。
「私ではありません!
何かの間違いですわ!」
アリアンナは強く否定した。
しかし、父の視線は冷たいままだった。
「では、これは何なのだ?」
父がテーブルの上に置いたのは、紛れもなく『月の涙』だった。
そして、その隣には、アリアンナが大切にしていたハンカチが添えられている。
ご丁寧に、首飾りが包まれていたかのように。
「…っ!」
アリアンナは言葉を失った。
あまりにも用意周到な罠。
誰がこんなことを。
いや、誰かなんて、分かりきっている。
アリアンナの視線が、エドワードとリリアに突き刺さる。
エドワードは悲痛な表情で首を横に振り、リリアはさらに顔を伏せてしまった。
「アリアンナ様…どうして、あんなものを盗んだりしたのですか…?
お金に困っていたのなら、私に相談してくださればよかったのに…」
リリアがか細い声で言う。
その言葉に、アリアンナの怒りは頂点に達した。
「黙りなさい、リリア!
あなたが仕組んだのでしょう!」
「アリアンナ!
リリア嬢になんて口の利き方だ!」
父がアリアンナを叱責する。
エドワードが、悲しげな表情で口を開いた。
「アリアンナ…。
君がこのようなことをするなんて、信じたくなかった。
だが、証拠は揃っている。
我がブラウンシュバイク公爵家としても、これ以上君を庇うことはできない」
「エドワード様…あなたまで…!」
アリアンナは裏切り者たちを睨みつけた。
彼らの顔には、巧妙に隠された嘲笑の色が浮かんでいるように見えた。
「ヴァイスハルト侯爵。
このような事態になってしまい、非常に残念です。
王家への報告は、こちらからもさせていただきますが…アリアンナ嬢との婚約は、破棄させていただきたい」
エドワードが冷徹に告げる。
「…やむを得まい。
ブラウンシュバイク公爵には、こちらからも謝罪の使者を送ろう」
父は重々しく頷いた。
アリアンナの未来が、音を立てて崩れていく。
「アリアンナ・フォン・ヴァイスハルト。
お前は、ヴァイスハルト家の名を汚し、王家への反逆にも等しい罪を犯した。
本来ならば、騎士団に引き渡されるところだが…これまでの功績に免じ、家名からの追放、及び王都からの永久退去を命じる。
二度と、ヴァイスハルト家の敷居をまたぐことは許さん!」
父の言葉は、非情な宣告だった。
婚約破棄。
そして、家からの追放。
全てを失った。
「…分かりましたわ、お父様。
いいえ、ヴァイスハルト侯爵様」
アリアンナは、乾いた声で答えた。
涙は一滴も流れなかった。
ただ、心の奥底で、燃え盛るような怒りと、冷たい決意が形作られていくのを感じていた。
「エドワード様、リリア。
あなたたちのしたこと、決して忘れはしませんわ。
必ず、後悔させて差し上げます」
静かに、しかし強い意志を込めてアリアンナが告げると、二人は一瞬顔をこわばらせたが、すぐにエドワードは冷笑を浮かべた。
「負け犬の遠吠えだな。
追放される罪人に、何ができるというのだ?」
「見ていらっしゃい。
私は、こんなことでは決して屈したりしませんから」
アリアンナは、二人から視線を外し、父に向き直った。
「今まで、ありがとうございました。
お元気で」
それだけを告げると、アリアンナは毅然とした態度で客間を後にした。
自室に戻り、最低限の荷物をまとめる。
高価なドレスや宝石には目もくれず、動きやすい乗馬服と、数枚の着替え、そして父から護身用にと渡されていた短剣、そしてなけなしの金貨を革袋に詰めた。
窓の外は、まだ薄暗い。
誰にも見送られることなく、アリアンナはヴァイスハルト侯爵家を後にした。
馬小屋から愛馬の月影(つきかげ)を引き出し、静かに裏門を抜ける。
振り返ることなく、アリアンナは月影に鞭を入れた。
冷たい朝の風が、頬を打つ。
それは、新たな人生の始まりを告げる風だった。
「さて、と。
まずはどこへ向かいましょうか」
独り言ちながら、アリアンナの唇には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「あの二人を見返すには…そうね、もっとずっと上の地位の男を見つけて、彼らの目の前で幸せになってやるのが一番かしら。
王族…あるいは、それに匹敵する大貴族。
待っていなさい、エドワード、リリア。
このアリアンナ・フォン・ヴァイスハルトは、必ずや再起し、あなたたちに屈辱を味わわせてみせるわ!」
失ったものは大きい。
しかし、アリアンナの心は折れていなかった。
むしろ、逆境が彼女の魂に火をつけたのだ。
信じていた者に裏切られ、全てを奪われた令嬢の、華麗なる復讐劇が、今、幕を開けようとしていた。
目指すは、王都よりもさらに大きな都市。
情報と機会が集まる場所。
アリアンナの紫色の瞳は、遥か彼方を見据え、強い光を放っていた。
1
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる