【完結】勇者の孫は、自分が最強だとまだ知らない

シマセイ

文字の大きさ
43 / 65

第43話 沈黙の神殿

しおりを挟む
湖の幸祭りの翌日。
アッシュたち三人は、昨日の喧騒が嘘のような、静かで、厳かな雰囲気に包まれてた。
昨日の物憂げな様子から一変し、快活な笑顔を取り戻した女王コーラリアの、直々の案内で、彼らは、湖上王国の聖地へと、向かっていた。

目的地である『沈没の神殿』は、その名の通り、ただ、水中にあるだけではなかった。
大カルデラ湖の、最も深い湖底に存在する、巨大な鍾乳洞。その内部に、古代の魔法によって、空気の満たされた空間が、奇跡のように、維持されているのだ。
三人は、女王の所有する、魔法の潜水艇『クリスタル・ノーチラス号』に乗り、神秘的な光に満ちた、湖の底へと、下っていく。

やがて、潜水艇は、鍾乳洞の奥に広がる、巨大な空間にたどり着いた。
そこは、息をのむほど、美しい場所だった。
珊瑚や、真珠母貝で造られた、優美な神殿。自ら光を放つ、不思議な植物たち。そして、その中心に、静かに、しかし、力強く輝く、青い宝石の光。
空気は、地上よりも、遥かに、清浄で、澄み渡っていた。

「我々が、立ち入れるのは、ここまでです」
案内役の近衛兵が、神殿の入り口で、恭しく頭を下げた。
「この先は、礎石に、選ばれし者のみが、許される領域……」

三人は、ゴクリと唾をのみ、神殿の奥へと、足を踏み入れた。

神殿の中央。
穏やかな、泉のように澄んだ、池の中心に、それは、浮かんでいた。
巨大な、涙の雫の形をした、青く、美しく、そして、どこか、物悲しい輝きを放つ、宝石。
第三の礎石、『人魚の涙』。

彼らが、それに近づいた、その時。
流れる水のように、優しく、そして、穏やかな声が、三人の心に、直接、響き渡った。

『わたくしは、守護者。深き水の記憶、そして、慰めの涙。わが石に触れる資格を望むなら、その心を示しなさい。強さでも、賢さでも、意志の力でもなく……。ただ、悲しみを理解し、真の共感から流される、一筋の涙を』

それは、これまでで、最も、抽象的で、難解な試練だった。
どうすれば、「悲しみを理解する心」を、証明できるというのか。

リリアナは、物語に出てくる、悲劇のヒロインを思い浮かべた。
アレクシスは、アッシュに敗北した、自らの屈辱を、思い返した。
しかし、礎石を守る結界は、びくともしない。それらは、同情や、悔しさではあっても、「真の共感」ではなかったのだ。

万策尽きた。
二人が、途方に暮れていた、その時。
ずっと、黙って話を聞いていた、アッシュが、ぽつりと、呟いた。

「真の、共感の、なみだ……?」

彼は、難しい言葉の意味は、よくわからなかった。
ただ、悲しい気持ちになって、泣けばいいのかな、と、そう、思った。
彼は、自分にとって、一番、悲しいことを、想像してみることにした。

彼は、昨日のことを、思い出した。
あれほど、退屈そうに、悲しそうな顔をしていた、女王様のこと。
そして、自分の焼いた魚を食べて、一筋、涙を流した時の、あの、本当に、嬉しそうな顔のこと。

そして、彼は、想像した。
もしも、この世界から、美味しいものが、一つ残らず、消えてしまったら?
もしも、誰も、お腹いっぱい、おやつを食べることの、幸せを、感じられなくなってしまったら?

その、あまりにも、壮大で、あまりにも、個人的な悲劇を想像した、アッシュの瞳から、ぽろり、と、大粒の、水晶のような涙が、一筋、こぼれ落ちた。
その涙は、神殿の、静かな泉の水面に、ぽちゃん、と、小さな波紋を描いた。

リリアナが、そっと、尋ねる。
「アッシュ君……?何を、考えて、泣いているの……?」

アッシュは、まだ、目に涙を浮かべたまま、震える声で、答えた。

「だって……もしもだよ……もしも、この世界から、おやつが、全部、なくなっちゃったらって、考えたら……悲しくて……」

それは、彼にできる、最大限の、そして、最も、純粋な「共感」だった。
王の悲しみでも、恋人の死でもない。
世界中の人々から、ささやかな、しかし、確かな「幸福」が、失われてしまうことへの、悲しみ。
彼の涙は、まさしく、「真の共見の涙」だったのだ。

その一滴が、聖なる泉に届いた、その瞬間。
神殿全体が、優しい、青い光に包まれた。

『……王の死を、嘆くでもなく。失われた恋を、悲しむでもなく……。ただ、万人が等しく得る、ささやかな喜びの、喪失を、憂うとは……』

守護者の、どこか、感動したような、そして、やっぱり、呆れたような声が、響く。

『……その心、まこと、真なり。試練は、果たされた』

礎石を守っていた、結界が、泡のように、消えていく。
アッシュは、まだ、少し、しくしくと、鼻をすすりながら、礎石に近づくと、その、つるりとした表面を、優しく撫でた。

「大丈夫だよ、なみだ石さん。僕が、世界中のみんなのおやつを、守ってあげるからね」

まばゆい、青い光。三度、脳裏に浮かぶ、厄災のビジョン。そして、封印を縛る、三本目の、水の鎖が、力強い輝きを放ち始めた。
礎石から、小さな、青い、涙の雫の形をしたお守りが、アッシュの手の中へと、舞い降りる。

試練は、終わった。
リリアナとアレクシスは、まだ、少し、泣きじゃくっている、世界の救世主を、慰める。
世界の危機は、またしても、彼の、規格外の「食欲」と、そして、その裏返しである、規格外の「優しさ」によって、救われたのだ。

祭壇に、最後の、道標が、光の文字で、浮かび上がる。
『最後の炎は、世界の頂にて、眠る。天に、最も近き場所で』

三つ目の任務を終え、彼らは、最後の、礎石の在り処を知った。
その、あまりにも、過酷で、壮大な、最後の旅路を前にして。
アッシュは、手に入れた、涙のお守りを、じっと見つめ、そして、言った。

「これって、しょっぱい、涙の味がするのかな?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~

黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。 待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金! チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。 「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない! 輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる! 元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!

処理中です...