奈落の聖女

シマセイ

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第十五話:薬草の知識と、森の入り口

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冒険者ギルドへの道は、今の私にはまだ遠い。
でも、自分でできることから始めよう。
そう決めた私は、まず、薬草について知る必要がありました。
町の外で安全に採れて、少しでもお金になりそうな薬草。
そんな都合のいいものが、あるのでしょうか?

一番頼りになるのは、やはりアレンさんでした。
彼なら、このあたりの植物にも詳しいかもしれない。
私は、いつもの勉強の時間に、それとなく切り出してみました。

「アレン様、この辺りの森には、どんな植物が生えているんですか?
その……少し、興味があって」

私の突然の質問に、アレンさんは少しだけ驚いた顔をしましたが、特に詮索する様子もなく、穏やかに答えてくれました。

「ふむ、植物かね?
この石楠花(シャクナゲ)の町の周りは、比較的、薬効のある植物も多いと言われているよ。
もちろん、毒を持つものや、扱いが難しいものも少なくないがね」

彼は、そばにあった羊皮紙の束から一枚を取り出し、羽根ペンでさらさらと何かを描き始めました。
それは、いくつかの植物の、簡単なスケッチでした。

「例えば、これだ。『キズナ草』。
見ての通り、ギザギザした葉が特徴で、森の入り口の日当たりの良い場所に生えていることが多い。
この葉をすり潰して塗れば、軽い切り傷なら、血を止め、治りを早くする効果がある。
町の薬屋でも、安価だが買い取ってくれるはずだ」

次に、彼は丸い葉を持つ植物の絵を指しました。
「これは、『ノヤク草』。
強い匂いがあるが、乾燥させて燃やすと、虫除けになる。
特に、森に多い吸血虫には効果的だ。
これも、比較的見つけやすいだろう」

アレンさんは、さらに二、三種類、見分けやすく、危険の少ない薬草について、その特徴や生えている場所、簡単な効能を教えてくれました。
同時に、よく似た毒草についても、注意深く説明してくれました。

「だが、ミキ。
森に入るというのは、常に危険が伴う。
薬草と毒草を見分ける知識はもちろん、獣や、時には魔物、そして……人間にも注意が必要だ。
決して、油断してはならないよ」
彼の声には、いつもの穏やかさの中に、確かな警告の色が含まれていました。

「はい。
十分に気をつけます。
ありがとうございます、アレン様」
私は、深く頭を下げました。
彼が私の意図にどこまで気づいているのかはわかりません。
でも、こうして知識を与えてくれたことに、心から感謝しました。

翌日、私は、森へ行くためのチャンスをうかがっていました。
幸い、昼過ぎに、マーサさんが買い出しのために少し長めに宿屋を空ける時間がありました。
「ちょっと、裏のゴミを片付けてきます」
私は、他の使用人にそう言い残し、できるだけ自然を装って、宿屋を抜け出しました。

町の門を抜けると、空気が変わるのがわかりました。
町の喧騒が遠のき、代わりに、土と草の匂い、鳥の声、風の音が耳に入ってきます。
ほんの少しだけ、解放されたような気分になりました。
でも、すぐに、アレンさんの警告を思い出し、気を引き締めます。

(森の入り口、日当たりの良い場所……)

教わった通り、町のすぐそば、街道からあまり離れない範囲で、薬草を探し始めました。
足元に注意しながら、ゆっくりと歩きます。
色々な植物が生い茂っていて、どれも同じように見えてしまう。

(これ……いや、違うな。
こっちは……葉の形が少し……)

アレンさんの描いてくれたスケッチを頭の中で思い浮かべながら、一つ一つ、植物を確かめていきます。
焦りは禁物だと思いながらも、時間は限られています。
早く見つけないと、マーサさんに戻る前に宿屋に帰れなくなってしまう。

しばらく歩き回り、半ば諦めかけた時。
道の脇、少し開けた場所に、見覚えのあるギザギザの葉を持つ草が群生しているのを見つけました。

(あった!
キズナ草だ!)

思わず、小さな声が出ました。
しゃがみ込んで、アレンさんの説明通りか、葉の形や色を確かめます。
間違いない。
私は、持っていた粗末な布袋に、傷つけないように、丁寧にキズナ草を摘み始めました。
夢中で摘んでいると、近くの茂みで、ガサガサッ!
と大きな音がしました。

「!?」

驚いて顔を上げると、大きな猪(いのしし)のような獣が、土を掘り返していたのが見えました。
幸い、獣はこちらに気づいていないようです。
でも、もし気づかれたら……。
私は、息を殺し、ゆっくりと後ずさりしました。
心臓が、またドキドキと音を立てています。
森は、町のすぐそばでも、やはり危険な場所なのだと、改めて実感しました。

(ノヤク草も探したかったけど……今日は、もう戻ろう)

布袋には、まだ少ししかキズナ草が入っていません。
でも、欲張って危険な目に遭うわけにはいきません。
私は、猪に気づかれないように、静かにその場を離れ、足早に町へと引き返しました。

宿屋には、マーサさんが戻る直前に、なんとか滑り込むことができました。
誰にも、気づかれなかったようです。
ほっと胸をなでおろし、私は自分の部屋である物置部屋へ急ぎました。
布袋の中の、わずかなキズナ草。
これが、私の最初の収穫です。

(これを、どうやって売ろう……)

達成感と同時に、次の問題が頭をもたげます。
薬屋に持っていけばいいのだろうけど、私のような身なりの娘が、突然薬草を売りに来たら、怪しまれるかもしれません。
それに、サイラスの目もあります。
下手に目立つ行動は、避けたい。

部屋の隅、古い麻袋の影に、薬草の入った布袋を隠します。
量は少ないけれど、これは、私にとって、ただの草ではありません。
自分の力で、危険を冒して手に入れた、自立への第一歩。
そう思うと、疲れ切った体にも、また力が湧いてくるような気がしました。

これからどうするか、まだ決まっていません。
でも、今日、私は確かに、自分の足で一歩を踏み出したのです。
奈落の底から見上げる空は、まだ遠い。
それでも、ほんの少しだけ、光が近づいたような、そんな気がしました。
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