「婚約破棄します」その一言で悪役令嬢の人生はバラ色に

有栖川灯里

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出発の日、空は晴れていた。

荷馬車には、最低限の書類と薬草の標本、そしてクラウディアが編んでくれた小さなラベンダーの花束が積まれていた。

「本当に……行かれるのですね」

ユリアが名残惜しげに言った。

「ええ。今度は、“戻るために行く”のよ。  
私はもう、あの場所に“置かれる”ためじゃなく、“伝える”ために立つ」

「王都は変わっていませんよ。  
美しく、欺瞞に満ち、そして相変わらず“言葉より地位”を重んじる街です」

「だからこそ、“言葉”を持って行く意味があるのでしょう?」

私は微笑んだ。

乗り込む前、子どもたちが見送りに集まっていた。  
クラウディアが、一歩前に出て言う。

「……怖くなったら、戻ってきて。  
でも、わたしは、エヴァリーナさんが“怖がっても立つ人”だって知ってるから」

その言葉が胸に沁みた。

かつて“名前”を失った少女が、今、誰かに“帰る場所”を差し出している。

この場所が育んだものは、もう確かに“制度”の外側で生きている。

「約束するわ。また帰ってくる。  
この場所で得たものが、本物だったと証明するために」

馬車の車輪が、土の上をゆっくりと回り始めた。

風が吹いた。  
薬草畑の匂い、乾いた木の柵、子どもたちの声──すべてが遠ざかっていく。

けれど、私は振り返らなかった。

前を見ていた。  
そこには、かつて私が涙を落とした石の門がある。

王都レーヴェンシュタイン。

過去を捨てられず、未来を見ない者が集う場所。  
だが今は違う。

私はそこで、語る。

“名を奪われた者たちが、もう一度生き直すための物語”を。

そして──  
その日、城門の衛兵は思ったという。

「あの女……どこかで見た気がするな。  
でも、あの目は……昔見た誰かとは、まるで別人だ」

エヴァリーナ=フォン=ヴァイセローゼ。

かつて“悪役令嬢”と呼ばれた女は、  
今、自らの名で、再び舞台に立とうとしていた。
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