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第百四十四話:神の視点
しおりを挟む僕が手に入れた新しい「目」。それは、僕の戦争のやり方を根本から変えた。
僕は執務室の椅子に深く腰掛けたまま、意識だけを国境の空を舞う山鷲(やまいぬ)と同調させる。
眼下に広がるのは、どこまでも続く銀世界。
そして、その白いキャンバスの上を這うように進む黒い蟻の行列――ガルブレイス帝国の補給部隊の姿だった。
僕はその情報をリアルタイムで腹心たちへと伝えていた。
「――ニール、聞こえるか。敵部隊は間もなくC-4地点の渓谷に進入する。ボリンへの転移準備を」
「はい、ルキウス様!」
魔力通信機からニールの声が聞こえる。
僕は空からの神の視点で、獲物が罠にかかるのをただ静かに待っていた。
帝国の補給部隊は完全に油断していた。
ここは自国の領土の奥深く、まさか敵の襲撃などあろうはずもない。
兵士たちは降りしきる雪と終わりの見えない行軍に、ただうんざりとした表情を浮かべているだけだった。
やがて部隊が、両側を険しい崖に囲まれた一本道の渓谷へと差し掛かった、その時。
僕の静かな命令が下された。
「――始めろ」
次の瞬間、帝国部隊の遥か前方で轟音と共に大規模な崖崩れが発生した。
ニールが開いた転移の門から現れたボリンの別動隊が仕掛けた、魔力爆薬によるものだ。巨大な岩石が彼らの進路を完全に塞いでしまった。
「な、何事だ!?」
部隊の指揮官が叫ぶ。
だが、彼らの悪夢はまだ始まったばかりだった。
今度は部隊の後方で同じように崖崩れが発生し、退路が断たれる。帝国部隊は完全に袋のネズミとなった。
そして彼らが混乱の極みに達したその時、頭上の崖の上にいくつもの光の門が開かれた。
その中から現れたのは、ボリンが率いる黒鉄の鎧に身を包んだ、ノーランド防衛隊の主力部隊だった。
「なっ……敵襲! 敵襲だ! 上だ、上から来るぞ!」
帝国兵たちが絶望の声を上げる。だが、その声はすぐに断末魔の悲鳴へと変わった。
「――撃て」
ボリンの冷徹な号令一下、崖の上の幽霊部隊から矢と魔法の礫が雨あられと谷底の帝国部隊へと降り注ぐ。
それはもはや戦いですらなく、一方的な蹂躙だった。
地の利、装備の差、そして何よりも完璧な奇襲。抵抗しようとした兵士たちは、ノーランドの鋼鉄の矢の前に次々と倒れていく。
戦いは、わずか十分ほどで決した。
生き残った帝国兵たちは武器を捨て、その場にひざまずいている。
ボリンと彼の部下たちは、捕虜と彼らが運んでいた莫大な物資を手際よく確保すると、再び光の門の中へと姿を消していった。
後に残されたのは、無数の亡骸と、僕が意図的に残した数名の生き残りだけ。
彼らの役目は、この悪夢のような光景を将軍へと報告することだ。
その頃、僕は執務室で静かに目を開けていた。山鷲との同調を解き、ノーランドの支配者へと戻る。
目の前の魔力通信機から、ボリンの勝利の報告が聞こえてきた。
「若様。作戦、完了いたしました。敵物資の鹵獲にも成功。我が方の損害、軽微にございます」
「……ご苦労だった、ボリン。兵たちを十分に休ませてやれ」
僕は静かにそう言うと、作戦指令室の巨大な地図を見つめ、今しがた壊滅させた帝国部隊の駒を盤上から取り除いた。
「――彼らは、幽霊と戦っていると思っているのだろう」
僕は独り言のように呟いた。
「だが、本当は違う。彼らは、盤上の駒の動きを全て見下ろしている神と戦っているのだ」
僕の戦争は、新しい次元へと突入した。
帝国がこの圧倒的な情報格差という絶望に気づくのは、まだ少し先の話である。
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