「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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「王妃陛下より、お手紙をお預かりしております」

使者の老騎士がそう告げたのは、開所式を三日後に控えた昼下がりだった。

封蝋は王家の紋章。  
けれど、その文字には威圧でも誠意でもなく──計算された“余白”があった。

《貴女の志に敬意を表します。  
つきましては、王都より使節団を派遣し、“王家の後援”という形で協力したく思います》

王妃ユリアナの直筆。  
言葉は丁寧で、文面には一切の敵意がなかった。  
だがその“完璧さ”こそが、逆に意図を物語っていた。

「……つまり、“お墨付き”を与える代わりに、この場所を王家の庇護下に置きたいと」

私は呟き、そっと手紙を置いた。

「殿下の名ではなく、王妃個人からの提案。これは……」

ユリアが表情を曇らせる。

「ええ。エドモンド殿下では、もはや私には何も通じないと悟ったのでしょう。  
だから王妃自身が、直接“綺麗な手”を差し伸べてきたのです」

「お嬢様、断るおつもりですか?」

ノエルがいつになく真面目な顔で尋ねる。

私は少し考えたあと、はっきりと首を振った。

「受けます」

「──え?」

「ただし、“後援”ではなく、“報告書の提出を必要としない友好提携”という形で。  
資金も制度も受けない。王家がこの場所の決定権を一切持たないという条件のもとでなら」

ノエルが口笛を吹いた。

「交渉の余地を残すとは……あんた、王妃と似てきたな」

「光栄ね。でも、私は“支配するために手を差し伸べる”ことはしない。  
“互いに尊厳を守るために手を取り合う”だけよ」

その夜──返書は簡潔にまとめられた。

《王妃陛下のご厚意、確かに拝受いたしました。  
しかしながら、本院の理念は“独立した尊厳”にございます。  
よってご支援の形式について、上記の条件を以てのみ応じる所存です。》

筆跡は私自身のもの。

──これは宣戦ではない。だが、屈服でもない。

翌朝、返書を受け取った王妃は、手紙を無言で一読し、ただ一言だけ呟いたという。

「……やはり、あの子は“王のための器”ではなかったわね」

その言葉に、悲しみも怒りも混じっていなかったと、使者は後に語った。

──たぶんそれは、初めて“自分が敗れた”と認めた者の、誇りと潔さだったのかもしれない。

そして私は、王家の庇護の外で、  
ようやく“自分の名前だけで歩く場所”を手に入れた。
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