奈落の聖女

シマセイ

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第六十九話:星見の塔、古の囁きと守護者の影

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朽ちかけた、重い石の扉。

それを押し開けると、ひんやりとした、埃(ほこり)と、カビの匂いが、私の鼻をついた。

銀流都市(ぎんりゅうとし)の丘の上に立つ、「星見の塔」。

そこは、噂に違わぬ、不気味な静寂に包まれた、廃墟だった。

内部は、円形の、広い空間になっている。

高い天井には、かつては、美しい装飾が施されていたのだろうか、今は、もう、その面影もない。

壁には、いくつかの、アーチ型の窓が開いているが、そのほとんどが割れ、そこから差し込む、わずかな月明かりだけが、ぼんやりと、床を照らしていた。

中央には、螺旋(らせん)階段が、塔の上階へと続いている。

(……本当に、ここに、何かあるのだろうか……)

私は、用心深く、一歩、塔の中へと足を踏み入れた。

床に散らばった、瓦礫(がれき)や、鳥の羽根を踏まないように、慎重に。

アレンさんの本で見た、古代の文字や、魔法陣のようなものが、どこかに残されていないだろうか。

あるいは、あの老人が言っていた、「星の道」に関する、手がかりが……。

私は、壁際を伝いながら、周囲を観察し始めた。

壁には、やはり、何か、文字や、模様のようなものが刻まれていた跡がある。

でも、そのほとんどが、風化し、あるいは、故意に削り取られたかのように、判読することはできない。

ただ、時折、私の胸の奥の『聖なる力』が、壁の、特定の部分に近づくと、微かに、共鳴するように、温かくなるのを感じた。

ここには、確かに、何か、古の力が、まだ、残っているのかもしれない。

螺旋階段を、ゆっくりと登っていく。

一段、一段、軋(きし)む音が、静寂の中に響き渡り、私の緊張感を、さらに高めた。

二階、三階と登るにつれて、窓から見える、銀流都市の夜景が、だんだんと、小さくなっていく。

そして、塔の最上階らしき、円形の部屋へと辿り着いた。

そこは、他の階よりも、ずっと、広かった。

そして、何よりも、印象的だったのは、その天井だ。

ドーム状の天井には、かつては、ガラスか、水晶のようなものが嵌(は)め込まれていたのだろう。

今は、そのほとんどが失われ、大きな穴が空いてしまっている。

でも、その穴から、満天の星空が、まるで、手を伸ばせば届きそうなほど、近くに、そして、美しく輝いて見えた。

(……星見の塔……。
本当に、星を見るための場所だったんだ……)

部屋の中央には、大きな、石造りの台座のようなものがある。

その上には、かつて、巨大な望遠鏡か、何か、星を観測するための、特別な装置が置かれていたのかもしれない。

今は、もう、何も残ってはいないけれど。

私は、その台座に、そっと手を触れてみた。

ひんやりとした、石の感触。

そして……。

(……この感覚……)

あの、三つ又の山の岩屋で感じた、古い記憶の残響。

そして、翠(みどり)の隠れ里の、あのメンヒルに触れた時の、温かいエネルギーの流れ。

それらと、どこか、似たような、不思議な感覚が、この台座からも、伝わってくる。

私の『聖なる力』が、この場所と、強く、共鳴しているのがわかった。

ここは、間違いなく、特別な場所だ。

私が、その感覚に、意識を集中させようとした、その時だった。

「……誰だ?」

低い、しかし、鋭い声が、部屋の隅の暗がりから、響いてきた。

「!?」

私は、咄嗟に、身構え、短剣を抜き放った。

暗がりから、ゆっくりと、一つの人影が、月明かりの下へと、姿を現す。

それは、痩身(そうしん)で、背の高い、フードを目深にかぶった、謎の人物だった。

その顔は、フードの影になって、よく見えない。

ただ、その手には、一本の、奇妙な形をした杖が握られているのが、わかった。

「……こんな夜更けに、この廃墟に、何の用だ、小娘」

その声は、男のもののようだが、どこか、くぐもっていて、年齢も、判然としない。

「……あなたは、誰ですか?」

私は、警戒しながら、問い返した。

「……わしは、この塔の、番人のようなものだ」

番人……?

こんな、廃墟に?

「……ここは、もう、何十年も、誰も訪れることのない場所のはず。
お前のような、若い娘が、何の目的で、ここへ来た?」

彼の言葉には、あからさまな、疑念と、警戒の色が込められている。

私は、どう答えるべきか、迷った。

本当のことを、話すべきか……。

「……星に、興味があって……。
古い塔だと聞いて、少し、見てみたかっただけです」

我ながら、苦しい言い訳だと思った。

フードの人物は、フン、と鼻を鳴らした。

「……星、だと?
この、忘れられた塔で、か?
……面白いことを言う」

彼は、ゆっくりと、私に、一歩、近づいてきた。

その動きには、無駄がなく、明らかに、手練(てだれ)の雰囲気がある。

「……お前の体からは、奇妙な力を感じる。
それは、星の光とも、月の影とも違う……。
もっと、古く、そして、清浄な……。
……お前、一体、何者だ?」

彼の言葉に、私の心臓が、大きく跳ねた。

この男は、私の『聖なる力』の気配を、感じ取っている……?

まずい……!

ここは、逃げるべきだ!

私が、後ずさりしようとした、その瞬間。

フードの人物が、杖を、床に、トン、と突き立てた。

すると、部屋の床に、淡い、青白い光で、複雑な魔法陣のようなものが、浮かび上がった!

そして、その魔法陣から、数体の、影でできたような、狼の姿をした、守護者のようなものが、飛び出してきたのだ!

「……試させてもらおうか。
お前の、その『力』とやらを。
そして、お前が、この塔に、足を踏み入れるだけの資格があるのかどうかをな!」

影の狼たちが、唸り声を上げ、私に向かって、一斉に、襲いかかってきた!

絶体絶命の、危機。

でも、もう、怯んではいられない。

私は、短剣を構え直し、胸の奥の『聖なる力』を、一気に、高めた!

「……望むところです!」

星空の下、忘れられた塔の最上階で、新たな戦いが、始まろうとしていた。
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