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水滴
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ポタン………ポタン………
その音が聞こえ始めたのは、いつからだったか。俺(ダイチ)がこのアパートに越してきて、数週間が経った頃だったと思う。深夜、部屋が静まり返ると、どこからともなく聞こえてくる、水滴が落ちる音。
最初は、キッチンのシンクか、風呂場の蛇口の締め方が甘かったのかと思った。確認しに行ったが、蛇口は固く閉ざされ、水漏れの気配はない。壁の中の水道管か、あるいは上の階の住人の生活音か。そう考えて、無理やり眠りについた。
しかし、音は夜ごと続いた。
ポタン………ポタン………
決して速くも遅くもならない、神経を逆撫でするような、正確すぎるほどに単調なリズムで。
気になり出すと、もう駄目だった。眠りは浅くなり、日中も、ふとした瞬間にあの「ポタン」という音が耳について離れない。
大家さんに相談して、業者にも見てもらったが、水漏れの箇所はどこにも見つからなかった。上の階にも確認したが、心当たりはないという。
音は、まるで意思を持っているかのように、俺を翻弄した。
キッチンで耳を澄ませば、風呂場の方から聞こえる気がする。風呂場で聞けば、今度は寝室の壁の中から響いてくるようだ。壁に耳を押し当てても、音の中心が掴めない。ただ、この部屋のどこかで、何かが、確実に滴り落ちている。
時折、音と一緒に、微かに湿ったような、埃っぽいような匂いが漂ってくる気がした。だが、壁や床に染み一つ見当たらない。
耳栓をしても、音楽をかけても、その音は意識の底で鳴り続けている。
ポタン………ポタン………
俺は徐々に、精神的に追い詰められていった。
ある晩、もう限界だった。俺は半狂乱で音の出所を探し回っていた。四つん這いになり、床に耳を押し付ける。リビングの隅、壁際。ここが一番、音が大きく聞こえる気がした。
ポタン………ポタン………
神経を集中させる。音の響き、反響、その質感を捉えようと…。
その時だった。
音が、変わった。
ポタン、という乾いた音ではない。
もっと重く、粘り気のある液体が滴るような音。
ポチャ………。……ポチャ………。
そして、床に押し当てた耳のすぐそばで、はっきりと聞こえたのだ。
——— フゥッ………。
粘液が詰まったような、湿りきった、誰かの溜息を。
「うわああああああああ!」
俺は床から飛びのき、壁から距離を取った。息が荒くなる。心臓が激しく打ち鳴らされる。
耳を澄ます。
ポタン………ポタン………
音は、いつもの単調な水滴の音に戻っていた。溜息も、もう聞こえない。
だが、俺には分かってしまった。あの壁の向こう、あるいは床下で滴っているのは、ただの水ではない。
何が、あそこで溜息をついていた?
俺はその数日後、逃げるようにあのアパートを出た。
新しい部屋は静かだ。水滴の音はしない。
それでも、深夜、ふと目が覚めてしまうことがある。そして、静寂の中で、耳の奥にあの音が蘇るのだ。
ポタン………ポタン………
いや、違う。
ポチャ………ポチャ………
その音が聞こえ始めたのは、いつからだったか。俺(ダイチ)がこのアパートに越してきて、数週間が経った頃だったと思う。深夜、部屋が静まり返ると、どこからともなく聞こえてくる、水滴が落ちる音。
最初は、キッチンのシンクか、風呂場の蛇口の締め方が甘かったのかと思った。確認しに行ったが、蛇口は固く閉ざされ、水漏れの気配はない。壁の中の水道管か、あるいは上の階の住人の生活音か。そう考えて、無理やり眠りについた。
しかし、音は夜ごと続いた。
ポタン………ポタン………
決して速くも遅くもならない、神経を逆撫でするような、正確すぎるほどに単調なリズムで。
気になり出すと、もう駄目だった。眠りは浅くなり、日中も、ふとした瞬間にあの「ポタン」という音が耳について離れない。
大家さんに相談して、業者にも見てもらったが、水漏れの箇所はどこにも見つからなかった。上の階にも確認したが、心当たりはないという。
音は、まるで意思を持っているかのように、俺を翻弄した。
キッチンで耳を澄ませば、風呂場の方から聞こえる気がする。風呂場で聞けば、今度は寝室の壁の中から響いてくるようだ。壁に耳を押し当てても、音の中心が掴めない。ただ、この部屋のどこかで、何かが、確実に滴り落ちている。
時折、音と一緒に、微かに湿ったような、埃っぽいような匂いが漂ってくる気がした。だが、壁や床に染み一つ見当たらない。
耳栓をしても、音楽をかけても、その音は意識の底で鳴り続けている。
ポタン………ポタン………
俺は徐々に、精神的に追い詰められていった。
ある晩、もう限界だった。俺は半狂乱で音の出所を探し回っていた。四つん這いになり、床に耳を押し付ける。リビングの隅、壁際。ここが一番、音が大きく聞こえる気がした。
ポタン………ポタン………
神経を集中させる。音の響き、反響、その質感を捉えようと…。
その時だった。
音が、変わった。
ポタン、という乾いた音ではない。
もっと重く、粘り気のある液体が滴るような音。
ポチャ………。……ポチャ………。
そして、床に押し当てた耳のすぐそばで、はっきりと聞こえたのだ。
——— フゥッ………。
粘液が詰まったような、湿りきった、誰かの溜息を。
「うわああああああああ!」
俺は床から飛びのき、壁から距離を取った。息が荒くなる。心臓が激しく打ち鳴らされる。
耳を澄ます。
ポタン………ポタン………
音は、いつもの単調な水滴の音に戻っていた。溜息も、もう聞こえない。
だが、俺には分かってしまった。あの壁の向こう、あるいは床下で滴っているのは、ただの水ではない。
何が、あそこで溜息をついていた?
俺はその数日後、逃げるようにあのアパートを出た。
新しい部屋は静かだ。水滴の音はしない。
それでも、深夜、ふと目が覚めてしまうことがある。そして、静寂の中で、耳の奥にあの音が蘇るのだ。
ポタン………ポタン………
いや、違う。
ポチャ………ポチャ………
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