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第1話:王宮での断罪。私の奇跡は「無能」ですか?
豪華絢爛な王宮の晩餐会。
きらびやかなシャンデリアの光が降り注ぐその中心で、私は冷たい床に膝をついていた。
ドレスの裾が床に擦れる音すら、今のこの静寂の中ではやけに大きく響く。
「――エルザ・ヴァンディス。お前との婚約を破棄する!」
頭上から降ってきたのは、私の婚約者である第一王子、ルファス王太子の傲慢な声だった。
周囲を囲む貴族たちの目が、好奇と嘲笑を孕んで私に突き刺さる。
ルファスの隣には、可憐なピンク色の髪を揺らし、怯えたように彼にしがみつく男爵令嬢、ミリアの姿があった。
私はゆっくりと顔を上げ、ルファスを見つめた。
「……ルファス様。急にそのようなことを仰られても、私には理由が分かりかねます。我がヴァンディス家は代々、この国の結界を支える聖女の家系。私もまた、聖女としての役目を果たしてきたつもりですが」
「黙れ、無能が!」
ルファスは忌々しげに吐き捨て、ミリアの肩を抱き寄せた。
「お前が聖女だと? 笑わせるな! 聖女とは、大いなる光の魔法で魔物を一網打尽にし、傷ついた兵士たちを瞬時に癒やす、奇跡の力を持つ者のことだ。だがお前はどうだ? 毎日、神殿の奥で泥水をいじくり回しているだけではないか!」
泥水をいじくり回している、か。
彼が言っているのは、私が毎日行っていた「王都の水源の浄化」のことだろう。
この国の地下を流れる水脈は、じわじわと這い出てくる大地の穢れ――瘴気に侵されやすい。
私が毎日、神聖な魔力を注いでその水を浄化し、絶え間なく清らかな「源泉」を湧き出させていたからこそ、王都の結界は保たれ、人々は病にかからず暮らせていたのだ。
けれど、地味で目立たない私の魔法は、ルファスの目には「無能の泥遊び」としか映らなかったらしい。
「それに引き換え、このミリアは違う。彼女こそが真の聖女だ! 先日の魔獣襲撃の際、ミリアは見事な光の矢を放ち、魔獣を撃退してみせた。お前のような、ただ座っているだけの退屈な女は、王太子妃の座にふさわしくない!」
「ル、ルファス様……そんな、エルザ様が可哀想ですぅ……。私のせいで二人の婚約が壊れてしまうなんて……っ」
ミリアがわざとらしく涙を浮かべ、ルファスの胸に顔を埋める。
ルファスはそれを愛おしそうに見下ろし、「お前が気に病むことはない」と優しく囁いた。
その茶番劇を見つめながら、私は心の底から冷めていくのを感じていた。
(……ああ、もういいや)
私の浄化の魔法がどれだけ国を支えていたか、何度も説明しようとしたことはある。
けれど、この王子はいつも「そんな細かい話はいい。もっと派手な魔法を見せろ」と聞く耳を持たなかった。
地道なメンテナンスの重要性が分からない人間に、何を言っても無駄なのだ。
「分かりました」
私は静かに立ち上がり、ドレスの埃を払った。
その毅然とした態度に、ルファスが一瞬だけ気圧されたように眉をひそめる。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「ふん、聞き分けが良いのは結構なことだ。だが、お前のような無能をこれ以上王都に置いておくわけにはいかない。お前には今この瞬間をもって、国外追放を命じる!」
国外追放。
実家のヴァンディス公爵家も、ルファスに丸め込まれてすでに私を見捨てているのだろう。今日の晩餐会に、父も兄も出席していないのがその証拠だ。
「……最後に一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
私はルファスと、その後ろで勝ち誇ったような笑みを浮かべているミリアを見つめた。
「何だ? 命乞いなら受け付けんぞ」
「いえ。これから王都の『源泉』の管理は、そちらの真の聖女様が引き継いでくださるのですね?」
私の問いに、ミリアは胸を張って一歩前に出た。
「もちろんですわ、エルザ様! 私の輝かしい光の魔法があれば、あんな薄汚れた地下水の管理なんて一瞬で終わらせてみせます。あなたのように、一日中引きこもる必要なんてありませんもの!」
「そうですか。なら、安心いたしました。それでは、失礼いたします」
私は深く一礼すると、振り返り、一度も後ろを振り向くことなく晩餐会の会場を後にした。
背後から、ルファスたちの高笑いと、貴族たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「せいぜい、野垂れ死ぬが良い!」
そんな呪詛のような言葉を受け流しながら、私は王宮の重い扉を押し開けた。
外は、しとしとと冷たい雨が降っていた。
着の身着のまま、わずかな路銀だけを持たされて王都の門を出る。
けれど、私の足取りは不思議と軽かった。
「……やっと、解放された」
毎日、暗い神殿の地下で国のための浄化を義務づけられ、婚約者からは冷遇される日々。
それがようやく終わったのだ。
「国外追放ってことは、どこへ行っても私の自由よね」
私の魔法は、派手な攻撃魔法ではない。
けれど、土地を清め、豊かな水を湧き出させる力なら、誰にも負けない自信がある。
「どこか遠くの土地で、今度こそ私の好きなように生きよう」
雨に濡れる街道を歩きながら、私は前を向いた。
これから私を待ち受ける、本当の自由な人生のために。
――この時、王都の人間たちはまだ知らなかった。
国を支えていた「本物の聖女」を失ったことで、王都の地下水がどれほど急速に腐り始めていくのかを。
そして、新聖女ミリアの派手な光の魔法では、大地の穢れを1ミリも浄化できないという残酷な事実に気づくのは、そう遠い未来の話ではなかった。
きらびやかなシャンデリアの光が降り注ぐその中心で、私は冷たい床に膝をついていた。
ドレスの裾が床に擦れる音すら、今のこの静寂の中ではやけに大きく響く。
「――エルザ・ヴァンディス。お前との婚約を破棄する!」
頭上から降ってきたのは、私の婚約者である第一王子、ルファス王太子の傲慢な声だった。
周囲を囲む貴族たちの目が、好奇と嘲笑を孕んで私に突き刺さる。
ルファスの隣には、可憐なピンク色の髪を揺らし、怯えたように彼にしがみつく男爵令嬢、ミリアの姿があった。
私はゆっくりと顔を上げ、ルファスを見つめた。
「……ルファス様。急にそのようなことを仰られても、私には理由が分かりかねます。我がヴァンディス家は代々、この国の結界を支える聖女の家系。私もまた、聖女としての役目を果たしてきたつもりですが」
「黙れ、無能が!」
ルファスは忌々しげに吐き捨て、ミリアの肩を抱き寄せた。
「お前が聖女だと? 笑わせるな! 聖女とは、大いなる光の魔法で魔物を一網打尽にし、傷ついた兵士たちを瞬時に癒やす、奇跡の力を持つ者のことだ。だがお前はどうだ? 毎日、神殿の奥で泥水をいじくり回しているだけではないか!」
泥水をいじくり回している、か。
彼が言っているのは、私が毎日行っていた「王都の水源の浄化」のことだろう。
この国の地下を流れる水脈は、じわじわと這い出てくる大地の穢れ――瘴気に侵されやすい。
私が毎日、神聖な魔力を注いでその水を浄化し、絶え間なく清らかな「源泉」を湧き出させていたからこそ、王都の結界は保たれ、人々は病にかからず暮らせていたのだ。
けれど、地味で目立たない私の魔法は、ルファスの目には「無能の泥遊び」としか映らなかったらしい。
「それに引き換え、このミリアは違う。彼女こそが真の聖女だ! 先日の魔獣襲撃の際、ミリアは見事な光の矢を放ち、魔獣を撃退してみせた。お前のような、ただ座っているだけの退屈な女は、王太子妃の座にふさわしくない!」
「ル、ルファス様……そんな、エルザ様が可哀想ですぅ……。私のせいで二人の婚約が壊れてしまうなんて……っ」
ミリアがわざとらしく涙を浮かべ、ルファスの胸に顔を埋める。
ルファスはそれを愛おしそうに見下ろし、「お前が気に病むことはない」と優しく囁いた。
その茶番劇を見つめながら、私は心の底から冷めていくのを感じていた。
(……ああ、もういいや)
私の浄化の魔法がどれだけ国を支えていたか、何度も説明しようとしたことはある。
けれど、この王子はいつも「そんな細かい話はいい。もっと派手な魔法を見せろ」と聞く耳を持たなかった。
地道なメンテナンスの重要性が分からない人間に、何を言っても無駄なのだ。
「分かりました」
私は静かに立ち上がり、ドレスの埃を払った。
その毅然とした態度に、ルファスが一瞬だけ気圧されたように眉をひそめる。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「ふん、聞き分けが良いのは結構なことだ。だが、お前のような無能をこれ以上王都に置いておくわけにはいかない。お前には今この瞬間をもって、国外追放を命じる!」
国外追放。
実家のヴァンディス公爵家も、ルファスに丸め込まれてすでに私を見捨てているのだろう。今日の晩餐会に、父も兄も出席していないのがその証拠だ。
「……最後に一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
私はルファスと、その後ろで勝ち誇ったような笑みを浮かべているミリアを見つめた。
「何だ? 命乞いなら受け付けんぞ」
「いえ。これから王都の『源泉』の管理は、そちらの真の聖女様が引き継いでくださるのですね?」
私の問いに、ミリアは胸を張って一歩前に出た。
「もちろんですわ、エルザ様! 私の輝かしい光の魔法があれば、あんな薄汚れた地下水の管理なんて一瞬で終わらせてみせます。あなたのように、一日中引きこもる必要なんてありませんもの!」
「そうですか。なら、安心いたしました。それでは、失礼いたします」
私は深く一礼すると、振り返り、一度も後ろを振り向くことなく晩餐会の会場を後にした。
背後から、ルファスたちの高笑いと、貴族たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「せいぜい、野垂れ死ぬが良い!」
そんな呪詛のような言葉を受け流しながら、私は王宮の重い扉を押し開けた。
外は、しとしとと冷たい雨が降っていた。
着の身着のまま、わずかな路銀だけを持たされて王都の門を出る。
けれど、私の足取りは不思議と軽かった。
「……やっと、解放された」
毎日、暗い神殿の地下で国のための浄化を義務づけられ、婚約者からは冷遇される日々。
それがようやく終わったのだ。
「国外追放ってことは、どこへ行っても私の自由よね」
私の魔法は、派手な攻撃魔法ではない。
けれど、土地を清め、豊かな水を湧き出させる力なら、誰にも負けない自信がある。
「どこか遠くの土地で、今度こそ私の好きなように生きよう」
雨に濡れる街道を歩きながら、私は前を向いた。
これから私を待ち受ける、本当の自由な人生のために。
――この時、王都の人間たちはまだ知らなかった。
国を支えていた「本物の聖女」を失ったことで、王都の地下水がどれほど急速に腐り始めていくのかを。
そして、新聖女ミリアの派手な光の魔法では、大地の穢れを1ミリも浄化できないという残酷な事実に気づくのは、そう遠い未来の話ではなかった。
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