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水族館に行く
再会
しおりを挟む仕事が終わっていつも通りの道を歩く。周りには同じような仕事帰りの人々が多く見える。中には学生や酔っ払い、買い物帰りの主婦など。昨日見た光景との違いが分からない帰り道を歩いて行く。
マンションに入りエレベーターで上りながら脱力する。カバンを持っていない方の手にはコンビニ袋。自炊する気はあるのにしたことは数えるほどしかない。明日の仕事のことを考えていると扉が開いた。
自宅に入って面倒にならない内にシャワーを浴びる。ユニットバスなのでバスタブはあるが滅多にお湯は溜めない。浸かった方がいいというのは聞いているし感覚として知っているが面倒くささの方が遥かに重い。体の汚れと一緒に一日の疲れを申し訳程度に洗い流していく。
シャワーから出たらコンビニ弁当をレンジでチンする。オレンジ色の光が格子の奥から見えるのをボーッと見ているとすぐに温め終わった。
「ごちそうさまでした。」
夕食を食べ終わりスマホを開く。連絡アプリの公式アカウントからクーポンが配られていた。その上には固定してある一つのアカウント。
《上運天鏡花》
あの日の出来事を思い出さない日は今のところない。連絡アプリを開くたびに、街中で黒のクラウンを見るたびに、こってり系のラーメン屋を見るたびに、思い出す。
あの日から一週間以上が経過していた。あの日以降、ちょいちょい連絡しているがそれでも会話は二言三言くらい。自業自得だが自分の女性への不慣れさが恨めしい。
今日は木曜日で次の週末は3連休だ。また彼女に会いたい。でもタクシー運転手なら休日は稼ぎ時なのかなとか考えてしまう。だが聞いてみないことには何も始まらない。今日こそ、俺は前に進む。
《鏡花さん電話してもいいですか?》
送信して数分後、着信があった。
「もしもしっ」
「あっもしもーし慶介さん?」
「はい鏡花さん、こんばんは。すみません急に。」
「ううん大丈夫だけど。」
久しぶりに聞く彼女の声は変わらずきれいだった。聞き逃すまいとするが心臓の音がうるさい。
「あの、週末って空いてますか?」
「今週末は空いてるよ。」
「そうですか、じゃあまた会えませんか?」
「いいよー。」
こっちはこんなに緊張しているのに何でもないように答えられて話がいい方向に進んでいく。
「本当ですか、迷惑じゃないですか?」
「えっ?なんで迷惑?」
急なお誘いで失礼かなと思ったが彼女は気にしていないようだ。
「あの……タクシーなら休日は稼ぎ時なのかなって思って。」
「ああ!そういうこと。うーん、いやまぁ私は全然大丈夫だけど。……会ったときまた話すね。」
「あっはい。」
休日に誘われることは特に問題ではないようだが歯切れが悪い彼女の言葉に不安になる。
「じゃあどこ行く?車私が出すから。」
「あの…前も言ってましたけど、車出してもらって大丈夫ですか?」
「そりゃあね。私運転好きだし、言ってくれればピックアップするよ。」
「すみません、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えます。」
「うん。」
それから電話で会話を続けて週末に水族館に行くことが決まった。彼女も行ったことはないらしいがこの機会に一緒に行きたいと意見があった結果だ。
「じゃあまた週末に。」
「はい。よろしくお願いします。」
「うん、おやすみ。」
「はい。おやすみなさい。」
通話が終わっても心臓の音はしばらく大きいままだった。何分間かそのまま何もしないでいると通知音が鳴った。鏡花さんからの新着メッセージがある。
《水族館に行ったあとはお泊まりコースでいいですよね?》
震える手で文字を打つが上手く打てずに少し間が開いてしまった。
《もちろんです。よろしくお願いします。》
その日の夜は妄想が捗ってすぐに眠れなかった。記憶の中の彼女を何度も犯してティッシュを汚した。
金曜日はあまり仕事が手に付かなかった。事あるごとにあの日のことを思い出し、週末のことで妄想が膨らんでしまう。
時間が過ぎるのがいつもより何倍も遅く感じられたが何事もなく仕事は終わった。いつも通りの帰り道のはずだが俺の気分は上がっていた。
早足で自宅に帰ってシャワーを浴びる。いつもより丁寧に体と頭を洗って、この頃忘れがちだった洗顔もする。汚れと泡を洗い流し終わると洗面台でヒゲを剃りながらお湯が溜まるのを待つ。
シェービングを終えるといい具合に溜まったお湯に浸かり疲れを取る。頭の中は明日のことでいっぱいだ。上せない程度に体を温めて風呂場を出た。
コンビニ弁当をチンしようと袋から出すと黒い箱も一緒に出てきた。表面には0.01mmの文字。そっと傍にどけて弁当を温める。
夕食を摂っていると新着メッセージの通知音。
《上運天鏡花 から着信中》
急いで口の中にあるものを飲み込んで息を整える。
「もしもし。」
「もしもしー。慶介さん今大丈夫ですか?」
「はい大丈夫です。何かありましたか?」
「いえ、明日の確認をと思って。明日は〇〇駅に10時くらいに行きますんで。」
「はい。〇〇駅に10時ですね。すみません運転よろしくお願いします。」
「いえいえ、明日はずっとプライベートなので楽しみましょう。」
「はい。2人で楽しみましょう。」
それから他愛もない話をしてそろそろ切る雰囲気になったところで彼女が突っ込んできた。
「それでですね……水族館の後なんですけど、またこの前みたいなところで大丈夫ですか?」
「あっ……はい。すみません何から何まで、女性側に決めてもらうことじゃないですよね。」
「別にこういうのは男女どっちがとかないですし。申し訳ないと思うなら楽しませてください。」
「はい。一緒に幸せな時間になるようにします。」
「楽しみにしてます。じゃあまた明日、おやすみなさい。」
「はい。おやすみなさい。」
通話を切るとスマホを置いて倒れ込む。
「幸せな時間って……恥ずかしい。何言ってんの?俺。」
そのまま数分間突っ伏して自分の至らなさを痛感する。だがクヨクヨしてばかりもいられない。彼女を満足させるためにもちゃんとしなければ。
「……とりあえずチンしなおそ。」
当日の朝9時50分〇〇駅西出口。約束の時間まであと10分だが不思議と落ち着いていた。
《上運天鏡花 から新着メッセージ》
《あと20分くらいで着きます。》
もう少しで鏡花さんに会える。だんだんと気持ちが上がっていくのが分かるが頭は冷静。
《了解です。僕も今向かっています。慌てずにゆっくり来てくださいね。》
返信してからベンチに座って待つ。
時計が10時を回って数分に通知音。
《到着しました。》
ベンチから立ち上がって見渡すが黒のクラウンは見当たらない。ゆっくり歩いていると着信があった。
「はい、もしもし。」
「慶介くん。右斜め後ろ。」
言われた通りに振り返ると開いた窓から手を振る鏡花さんが見えた。
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