【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

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第39話 大地の試練

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アッシュが創造した、あまりにも豪快な「橋」を渡り、一行は、ついに、活火山『五竜山』の山頂カルデラへと、たどり着いた。
そこは、『竜の腹』と呼ばれていた。

しかし、その場所は、地獄のような光景を想像していた三人の予想を、良い意味で裏切るものだった。
目の前に広がっていたのは、意外なほどに、穏やかで、神秘的な風景。あちこちの地面の裂け目からは、絶えず、清浄な蒸気が立ち上り、地面には、色とりどりの鉱石が、自然のアートのように、きらきらと輝いている。

そして、そのカルデラの中心には、巨大な、湯気を立てる温泉があった。
山頂に、こんこんと湧き続ける、奇跡のような、天然の露天風呂だ。

「おお……!あれこそが、五竜山の心臓、『大地の湯釜』!お師匠さま、あの湯の中心に、何か、黒く、光るものが!」
ボーリスが、興奮したように、指をさす。

アッシュの『おやつコンパス』の針もまた、その湯釜の中心を、ぐるぐると、狂ったように指し示していた。

「間違いない!一番おいしい卵の匂いは、あのおっきいお風呂の、真ん中からする!」

一行は、その巨大な温泉のほとりへと、足を進める。
湯気の向こう、温泉の、まさに中心で、それは、静かに浮かんでいた。
巨大で、完璧なまでに磨き上げられた、漆黒の宝石。そこから放たれる、深く、穏やかな、茶色の光は、間違いなく、彼らが求める、第二の礎石、『大地の礎石』の輝きだった。

しかし、その周囲は、陽炎のような、強力な熱の結界で守られている。
彼らが、さらに近づこうとした、その時。
大地そのものが、鳴動するかのような、低く、重い声が、一行の頭の中に、直接、響き渡った。

『我は、礎石の守護者。万物を支える、礎にして、重力なり』
『我が石に触れる資格を望むなら、その、揺るぎなき意志の強さを示せ。我が与える、大地の重圧に、ただ、耐えてみせよ』

それは、なぞなぞでも、戦いでもなかった。
ただ、ひたすらに、耐え抜くことを要求する、あまりにも、原始的で、過酷な試練だった。
守護者の言葉が終わると同時に、一行の体に、凄まじい、魔力的な「重圧」が、のしかかってきた。

「くっ……!」

リリアナは、防御魔法を展開する間もなく、その場に、片膝をついてしまう。
アレクシスは、騎士の意地で、歯を食いしばって耐えているが、その足は、小刻みに震えていた。
剛力を誇るボーリスでさえ、「ぬ、おおお……!これぞ、山の、真の重みか……!」と、その場に踏みとどまるだけで、精一杯だった。

しかし、アッシュは。
ただ一人、平然と、その場に立っていた。

「あれ?なんだろう。急に、空気が、重たくなった?なんだか、分厚くて、あったかい毛布に、くるまってるみたいで、気持ちいいなあ」

彼の、勇者の血を引く肉体と、その内に宿る、規格外の生命エネルギーにとって、この「大地の重圧」は、敵意ある攻撃とは、認識されなかった。
それは、ただ、懐かしい、母なる大地からの、心地よい抱擁に過ぎなかったのだ。

仲間たちが、意識を保つだけで必死な中、アッシュは、呑気に、温泉の中心を眺めていた。
そして、ぷかぷかと浮かぶ、『大地の礎石』のすぐそばで、いくつかの、黒くて、丸いものが、お湯の中で、ことことと、茹でられているのを、見つけた。
じいちゃんが、絵葉書で、絶賛していた、『温泉卵』だ。

その瞬間、彼の頭の中から、使命も、試練も、全てが、消え去った。

「あっ!たまご!」

彼は、仲間たちの苦悶など、全く意に介さず、その、あまりにも強い、食欲という名の「揺るぎなき意志」に導かれ、平然と、一歩を、踏み出した。
彼を押しつぶそうとしていたはずの、超重力の中を、まるで、そよ風の中を散歩でもするように、彼は、温泉へと、ざぶざぶと、入っていく。
彼にとっては、ちょうどいい湯加減の、ただの、お風呂だった。

「ちょっと、すみませんよ、石さん。卵、取りますからね」

彼は、温泉の中心にたどり着くと、ぷかぷかと浮かぶ『大地の礎石』を、邪魔、とばかりに、手で、そっと、横に押しのけた。
そして、その下で、完璧な半熟に茹で上がっていた、温泉卵を、一つ、手に取った。

守護者は、沈黙した。
英雄の魂を試す、究極の我慢比べ。それが、目の前の少年には、「心地よい毛布」として、認識された。
そして、あろうことか、その試練の真っ最中に、聖なる礎石を、卵を取るために、脇にどけられた。
守護者の、数千年の歴史の中で、初めての、屈辱であり、そして、完全な敗北だった。

その瞬間、全ての重圧が、嘘のように、消え去った。

『……重圧にも、栄光にも、心を動かされず。ただ、一つの、卵のために、その意志を貫く者よ……』
守護者の、どこか、呆れ果てたような、そして、感嘆したような声が、響き渡る。

『……まこと、揺るぎなし。礎石は、汝にこそ、ふさわしい』

熱の結界が、すうっと、消える。
アッシュは、殻を剥いた、熱々の温泉卵を、一口、頬張った。
彼の目が、これまでで、一番、大きく、きらきらと、輝いた。

「おいしーっ!!」

彼は、満足すると、ようやく、礎石の方を、向き直った。

「あ、そうだ。君とも、仲良くしないとね。よしよし、いい子だ」
彼は、そう言うと、『風の礎石』にしたのと同じように、その、黒く、滑らかな宝石を、ぽん、と、優しく叩いた。

次の瞬間、カルデラ全体が、力強い、茶色の光に包まれた。
三人の脳裏に、再び、あのビジョンが浮かぶ。
闇に眠る『厄災』。その体を縛る、光の鎖。そして、今、大地を司る、二本目の鎖が、以前より、遥かに、力強い輝きを放ち始めた。

礎石から、小さな、茶色い光のかけらが、アッシュの手の中へと、舞い降りる。それは、丸い石の形をした、お守りへと変わった。

アッシュは、その、新しいお守りを、興味深そうに眺めていた。

「今度のお土産は、石かあ。これは、しょっぱい味がするのかな?」

彼は、そう言うと、何の気なしに、それを、ぺろり、と舐めようとした。

「だから、食べ物じゃないって、言ってるでしょーっ!」

リリアナの、もはや、恒例となった、悲鳴に似たツッコミが、穏やかになった、五竜山の山頂に、こだました。
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