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第二十話:初めての依頼と、厳しい現実
しおりを挟む冒険者登録証。
安っぽい木の板だけれど、それは確かに、私の新しい身分証明でした。
これを手に入れたことで、ほんの少しだけ、未来に光が差したような気がしました。
でも、アレンさんから借りた銀貨二枚の重みが、ずっしりと肩にのしかかります。
そして、サイラスの影も……。
感傷に浸っている暇はありません。
すぐにでも行動を起こし、お金を稼ぎ、力をつけなければ。
宿屋に戻ると、幸い、私の不在は気づかれていないようでした。
あるいは、マーサさんは気づいていても、何も言わないだけなのかもしれません。
どちらにしても、私はいつも以上に真面目に仕事に取り組みました。
下手に目をつけられて、ここを追い出されるわけにはいきませんから。
問題は、どうやって冒険者としての仕事をするか、です。
宿屋の仕事は、朝から晩まで休みなく続きます。
ギルドへ行って依頼を受け、それをこなす時間を、どうやって捻出するのか。
(……夜しかない、かな)
アレンさんとの勉強時間を、少し削るしかないかもしれません。
あるいは、睡眠時間を……。
どちらも辛いけれど、他に方法が思いつきません。
その日の夜、私はアレンさんに正直に話しました。
ギルドに登録したこと、そして、これから依頼を受けて、少しずつお金を稼いでいきたいこと。
アレンさんは、驚いた様子もなく、静かに私の話を聞いてくれました。
「……そうか。
ついに、決意したのだな」
彼は、私の登録証を手に取り、感慨深げに眺めていました。
「良いだろう。
君の決意を、私は尊重する。
勉強の時間は、君の都合に合わせて調整しよう。
ただし……」
アレンさんは、言葉を続けます。
「決して、無茶はしないことだ。
君は、まだ、ひよっこ以下の冒険者なのだからな。
焦りは禁物だ。
いいね?」
「はい……!」
彼の理解と、心配が、心に沁みました。
翌日、私は、早朝の仕事が一段落した、ほんのわずかな時間を見つけて、ギルドへ走りました。
掲示板には、昨日と同じ依頼が貼られています。
私は、迷わず、一番簡単そうに見えた依頼を選びました。
『薬草採取依頼:キズナ草を5株。
町の南の森にて。
報酬:銅貨15枚』
これなら、私にもできるはず。
この前、場所も確認したし、危険な獣にも注意すれば、なんとかなるかもしれない。
私は、依頼書をカウンターに持っていき、例の女性職員さんに提出しました。
「……ふん。
木っ端ランクが、初めての依頼かい。
まあ、薬草採りなら、死ぬこともないだろうけどね。
せいぜい、迷子にならないように気をつけるんだな」
相変わらず、口は悪いけれど、彼女は依頼書を受け付け、控えを私に渡してくれました。
これを持って、依頼を達成したら、またここに戻ってくればいいのです。
その日の午後、私は、マーサさんに「少し気分が悪いので、休憩を……」と嘘をつき、なんとか一時間ほどの時間を作りました。
もちろん、怪訝な顔をされましたが、最近の私の働きぶりを少しは認めてくれているのか、「すぐに戻ってくるんだよ」とだけ言って、許してくれました。
私は、急いで宿屋を抜け出し、町の南の森へと向かいました。
前回、猪に遭遇した場所を避け、アレンさんに教わったキズナ草が生えやすい、日当たりの良い斜面を探します。
今回は、冒険者としての、初めての「仕事」です。
失敗はできません。
緊張しながらも、注意深く、周囲を警戒しながら進みます。
(あった!)
比較的すぐ、キズナ草の群生を見つけることができました。
私は、アレンさんの教えと、この前の経験を活かして、効率よく、そして丁寧に、キズナ草を摘み取っていきます。
時折、物音がすると、すぐに身を伏せて様子をうかがう。
幸い、ゴブリンや、危険な獣に出くわすことはありませんでした。
それでも、森の中は、常に、ピリピリとした緊張感が漂っています。
目標の5株を、なんとか集め終えた時、額には汗がびっしょりとかいていました。
急いで町へ引き返し、ギルドへ直行します。
カウンターへ、摘んだばかりのキズナ草と、依頼書の控えを提出しました。
職員さんは、手慣れた様子でキズナ草の状態を確認し、数を数えます。
そして、無言で頷くと、カウンターの引き出しから、銅貨を取り出しました。
チャリン、と軽い音を立てて、私の手のひらに乗せられたのは、15枚の銅貨。
これが……私の、最初の報酬……!
たった15枚。
でも、この前の3枚とは、重みが違います。
ギルドの依頼を達成して、正式に得たお金。
胸が、少しだけ熱くなりました。
しかし、その喜びも束の間。
私は、すぐに現実を思い知らされます。
アレンさんに借りたのは、銀貨二枚。
銅貨にすれば、二百枚です。
今日の報酬は、その、ほんの一部にしかならない。
それに、この依頼をこなすために、私は嘘をつき、危険を冒し、そして、くたくたに疲れている。
まともな装備を買うには、あと、どれくらい、こんな依頼を繰り返さなければならないんだろう……。
道のりは、想像以上に、遠く、険しいようです。
私は、銅貨をしっかりと握りしめ、ギルドを後にしました。
小さな一歩であることは間違いありません。
でも、ゴールは、まだまだ見えない。
宿屋へ戻る途中、ふと、嫌な視線を感じて、足を止めました。
通りの向こう、建物の影に、見覚えのある人影が立っている気がします。
サイラス……?
はっきりとは見えませんでしたが、私の心臓は、また、嫌な音を立て始めました。
彼は、私の行動を、まだ監視しているのかもしれない。
ギルドに登録し、最初の依頼をこなしたことで、私は、ほんの少しだけ、前に進むことができました。
でも、それは同時に、新たな危険を引き寄せているのかもしれない。
ゆっくりしている時間はない。
もっと、力を。
もっと、早く。
焦りが、再び、私の心を支配し始めていました。
私は、握りしめた銅貨の感触を確かめながら、宿屋へと急ぐ足を、さらに速めたのでした。
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