奈落の聖女

シマセイ

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第七十一話:塔守の素顔、星の巫女の伝説

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星見の塔、最上階。

影狼を退けた私の前で、フードの人物は、ゆっくりと、その顔を覆っていた布を取り払った。

月明かりの下に現れたのは、意外にも、まだ若い、美しい女性の顔だった。

年の頃は、二十代半ばだろうか。

銀色の、長く編まれた髪。

そして、その瞳は……。

アレンさんの本で見た、古い星図に描かれた、遠い星の色……深い、紫水晶(アメジスト)のような色をしていた。

彼女の顔立ちは、どこか、人間離れした、精緻(せいち)な美しさをたたえている。

「……あなたが、この塔の、番人……?」

私は、まだ、警戒を解かずに、問いかけた。

彼女は、私の言葉に、静かに頷いた。

「いかにも。
わらわは、レイラ。
この『星詠(ほしよ)みの塔』を、代々、守り続けてきた一族の、末裔(まつえい)じゃ」

レイラ、と名乗った彼女の声は、見た目の若さとは裏腹に、どこか、古風で、落ち着いた響きを持っていた。

「……なぜ、私を襲ったのですか?
影狼まで使って……」

「襲ったのではない。
試したのじゃ」

レイラは、静かに答えた。

「この塔は、ただの廃墟ではない。
古(いにしえ)より、星の力を集め、世界の理(ことわり)を読み解くための、聖なる場所。
そして、その力は、時として、悪しき者たちを呼び寄せる。
故に、わらわは、この塔を訪れる者の資格を、見極める役目を負っておる」

資格……。

「……あなたの言う、『星の巫女』とは、何なのですか?」

さっき、彼女が、狼狽(ろうばい)しながら口にした言葉。

その言葉が、妙に、私の心に引っかかっていた。

レイラは、私の質問に、少しだけ、目を伏せた。

そして、何か、遠い昔を懐かしむような、そんな表情を浮かべた。

「……星の巫女。
それは、はるか昔、この星が、まだ、若かった頃……。
星々の声を聞き、その力を借りて、人々を導き、邪悪なるものから、世界を守護したと言われる、特別な存在たちのことじゃ」

彼女の言葉は、あの、三つ又の山の岩屋で見た、古代の線刻の記憶と、重なり合う。

「彼女たちは、純粋なる『聖なる力』を操り、その輝きは、闇を払い、希望を灯したと、伝えられておる。
じゃが……時と共に、その力は、失われ、血筋もまた、途絶えたと……そう、思われておった」

レイラは、再び、私を、その深い紫色の瞳で、じっと見つめた。

「……おぬしの、あの光。
あの、影狼を消し去った、清浄なる力。
それは、まさしく、星の巫女が用いたと言われる、『星光(せいこう)の聖力』そのものじゃった」

星光の聖力……。

私の、この力に、そんな名前が……?

「……信じられません。
私は、ただ……」

「おぬしが、どう思おうと、事実は事実じゃ」

レイラは、きっぱりと言った。

「おぬしは、間違いなく、その力を、受け継いでおる。
それが、どのような経緯(いきさつ)であったとしてもな」

私は、言葉を失った。

追放され、出来損ないと罵(ののし)られた、この力が。

まさか、そんな、大それたものだったなんて……。

「……では、あなたは、私を、どうするつもりですか?」

もし、私が、本当に、そんな特別な存在だとしたら。

彼女は、私を、捕らえたり、あるいは、どこかへ、引き渡したりするのだろうか?

レイラの表情は、読めない。

彼女は、しばらく、黙って、私を見つめていたが、やがて、ふっと、息をついた。

「……今のわらわに、おぬしを、どうこうする力も、権利もない。
ただ……一つだけ、伝えねばならぬことがある」

彼女は、真剣な表情になった。

「おぬしが、その力を、本格的に目覚めさせたのなら……。
いずれ、気づく者たちが、現れるだろう。
その力を、利用しようとする者。
その力を、恐れ、封じようとする者。
……そして、あるいは、その力を、守ろうとする者も、おるかもしれんがの」

サイラス……。

彼の顔が、脳裏をよぎる。

彼は、まさに、私の力を「利用しようとする者」なのだろう。

「この塔には、古の星の巫女たちが残した、いくつかの知識が、まだ、眠っておる。
星の運行、力の扱い方、そして……『星の道』に関する、わずかな手がかりもな」

星の道……!

あの、老人が言っていた、異世界へと繋がるという、伝説の道。

「……教えて、くれるのですか?」

私の声が、震える。

レイラは、静かに頷いた。

「おぬしが、それを望むのなら。
そして、おぬしが、その知識を、正しく使うと、わらわに誓えるのなら」

正しく使う……。

今の私に、そんな資格があるのだろうか?

復讐を誓い、憎しみを抱える、私が……。

「……わかりません」

私は、正直に答えた。

「私には、果たさなければならない、復讐があります。
そのために、力が必要です。
その力が、星の巫女の力だとしても……私は、それを使います」

私の、迷いのない言葉に、レイラは、驚いたように、しかし、すぐに、何かを納得したように、小さく微笑んだ。

「……そうか。
それもまた、一つの道じゃろう。
力は、力。
それ自体に、善悪はない。
使う者の、心が、それを、聖なるものにも、邪悪なものにも変える」

彼女は、そう言うと、塔の中央にある、あの、石造りの台座へと、私を促した。

「……ここへ。
そして、目を閉じ、心を、無にするのじゃ。
おぬしの内なる光と、この塔に眠る、星々の記憶が、共鳴すれば……。
何かを、見ることができるやもしれぬ」

私は、言われるままに、台座の前に立ち、そっと、目を閉じた。

胸の奥の『聖なる力』に、意識を集中させる。

すると、レイラの声が、まるで、子守唄のように、優しく、私の心に、響いてきた。

「……古の星々よ……久遠(くおん)の光よ……。
今、ここに、目覚めし魂あり……。
道を示し、力を与えたまえ……」

その言葉と共に、私は、意識が、遠のいていくのを、感じた。

体は、ここにいるのに、魂だけが、どこか、別の場所へ……。

星々の海へと、誘(いざな)われていくような、不思議な感覚。

そして……。
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