【完結】腹ペコ貴族のスキルは「種」でした

シマセイ

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第29話『希望の菜園と新たな依頼』

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ゼノン・フォン・ヴァイスが学院を去ってから、数日が過ぎた。
あれだけ大きな騒ぎだったにも関わらず、学院には驚くほど早く、穏やかな日常が戻ってきていた。

もちろん、変化がなかったわけではない。
これまでゼノンの威光を笠に着ていた取り巻きたちは、すっかりおとなしくなり、アレンとすれ違うたびに、びくびくと道を譲るようになった。

そして、アレンを見る他の生徒たちの目も、変わった。
『種クズ』と嘲笑う者は、もうどこにもいない。
かわりに向けられるのは、「よく分からないけど、なんだかすごい奴」「学院長が、直々に目をかけているらしい」という、畏敬と遠巻きの好奇心が入り混じった視線だった。

だが、そんな周囲の変化に、アレン本人は全く気づいていなかった。
彼は、相変わらず授業中はうとうとと船を漕ぎ、頭の中は「今日のランチのスペシャルメニューはなんだろう」「秘密の庭に、そろそろ果物の木を植えたいな」といったことで、いっぱいでだった。
その隣で、リナリアが「アレン、起きて!」と小声で叱るのも、いつも通りの光景だ。

彼らの本当の日常は、放課後の『秘密の庭』にあった。
学院長によって正式に「特別菜園」と名付けられたその場所で、アレンの活動は「特別奉仕活動」として公に認められたのだ。

「アレン坊、こっちの土は、少し酸性に傾けておいた。ここに、甘酸っぱいベリー系の種を植えると、きっと見事なものが育つぞ」

「はーい、ゴードン先生!」

アレン、リナリア、ゴードンさんの三人は、今や最高のチームだった。
アレンが、人々の役に立ちたいという新たな思いで、次々と奇跡の種を生み出す。

「これは、飲むと頭がスッキリするハーブティーになる種です!」

「こっちは、傷口に貼ると、治りがとっても早くなる、大きな葉っぱの種!」

「そして、これを食べると、魔力の回復がぐんぐん早くなる、甘い甘い果物の種!」

リナリアは、それらの作物の効果を、自らの治癒魔法と組み合わせて、一つ一つ丁寧に検証し、その結果をノートに記録していく。
ゴードンさんは、長年の知識と経験を活かし、アレンのスキルを最大限に引き出すための土壌作りや、栽培方法を指導した。

アレンの作る作物は、学院長の指示で、秘密裏に学院の保健室へと届けられた。
そして、「特製の栄養食」として、怪我や病気に苦しむ生徒たちに提供され、驚くべき効果を発揮し始めていた。



そんなある日、学院長が、少し緊張した面持ちで、秘密の庭にいるアレンたちを訪ねてきた。

「リンク君。君に、初めての正式な『依頼』が舞い込んだ」

「いらい、ですか?」

学院長は、深く頷いた。

「依頼主は、この国を守る、王都騎士団だ」

その名前に、リナリアが息を呑む。
国家直属の、エリート集団。
学院の生徒たちの、憧れの的だ。

「騎士団には、過去の強力な魔物との戦いで、治癒魔法ではもはや完治しない『呪いの傷』に、長年苦しんでいる者たちがいる。その傷は、彼らの体を蝕み、英雄であった彼らから、騎士としての誇りすら奪おうとしている」

学院長は、アレンの目をまっすぐに見て言った。

「君の作る作物と、そして、あの『聖女の涙』から採れる聖なる雫。
それを使えば、あるいは、彼らのその深い苦しみを、和らげることができるやもしれん」

それは、アレンの力が、学院という小さな世界を越えて、初めて、国家レベルの問題へと関わることになる、大きな一歩だった。

アレンは、「呪いの傷」と聞いても、すぐにはピンとこなかった。

「すごく、痛いのかな……?
僕の作った美味しい焼きジャガを食べたら、治らないかな?」

「アレン、これは遊びじゃないのよ。
人の命に関わる、とても大事な話なの」

リナリアが、真剣な顔で諭す。
アレンは、自分が作った野菜で人が元気になることに、最近、大きな喜びを感じ始めていた。
今度は、もっと、ずっと深刻に苦しんでいる人を、助けられるかもしれない。
その事実は、彼の心に、新たな使命感を灯した。

「……やります」

アレンは、きっぱりと言った。

「その騎士さんのための、特別な種。
僕が、作ります」

その瞳には、もう迷いはなかった。
ただ「美味しいもの」を作るためだけでなく、「特定の誰かの、特定の苦しみを癒す」という、より高度で、明確な目的意識を持って、彼は自分のスキルと向き合うことを決意したのだ。

アレン、リナリア、ゴードンさんの三人は、「呪いの傷を癒す」という、これまでにないほどの難題に、チームとして挑むことになった。



その頃、王都にそびえる、ヴァイス公爵家の壮麗な屋敷の一室。
退学処分となったゼノンは、父であるヴァイス公爵の前に、膝をついていた。

彼は、事の一部始終を、もちろん、全て自分に都合が良くなるように書き換えて、父に報告した。

「――そのアレン・リンクという下級貴族の少年は、正体不明の力で私を陥れ、まんまと学院長に取り入ったのです。
私の退学は、全て、その少年の策略なのです!」

報告を聞き終えたヴァイス公爵は、その冷たい瞳で、静かに息子を見下ろした。

「……愚か者め。
結果として、お前が負けたことには変わりあるまい」

彼は、息子の不甲斐なさを叱責しつつも、その声の奥には、氷のような怒りが宿っていた。

「だが、面白い。
その、アレン・リンクという小僧。
そして、彼を庇う学院長……。
我がヴァイス家を、敵に回したことを、後悔させてやろう」

ゼノン個人の脅威は、学院からは去った。
だが、その背後にいた、国家をも動かす「公爵家」という、より巨大で、より危険な脅威が、今、静かに動き出そうとしていた。
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