【完結】追放王女は辺境へ

シマセイ

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第一話:偽りの微笑みと裏切りの序章

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エルドラード王国の第一王女、フィリア・エルドラードは、その輝く金色の髪と、空の色を映したかのような青い瞳で、王都中の民から「暁光の姫君」と称えられていた。

今年で十九歳になるフィリアは、王族としての品格と聡明さを兼ね備え、乗馬や剣術にも長けた活発な性格の持ち主だった。

幼い頃から施された英才教育により、歴史、政治、魔法学に至るまで幅広い知識を有し、その見識の深さは時に大臣たちをも唸らせるほどだった。

彼女には、隣国の大国、アストリア王国の第一王子であるアルフレッドという婚約者がいた。

二人の婚約は、エルドラード王国とアストリア王国の長年にわたる友好関係をさらに強固なものにするための政略的な意味合いが強かったが、フィリア自身は、初めて顔を合わせたアルフレッド王子の優雅な物腰と知的な会話に、淡い期待を抱いていた。

しかし、婚約が調ってから数年、二人の関係はどこか表面的なものに留まっていた。

アルフレッド王子は、公の場ではフィリアをエスコートし、甘い言葉を囁くが、その瞳の奥には常に計算高い光が宿っており、フィリアは言いようのない違和感を覚えていた。

まるで、美しい装飾品でも愛でるかのような、感情の伴わない眼差し。

その違和感の正体は、やがてフィリアのすぐ傍で、最も残酷な形で明らかになるのだった。

フィリアには、三歳年下の妹、セレスティアがいた。

絹糸のように繊細な銀髪に、大きな紫色の瞳を持つセレスティアは、儚げで可憐な美貌の持ち主で、その病弱さを武器に、周囲の庇護欲を巧みに操る術に長けていた。

国王である父も、王妃である母も、このか弱い末娘を溺愛し、何でも言うことを聞いて甘やかしていた。

その一方で、活発で何でも自分でこなしてしまうフィリアに対しては、どこか突き放したような、あるいは「お前はしっかりしているから大丈夫だろう」という無関心に近い態度を取ることが多かった。

フィリアは、そんな両親の態度に寂しさを感じつつも、姉として、そして王国の第一王女としての責任感から、常に気丈に振る舞い続けていた。

しかし、そのセレスティアが、最近頻繁にアルフレッド王子に接近し、思わせぶりな態度を取っていることに、フィリアは気づいていた。

夜会では、アルフレッド王子の隣に巧みに入り込み、上目遣いで甘えた声を出す。

庭園で偶然を装って出会い、体調が悪いふりをして彼の腕に寄りかかる。

その度に、アルフレッド王子は、フィリアには決して見せないような、蕩けるように甘い表情でセレスティアを見つめていた。

(まさか……そんなはずはないわ……)

フィリアは胸に込み上げる不快な感情を打ち消そうとしたが、その疑念は日増しに大きくなっていく。

そして、運命の夜が訪れた。

その日は、エルドラード王国の建国記念を祝う、一年で最も盛大な夜会が王宮で開かれていた。

フィリアも、王家の威信を示すにふさわしい、豪奢な金の刺繍が施された青いドレスを身にまとい、婚約者であるアルフレッド王子の隣で、笑顔を振りまいていた。

しかし、その心は少しも晴れなかった。

夜会が中盤に差し掛かった頃、アルフレッド王子が「少し気分が悪いので、夜風に当たってくる」と言って席を立った。

フィリアが心配そうに見送ると、入れ替わるようにセレスティアが近寄り、「お姉様、アルフレッド様、少し顔色が優れないようでしたわ。わたくし、様子を見てまいります」と、健気な妹を演じながら、彼の後を追うようにテラスへと消えていった。

言いようのない胸騒ぎを覚えたフィリアは、しばらくして、自分も気分転換をすると侍女に告げ、そっとテラスへと向かった。

月明かりが照らすテラスの奥、薔薇のアーチに隠れるようにして、二つの人影が寄り添っていた。

それは、紛れもなくアルフレッド王子と、妹のセレスティアだった。

「……ああ、アルフレッド様……あなたの熱い唇……もっと……」

セレスティアの甘く蕩けるような声が、フィリアの耳に突き刺さる。

扉の隙間から見えた光景は、フィリアの思考を停止させた。

愛する婚約者だと信じていた男が、実の妹と肌を重ね、熱い口づけを交わしている。

セレスティアのドレスの肩紐はだらしなくずり落ち、白い肩があらわになっていた。

アルフレッドは、そのセレスティアの細い腰を力強く抱き寄せ、彼女の白い項(うなじ)に顔を埋めていた。

「セレスティア……ああ、セレスティア、愛している……フィリアにはもう何の感情もない。お前だけが、私の心を真に満たしてくれる。」

アルフレッドが囁く言葉は、鋭い氷の刃となってフィリアの心をズタズタに引き裂いた。

(何の感情も……ない……?では、これまでの日々は、全て偽りだったというの……?)

フィリアの美しい青い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。

もう、我慢の限界だった。

震える足で、二人の前に進み出る。

「……そこで、何を……なさっているのですか……っ!」

絞り出すような声で叫ぶと、睦み合っていた二人は、驚愕に目を見開いてフィリアを見た。

セレスティアは慌てて乱れた衣服を整え、アルフレッドの背中に隠れるように顔を伏せる。

しかし、アルフレッドの顔に浮かんだのは、後悔や罪悪感の色ではなく、むしろ忌々しいものを見るかのような、冷たい侮蔑の表情だった。

「……見てしまったのか。まあいい、ちょうどお前に話があると思っていたところだ。」

アルフレッドは少しも悪びれる様子なく、冷ややかに言い放った。

その声の冷たさに、フィリアの心は凍り付いた。

「話……ですって……?アルフレッド様、あなたは……セレスティアと……!」

「ああ、そうだ。セレスティアとは愛し合っている。お前のような、女だてらに剣術だの学問だのにうつつを抜かす、可愛げのない女にはもううんざりなんだよ。」

あまりの言葉に、フィリアは言葉を失った。

可愛げがない?

それは、あなたが以前、「聡明で自立した姫君こそ、我が妃にふさわしい」と褒めそやした姿ではなかったのか。

その時、アルフレッドの背後から、セレスティアが勝ち誇ったような笑みを浮かべて顔を覗かせた。

その紫色の瞳には、かつてフィリアに向けていた姉への甘えや尊敬の情など、もはや欠片も残ってはいなかった。

そこにあるのは、ただただ、フィリアを見下す冷たい優越感だけ。

「お姉様、お可哀想に。アルフレッド様は、もうずっと前から私のものだったのですよ?あなたは、ただの当て馬に過ぎなかったのですわ。お姉様がいなければ、私が正妃になれたものを。」

セレスティアの言葉が、最後の一撃となった。

信頼していたはずの肉親からの、残酷な裏切り。

フィリアの足元が、ガラガラと崩れ落ちていくような感覚に襲われた。

騒ぎを聞きつけてやってきた国王と王妃は、しかし、涙ながらに訴えるフィリアの言葉には耳を貸さず、むしろセレスティアの「お姉様に誤解されてしまったのです」という芝居がかった嘘を鵜呑みにした。

「フィリア!何という見苦しい言い掛かりだ!アルフレッド殿下とセレスティアに謝罪なさい!」

国王の怒声が飛ぶ。

王妃もまた、冷たい目でフィリアを見下ろし、「お前のような嫉妬深い娘に育てた覚えはありません。エルドラード王家の恥です」と言い放った。

(誰も……誰も私のことなど信じてくれないのね……)

フィリアは絶望した。

そして、その数日後。

フィリア・エルドラードには、あまりにも理不尽な王命が下された。

「第一王女フィリアは、婚約者であるアストリア王国アルフレッド王子に対し、不敬を働き、王家の体面を著しく汚した。よって、王女の身分を剥奪し、エルドラード王国から永久に追放するものとする。」

それは、事実上の死刑宣告にも等しかった。

王族としての全てを奪われ、わずかな手切れ金と着の身着のまま、フィリアはたった一人、国境の外へと放り出されたのだ。

降りしきる冷たい雨の中、フィリアは、かつて愛した故郷の城を振り返った。

(許さない……アルフレッドも……セレスティアも……そして、私を見捨てた父上と母上も……いつか必ず、この屈辱を晴らしてみせる……!)

絶望の淵で、しかしフィリアの青い瞳には、まだ消えない強い光が宿っていた。

持ち前の気丈さと、いつか必ず見返してやるという静かな怒りが、彼女をかろうじて支えていた。
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