【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

文字の大きさ
42 / 65

第42話 女王の涙

しおりを挟む
『湖の幸祭り』の当日。
水の都セレニアの中央広場は、祭りの熱気と、大勢の人々で、埋め尽くされていた。
広場に設けられた、ひときわ豪華な舞台の上には、アストリア王国からの賓客、アッシュ・リンクスのための、特別な調理場が用意されていた。

玉座に座る女王コーラリアは、相変わらず、どこか物憂げな表情で、その様子を眺めている。アクアティア王国が誇る、最高の料理人たちも、審査員として、厳しい目で見守っていた。

「それでは、本日の主役、アストリア王国が誇る『神腕の焼き魚名人』、アッシュ・リンクス殿の、調理実演を、始めます!」

アナウンスと共に、アッシュの前に、本日の食材が運び込まれた。
湖の至宝と謳われる、伝説の魚『蒼き真鯉(アズール・カープ)』。その身は、極上の美味であると同時に、完璧な火加減でなければ、その味を、完全に損なってしまうという、料理人泣かせの食材だ。

リリアナとアレクシスの胃が、きりりと痛む。
王国の、そして、世界の運命が、今、この一匹の魚に、託されようとしていた。

しかし、当のアッシュは、そんなプレッシャーなど、どこ吹く風。
彼は、目の前の、美しく輝く魚を見て、目を輝かせた。

「わあ!すごく、きれいなお魚!絶対、おいしいに違いない!」

彼は、調理法も、火加減も、何も気にしない。
ただ、その『蒼き真鯉』を、無造作に、焼き網の上に乗せる。
そして、鼻歌を歌いながら、時折、空を飛ぶカモメに気を取られ、思い出したかのように、一度だけ、魚を裏返した。

その、あまりにも、素人じみた、食材への敬意が感じられない調理法に、周りで見守っていた、アクアティアの料理人たちは、顔をしかめた。
「なんと、無礼な……!あの、至宝の真鯉を、台無しにする気か!」
「火加減が、めちゃくちゃだ……!」

やがて、アッシュは、魚を、網から降ろした。
出来上がったのは、ところどころ、少し焦げ付いた、お世辞にも、女王に献上できるような、見栄えの料理とは、言えなかった。
会場が、失望のため息に、包まれる。

しかし、アッシュは、慌てない。
彼は、懐から、おもむろに、例の「秘密兵器」を取り出した。
じいちゃん特製の、木製の塩瓶。

「じいちゃんが言ってた。一番大事なのは、ここからだって!」

彼は、その塩瓶の蓋を開けると、焼き上がった魚に、ぱっぱ、と、景気よく、その「魔法の塩」を、振りかけた。

その瞬間、奇跡が起きた。
ごく普通の焼き魚だったはずの一皿から、ふわり、と、金色のオーラが立ち上ったのだ。
そして、広場全体に、それまで、誰も嗅いだことのないような、あまりにも、あまりにも、芳醇で、神々しい香りが、広がっていく。
その香りを嗅いだだけで、広場にいた全ての人間が、ごくり、と、喉を鳴らした。

(もちろん、その塩が、太陽石の粉末と、世界樹の樹皮、そして、不死鳥の涙を、絶妙にブレンドした、伝説級の調味料であることなど、誰も知らない)

一皿は、女王コーラリアの元へと、運ばれた。
彼女は、その、見た目は、何の変哲もない焼き魚を、訝しげに見ていたが、その、抗いがたい香りに、食欲をそそられ、おずおずと、一口、その身を、口に運んだ。

次の瞬間。
何年も、感情を失っていたはずの、女王の瞳が、大きく、大きく、見開かれた。
口の中に、広がる、味の奔流。それは、もはや、「美味しい」という言葉では、表現できない、「体験」だった。
魚が生まれた、清らかな湖のせせらぎ、その身を温めた、優しい太陽の光、そして、生命そのものの、力強い喜び。
彼女は、その一皿の中に、世界の、全ての輝きを見た。

女王の、美しい頬を、一筋の、水晶のような、涙が、伝い落ちた。
それは、彼女が、数十年ぶりに流した、本物の、歓喜の涙だった。

「……神の、味……」

震える声で、そう呟くと、彼女は、我を忘れたように、その魚を、夢中で、食べ進めた。

一皿を、綺麗に平らげた女王は、玉座から、すっくと立ち上がると、アッシュに向かって、惜しみない、拍手を送った。
その、あまりにも、劇的な変化に、広場全体が、割れんばかりの、大歓声に包まれた。

「アッシュ殿……!」
憂いの色が、完全に消え去り、晴れやかな笑顔を取り戻した女王は、アッシュの手を取った。

「あなたは、ただ、食事を作ってくれたのでは、ありません。この、私の、乾ききった心に、生きる喜びを、思い出させてくれました。この御恩は、決して、忘れません。何なりと、望みを、おっしゃってください。この、コーラリアが、必ず、叶えてみせましょう」

リリアナは、「今だ」と、一歩前に進み出た。

「女王陛下。その、あまりにも、寛大なるお申し出、感謝に堪えません。我々が、望むものは、ただ、一つ。この国の、聖地と伺っております、湖の底に眠るという、『沈没の神殿』を、一目、拝観させていただく、栄誉を、賜りたく……」

「ええ、ええ、もちろんですとも!」
女王は、快活に笑い、即座に、それを許可した。

「『人魚の涙』が、祀られている、あの神殿ですわね!さあ、私の、近衛兵に、直々に、案内させましょう!」

こうして、三国の王族すら、近づくことを許されなかった、閉ざされた王国の、最も神聖な場所への道が、開かれた。
武力でもなく、外交でもなく、ただ、一人の少年が、善意で焼いた、一匹の魚によって。

アッシュは、女王に、その魚のレシピを、熱心に聞かれていたが、「えーっと、魚を、焼いて、塩を、ぱっぱ、と……?」と、全く、役に立たない答えを、繰り返していた。
世界の運命をかけた、彼の旅は、今日も、本人のあずかり知らぬところで、順調に、進んでいく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...