2 / 33
第二話:『外れ』の烙印
しおりを挟む
「……君が、今回の『召喚』で迷い込んだ娘か」
目の前の美しい人は、流暢な日本語でそう言った。
その言葉に含まれた『召喚』『迷い込んだ』という単語が、私の頭の中で反響する。
(召喚……? まるで、ファンタジー小説みたい……)
呆然とする私に構わず、銀髪の彼は、後ろで膝をついている兵士たちに、今度は私が理解できない言葉で短く指示を出した。
兵士たちは「はっ」と返事をすると、足早に部屋から出ていく。
重い扉が閉められ、部屋には私とその人、二人だけが残された。
シン、と静まり返る室内。
緊張で、喉がカラカラに乾く。
「あの……あなたは……?」
かろうじて、それだけを尋ねるのが精一杯だった。
彼は、私から少し距離を取り、壁に寄りかかると、静かに口を開いた。
「俺は、カイ・フォン・シルヴァスタ。
エルドラ王国騎士団に所属している」
「かい……さん……? えるどら、おうこく……?」
聞き慣れない名前に、思わず繰り返す。
「そうだ。
ここは君が元いた世界……ニホン、だったか? とは違う世界だ」
カイと名乗った男性は、淡々とした口調で続ける。
「数時間前、この国の神殿で『聖女召喚』の儀式が行われた。
異世界から、魔物や瘴気を浄化する力を持つ『聖女』を呼び出すための、古来からの秘術だ」
「聖女……召喚……」
まるで他人事のように、その言葉を繰り返す。
頭が追いつかない。
私が異世界に来てしまったのは、その『召喚』とやらのせいだというのだろうか。
「通常、召喚されるのは聖なる力を持つ女性一人だけのはずだった。
だが、今回は何らかの手違いがあったらしい。
二人、召喚されてしまった」
彼の紫色の瞳が、私をじっと見据える。
冷たい、温度を感じさせない視線だ。
「一人は、神殿が確認したところ、確かに聖なる力……『聖気』をその身に宿していた。
彼女こそが、我々が待ち望んだ『聖女』様だろう」
「……もう一人は……?」
嫌な予感が、背筋を駆け上る。
聞きたくない。
でも、聞かなければならない。
カイは、僅かに眉を寄せた。
同情、ではない。
どちらかというと、厄介なものを見るような、そんな表情。
「……それが、君だ。
君からは、聖気が一切感じられない。
儀式に巻き込まれ、ただ迷い込んできただけの……いわば『外れ』、ということになる」
『外れ』。
その言葉が、重い石のように私の胸にのしかかる。
期待されていた聖女ではなく、ただの間違い。
必要とされていない存在。
「そん……な……」
嘘だ、と言いたかった。
何かの間違いだ、と。
だって、私は昨日まで、普通に日本の高校に通っていたのだ。
テストの心配をしたり、友達とカフェに行く約束をしたり。
それがどうして、こんな……。
「私は……家に、帰りたい……! 日本に帰してください!」
必死に訴える。
涙が、頬を伝った。
「元の世界に帰る方法は、基本的には存在しない。
召喚の術は一方通行だ。
過去、帰還できたという記録は、ない」
カイの言葉は、無情な宣告だった。
帰れない。
もう、あの平凡だけど当たり前だった日常には、戻れない。
「うそ……」
ガクン、と膝から力が抜ける。
その場にへたり込みそうになった私を、カイは支えようともしなかった。
ただ、冷ややかに見下ろしている。
「どうして……どうして私が、こんな目に……」
嗚咽が漏れる。
訳が分からない。
納得できない。
誰か、助けて。
元の場所に、帰して。
しばらくの間、部屋には私のすすり泣く声だけが響いていた。
カイは何も言わず、ただ静かに待っているようだった。
やがて、私が少し落ち着いたのを見計らって、彼は再び口を開いた。
「君が日本語を話すこと、そして俺がそれを理解できるのは、過去にも何度か、君たちの世界から人間が召喚された事例があるからだ。
その際に記録され、一部の者が習得している」
「……」
そんな説明は、今の私には何の慰めにもならなかった。
「それで……私は、どうなるんですか……?
『外れ』の私は……」
震える声で尋ねる。
捨てられるのだろうか。
それとも、もっと酷い目に遭うのだろうか。
この国にとって、私は招かれざる客、それどころか、厄介者でしかないのだから。
「……通常であれば、聖女ではない異世界人は、発見次第、即刻国外追放、あるいは……」
カイは言葉を濁す。
その先に続く言葉が、ろくなものではないことくらい、私にも想像できた。
体が、恐怖で再び震えだす。
「だが、今回は状況が特殊だ。
召喚の儀式に巻き込まれた形であり、君自身に罪はない。
それに……」
カイは何か言いかけて、やめた。
そして、小さくため息をつく。
「当面、君の身柄は俺が預かることになった。
王命だ」
「……預かる……?」
「ああ。
君がこの世界で生きていくための最低限の知識と、身の安全は保証しよう。
ただし、監視下に置かせてもらう。
勝手な行動は慎むように」
それは、優しさとは程遠い、事務的な通告だった。
でも、今の私には、それに従う以外の選択肢はない。
この異世界で、頼れる人など誰もいないのだから。
「……わかりました」
力なく頷く。
生きるためには、彼の言うことを聞くしかない。
「立てるか?」
カイが、無表情のまま手を差し伸べてきた。
その手を借りることに、少しだけ躊躇いを覚える。
けれど、私はおずおずと、その白く長い指に自分の手を重ねた。
彼の手に力を込められ、ゆっくりと立ち上がる。
「まずはここを出る。
君に割り当てられた部屋へ案内しよう」
そう言って、カイは私に背を向け、扉へと歩き出した。
銀色の髪が、部屋に差し込む淡い光を受けてキラキラと輝いている。
大きな背中。
騎士、という彼の言葉が、少しだけ現実味を帯びて感じられた。
これから、どうなるのだろう。
『外れ』の私に、居場所なんてあるのだろうか。
不安と心細さで胸がいっぱいになりながらも、私はカイの後ろを、小さな歩幅でついていった。
異世界での、私の新しい(そして、望まない)生活が、静かに始まろうとしていた。
目の前の美しい人は、流暢な日本語でそう言った。
その言葉に含まれた『召喚』『迷い込んだ』という単語が、私の頭の中で反響する。
(召喚……? まるで、ファンタジー小説みたい……)
呆然とする私に構わず、銀髪の彼は、後ろで膝をついている兵士たちに、今度は私が理解できない言葉で短く指示を出した。
兵士たちは「はっ」と返事をすると、足早に部屋から出ていく。
重い扉が閉められ、部屋には私とその人、二人だけが残された。
シン、と静まり返る室内。
緊張で、喉がカラカラに乾く。
「あの……あなたは……?」
かろうじて、それだけを尋ねるのが精一杯だった。
彼は、私から少し距離を取り、壁に寄りかかると、静かに口を開いた。
「俺は、カイ・フォン・シルヴァスタ。
エルドラ王国騎士団に所属している」
「かい……さん……? えるどら、おうこく……?」
聞き慣れない名前に、思わず繰り返す。
「そうだ。
ここは君が元いた世界……ニホン、だったか? とは違う世界だ」
カイと名乗った男性は、淡々とした口調で続ける。
「数時間前、この国の神殿で『聖女召喚』の儀式が行われた。
異世界から、魔物や瘴気を浄化する力を持つ『聖女』を呼び出すための、古来からの秘術だ」
「聖女……召喚……」
まるで他人事のように、その言葉を繰り返す。
頭が追いつかない。
私が異世界に来てしまったのは、その『召喚』とやらのせいだというのだろうか。
「通常、召喚されるのは聖なる力を持つ女性一人だけのはずだった。
だが、今回は何らかの手違いがあったらしい。
二人、召喚されてしまった」
彼の紫色の瞳が、私をじっと見据える。
冷たい、温度を感じさせない視線だ。
「一人は、神殿が確認したところ、確かに聖なる力……『聖気』をその身に宿していた。
彼女こそが、我々が待ち望んだ『聖女』様だろう」
「……もう一人は……?」
嫌な予感が、背筋を駆け上る。
聞きたくない。
でも、聞かなければならない。
カイは、僅かに眉を寄せた。
同情、ではない。
どちらかというと、厄介なものを見るような、そんな表情。
「……それが、君だ。
君からは、聖気が一切感じられない。
儀式に巻き込まれ、ただ迷い込んできただけの……いわば『外れ』、ということになる」
『外れ』。
その言葉が、重い石のように私の胸にのしかかる。
期待されていた聖女ではなく、ただの間違い。
必要とされていない存在。
「そん……な……」
嘘だ、と言いたかった。
何かの間違いだ、と。
だって、私は昨日まで、普通に日本の高校に通っていたのだ。
テストの心配をしたり、友達とカフェに行く約束をしたり。
それがどうして、こんな……。
「私は……家に、帰りたい……! 日本に帰してください!」
必死に訴える。
涙が、頬を伝った。
「元の世界に帰る方法は、基本的には存在しない。
召喚の術は一方通行だ。
過去、帰還できたという記録は、ない」
カイの言葉は、無情な宣告だった。
帰れない。
もう、あの平凡だけど当たり前だった日常には、戻れない。
「うそ……」
ガクン、と膝から力が抜ける。
その場にへたり込みそうになった私を、カイは支えようともしなかった。
ただ、冷ややかに見下ろしている。
「どうして……どうして私が、こんな目に……」
嗚咽が漏れる。
訳が分からない。
納得できない。
誰か、助けて。
元の場所に、帰して。
しばらくの間、部屋には私のすすり泣く声だけが響いていた。
カイは何も言わず、ただ静かに待っているようだった。
やがて、私が少し落ち着いたのを見計らって、彼は再び口を開いた。
「君が日本語を話すこと、そして俺がそれを理解できるのは、過去にも何度か、君たちの世界から人間が召喚された事例があるからだ。
その際に記録され、一部の者が習得している」
「……」
そんな説明は、今の私には何の慰めにもならなかった。
「それで……私は、どうなるんですか……?
『外れ』の私は……」
震える声で尋ねる。
捨てられるのだろうか。
それとも、もっと酷い目に遭うのだろうか。
この国にとって、私は招かれざる客、それどころか、厄介者でしかないのだから。
「……通常であれば、聖女ではない異世界人は、発見次第、即刻国外追放、あるいは……」
カイは言葉を濁す。
その先に続く言葉が、ろくなものではないことくらい、私にも想像できた。
体が、恐怖で再び震えだす。
「だが、今回は状況が特殊だ。
召喚の儀式に巻き込まれた形であり、君自身に罪はない。
それに……」
カイは何か言いかけて、やめた。
そして、小さくため息をつく。
「当面、君の身柄は俺が預かることになった。
王命だ」
「……預かる……?」
「ああ。
君がこの世界で生きていくための最低限の知識と、身の安全は保証しよう。
ただし、監視下に置かせてもらう。
勝手な行動は慎むように」
それは、優しさとは程遠い、事務的な通告だった。
でも、今の私には、それに従う以外の選択肢はない。
この異世界で、頼れる人など誰もいないのだから。
「……わかりました」
力なく頷く。
生きるためには、彼の言うことを聞くしかない。
「立てるか?」
カイが、無表情のまま手を差し伸べてきた。
その手を借りることに、少しだけ躊躇いを覚える。
けれど、私はおずおずと、その白く長い指に自分の手を重ねた。
彼の手に力を込められ、ゆっくりと立ち上がる。
「まずはここを出る。
君に割り当てられた部屋へ案内しよう」
そう言って、カイは私に背を向け、扉へと歩き出した。
銀色の髪が、部屋に差し込む淡い光を受けてキラキラと輝いている。
大きな背中。
騎士、という彼の言葉が、少しだけ現実味を帯びて感じられた。
これから、どうなるのだろう。
『外れ』の私に、居場所なんてあるのだろうか。
不安と心細さで胸がいっぱいになりながらも、私はカイの後ろを、小さな歩幅でついていった。
異世界での、私の新しい(そして、望まない)生活が、静かに始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件
水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」
第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。
彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。
だが、彼女は知っていた。
その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。
追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。
「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」
「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」
戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。
効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~
鏑木カヅキ
恋愛
十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。
元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。
そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。
「陛下と国家に尽くします!」
シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。
そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。
一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる