【完結】腹ペコ貴族のスキルは「種」でした

シマセイ

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第65話『心の氷解と逃げた斥候』

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「わーい!
お菓子だー!」
「このジュース、おいしい!」

ロハン村の中央広場は、それまでの、よどんだ空気が嘘のように、子供たちの、久しぶりの明るい笑い声に包まれていた。
アレンの作り出した、ファンタジックで、とびきり美味しいお菓子とジュース。
それは、恐怖に縛られていた大人たちの心を、動かすには、十分すぎるほどの力を持っていた。

自分の子供が、心の底から、楽しそうに笑っている。
その、あまりにも当たり前で、しかし、あまりにも長い間、忘れてしまっていた光景。

「……あの子が、あんな顔で笑うの、いつぶりに見たかしら……」

一人の母親が、ぽつりと、そう呟いた。
彼女は、意を決したように、管理人たちの制止を振り切って、自分の子供の元へと、歩み寄った。

「ごめんよ……お母ちゃん、ずっと、忘れてたよ。
お前が、本当は、こんな顔で笑う、元気な子だったってことを……」

母親は、涙ながらに、自分の子供を抱きしめた。
アレンは、そんな母親に、温かいポトフの入った、木のお椀を、そっと差し出した。

彼女は、それを受け取ると、一口、口に含んだ。
その、あまりにも優しく、温かい味わいが、彼女の、恐怖と無気力で、凍てついていた心を、じんわりと、根元から溶かしていく。

「……おいしい……」

その母親の行動が、ダムの決壊の、始まりだった。
他の親たちも、堰を切ったように、次々と子供たちの輪に加わり、アレンたちの料理を、求め始めた。



「おい、貴様ら!
魔王様を、裏切るつもりか!」

村の管理人たちが、焦って、村人たちを威嚇する。
だが、その声は、もう、誰の心にも届かなかった。
それどころか、これまで管理人たちに、恐怖で抑圧されていた村人たちの不満が、一気に、噴き出した。

「うるせえ!
お前らだけ、いい思いをしやがって!」

「そうだ!
魔王様の恵みだなんて、偉そうなことを言って、俺たちから、大事なもんを、奪ってたのは、お前らの方じゃねえか!」

村人たちは、管理人たちを、あっという間に取り囲んだ。
恐怖による支配は、親が子を想う、当たり前の愛情と、抗うことのできない食欲、そして、理屈抜きの「楽しさ」の前に、あまりにも、あっけなく、崩れ去ったのだ。

やがて、捕らえられた管理人たちが、アレンの前に、引き据えられた。
村人たちは、「こいつらを、どうしてくれよう!」と、息巻いている。

しかし、アレンは、彼らを罰することはしなかった。
彼は、その管理人たちにすら、温かいポトフの入った、お椀を、差し出したのだ。

「あなたたちも、お腹、すいたでしょ。
まずは、これを食べて」

管理人たちは、戸惑い、そして、恐れながらも、そのポトフを、おそるおそる口にする。
その、あまりの美味しさと、体の芯まで染み渡る、温かさに、彼らの、ささくれ、歪んでしまっていた心も、ぽろぽろと、涙と共に、洗い流されていく。

「う……うめえ……。
なんでだ……。
なんで、俺たちにまで、こんな……」

アレンは、そんな彼らに、にこりと、優しく笑いかけた。

「だって、喧嘩しながら食べるより、みんなで、仲良く食べた方が、ご飯は、もっと、美味しくなるからね」

そして、彼は、この村の、本当の未来のために、新たな種を、その手に生成した。
それは、『怠惰の麦』が吸い尽くした、大地の呪いを浄化し、さらに、その土地を、以前よりも、もっと豊かにする、特別な土壌改良用の種。
『目覚めの土の種』だった。



村人たちが、自らの手で、村を再生させようと、再び、一つになった、その時。

村の外れの、森の中。
この、信じられない光景の、一部始終を監視していた、魔族の斥候が、その顔を、恐怖と、焦りで、青ざめさせていた。

「馬鹿な……。
恐怖による、完璧な支配すら、あの少年は、たった一日で、覆してみせたというのか……。
食と、楽しさで、人の心を、掌握する……?
あいつは、一体、何者なのだ……!」

斥候は、この、あまりにも危険な「光の英雄」の情報を、一刻も早く、本国へ報告せねばならないと、使い魔を放つ準備を始めた。

だが、斥候が、その術を発動させる、その瞬間。
彼の背後に、音もなく、グレイが、立っていた。

「――そうはさせん」

「なっ!?」

斥候は、驚愕し、即座に、離脱用の魔術を発動させた。
自らの腕を、トカゲの尻尾のように切り離し、それを囮にして、本体は、影に溶けるようにして、その場から消え去る、魔族の高等な離脱術。

グレイは、その素早い判断に、「ちっ……!」と、鋭く舌打ちする。
目の前には、切り離され、すぐに、黒い塵となって消えていく、斥候の腕だけが、残されていた。

「……逃げられたか。
いや、情報を、持ち帰られた、と見るべきか」

ロハン村は、救われた。
アレンの「本物の豊穣」は、再び、勝利を収めた。

しかし、その、あまりにも規格外で、あまりにも効果的なアレンの「戦術」は、敵である魔王軍に、より、詳細に、伝わってしまった。

魔王ゾルディアスは、この報告を受け、次に、一体、どんな、より巧妙で、より悪質な罠を、仕掛けてくるのか。
アレンたちの、大陸を巡る「炊き出しの旅」は、その難易度を、さらに、上げていくことになるのだった。
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