24 / 51
長編版
24
しおりを挟む
席に着いたらすぐ様、一人の男が近づいて来た。大柄で赤ら顔には無精髭が散っているその男は大きな分厚い手をアシュレイ様の座る椅子の背に置き、ニヤリと笑った。
「兄さんら、お貴族様だろ。メシ奢ってくれよ」
ほんの少し緊張が走るも、話す内容はともかくその仕草はどこか丁寧で、雰囲気には乱暴さが感じられない。なんというかちぐはぐな男だった。
しかしその違和感はすぐさま吹き飛んだ。
「たかるなよ。俺達だって一番上の兄さんに土地も家も取られて金がないんだよ。じゃなきゃこんなとこで飯なんか食わないだろ」
エレシアが目を溢れそうなほど丸く見開き、その目が私に向けられる。きっと私も同じ顔をしているはずだ。
なにせ今の台詞は、アシュレイ様の口から飛び出したものだったのだから。
男は「ちがいねえ」と笑い、その目が一瞬、驚き固まる私に向けられた。
真正面から合ったその目は、粗野な見た目に反してどこか品のようなものが感じられる温かさがあって──あれ。この人、どこかで……?
「……アっ」
開いた口を慌てて閉じた。
そんな私の様子に気付いたらしい大柄の男はわざとらしく大きく笑って、さっさと離れて行ってしまった。
ほとんど無意識に殿下へと目を向ける。それは向かいに座るエレシアも同様だった。
「……というわけだから、安心して食事しなさい。二人とも」
二人分の丸い目と可笑しそうに細められた一人分の視線を受け取った殿下も、どこか悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
先ほどの大柄な男の髪を綺麗に撫で付け髭を剃り、白銀の鎧を被せればそれは、私やエレシアもよく知った男になる。
あの方は騎士爵を賜った殿下の側仕えで、かつての婚約披露パーティーで私の髪飾りを褒めてくれた、伯爵家次男のアラン様だ。
「……まさか、いつもそうして遊んでおられるのですか?」
エレシアからの非難を真正面から受け取った殿下とアシュレイ様は素知らぬ顔で肩を竦める。
どうやら肯定の意味らしい。
アラン様のならず者の演技もアシュレイ様の軽い調子の話し口調も、なんとも堂に入ったものだった。
「ずるいですわ、でん……フェルナンド様。次からはわたくしも仲間に加えてくださいませ」
「何を言いますの。むしろあなたはお止めする立場でしょう」
思わず殿下に抗議したが、エレシアからのお説教にあってしまった。
でも私一人じゃ居酒屋なんて危なくて入れなかったし、他にも行ってみたいけど行けなかった場所が沢山ある。きっと殿下とアシュレイ様はアラン様や他の騎士の方々を護衛に、私が行けないところへとよく足を運んでいるのだろう。
殿下は私の抗議に「エレシア嬢の言う通りだな」と笑みを返してきた。
「殿方ばかりずるいですわ。わたくしも男に生まれていれば……」
「それは困る」
「ではまた連れてきてくださいませ。約束ですからね。でん……フェルナンド様」
「……ああ、わかったわかった。また機会があればだな」
殿下の口調は小さな子供を宥めるような言い方だった。私の方が精神年齢は大人だと言うのに、なんだか少し面白くない。
「……約束を破る方とは婚約を破棄──」
「俺を脅すなどお前くらいだぞ……」
低い声で睨まれるがにっこり笑顔を返した。ここで引いてたまるものか。使える脅迫は使ってこそだ。
「良いのではありませんか。城下ならばさして危険もありませんでしょうし。ねぇ、デン・フェルナンド様」
「そこは厳しく突っぱねていただきとうございます。甘やかされては困りますわ。デン・フェルナンド様」
「お前達はフォローの意味を知っておるのか!?」
とうとういつもの怒鳴り声を上げた殿下を前にして、私は「いっそデン様とお呼びさせていただけませんか。文字数もなんとも短くなります」と訴えるも却下された。
殿下を宥めすかしたアシュレイ様によって手早く注文が済まされ、あっという間にテーブルは料理でいっぱいになった。
見た目にも硬そうな焦げ茶色のパンに、野菜とひよこ豆がごろごろ入った具沢山なスープ、そして今回の主役が大きな器で堂々と鎮座している。
牛モツ煮込みはやはりというかなんというか、見た目が記憶にあるものとは違っていた。
白くどろっとしたら見た目は確かに食べ物とは思えないほどグロテスクだが、それでも里芋のように粘り気のある芋とうずらよりは少し大きな煮卵が入っていて、香りもスパイシーで美味しそうだ。
「食べられそうか?」と気遣わしげに問いかけてくる殿下に、問題ないとの意味を込めてスプーンで豪快に一口頬張った。
当たり前だけど醤油味じゃないそれに少々落胆はしたが、それでもプリプリとしたモツは爽やかなハーブとスパイシーな辛さが病みつきになりそうなほど──。
「美味しい!」
スープも一口含めば野菜が甘くて美味しいし、パンはやっぱり硬かったものの、こういうのはスープに浸して食べるものだと前世の記憶で知っている。スープで柔らかくなったパンは口の中でじゅわりと溶けてしまった。
ん~~ったまらん!!
今世ではお嬢様に生まれたから出てくる料理はどれもこれも絶品だけど、やっぱり私は心が庶民だ。ジャンクな食事が舌に合う。
「…………」
「…………」
「…………」
ご機嫌で食べ進めていると、なんだか視線を感じた。
気が付けば、三色の宝石のように見事な六つの瞳が全て、私へと向けられていた。
「どうかなさいました?」
首を傾げて見せるも、殿下は碧玉の瞳に訝しげな色を称えて「お前は本当にここに来たことがないのか」と問いかけてきた。ほとんど詰問の口調だった。
「当たり前です。このようなところに一人で来られるはずがありませんもの」
急に何を言い出すのだかと呆れを隠さず答えた。しかし殿下の目は私の正面のエレシアへと移動した。
エレシアは私の様子にポカンと口を開けて固まっている。
その手にあるスプーンは未だ綺麗なままだ。
「……あれが普通の令嬢の『当たり前』と言うものだと思うがな」
「…………」
私の前にあるスープはすでに半分以下へと減り、パンは残すところあと一口。すでにモツ煮はほとんどが胃袋の中だ。
「……仕方ないではありませんか。とても美味しいんですもの」
ほんの少し拗ねた気持ちで言い訳したが、殿下は目を瞬いて、小さく吹き出した。
「……どこかで聞いたような台詞だな」
「どこかで、とは小説か何かですか?」
尋ねれば殿下は「いや、いい」と苦笑して、自らもスプーンを口に運び始めた。
……グルメ小説でも読まれたのかしら。
首を傾げつつ料理に舌鼓を打っていると、水を注ぎに来てくれた給仕の女性がニヤけながら私に耳打ちしてきた。
「あんた、せっかくお貴族様を捕まえたんだったらさぁ、もっとお嬢様みたいにお淑やかに食べなよ。せっかくの金持ちを逃がしちゃうよ」
耳打ちながらもなかなかに大きな声だったから、テーブルの空気がビシリと固まってしまった。殿下はモツを喉につまらせて咳き込んでいる。
……庶民風の服が功を奏したと言うべきか、彼女には私が貴族を捕まえた平民の女性に見えたらしい。
ここは郷に入りてはというやつだろう。庶民風に答えようとしたが、その前に別の女性が二人、割って入ってきた。
「いいや、その兄さんには絡まない方がいいよ」
「そうなの?」と水を注ぎに来てくれた女性が尋ね返した。
「そうそう。この間もアナが口説こうとして酷い目にあってたからさぁ」
女性がいう『その兄さん』はアシュレイ様ではなく、殿下を指していた。
そして、割って入ってきた女性はにんまり笑って言った。
「口説こうとしたら、貴族の恋人の惚気を延々聞かされてたからねぇ」
──貴族の、恋人……?
「お、お前達、なにを余計なことを!! リシュフィ嬢、違うのだ。その、こ、恋人というのは……っ」
殿下が慌てて言い募ってくる。が、それはなんとも、浮気の言い訳をする男そのもののような慌て様だった。
しかし未だ笑っている女性達の話は止まらない。
「なんだっけ。俺の恋人はこの国一美しい、だっけ?」
「行動がいちいち突拍子もないけど、そこが可愛い~とかなんとかも聞いたわよぉ」
女性達はケラケラと笑いながら、この他にもなんとも恥ずかしい惚気話を聞かせてくれて、とうとう殿下本人に「いいからさっさと仕事に戻れ」と怒鳴られて、二人は戯けつつ下がっていった。
──随分と、仲がお宜しいようだ。
「……あなた様に貴族の恋人がいらしたとは、存じ上げませんでした」
真っ当な婚約者なら怒るところなのだろうが、私達は普通の婚約者とは違う。私に怒る権利はない。
笑顔で言って、食事を再開した。
一体、恋人とはどこの誰だろう。殿下と特別親しいご令嬢など、私とエレシアくらいしか見当がつかない。
いや、一応は婚約者がいるから、これは隠れた、秘めた恋なのかもしれないな──。
スプーンを持つ手を、唐突に取られた。
驚いて顔を上げれば、手の主は顔を真っ赤に染めた殿下だった。真剣な眼差しは真っ直ぐに私を射し、握られる力は強くて、その熱さが移ってくるようだった。
「お……お前は勘違いしている。その、あまりに執拗だったから、つい……恋人と言ってしまったが、話したのは、お、お前の、ことだ……っ」
私のこと……って……恋人が?
「この国一美しいという恋人、ですか……?」
「そうだ。……お、お前も常々自分で言っておるだろうが!」
そうだけど。私のこの努力の結晶は国一番であると自負しているけど。
まるで怒っているみたいに殿下の顔は全てが真っ赤に染まり、いつものように怒鳴られる。
じわりじわりと染み込むように言われたことが頭に入ってきて、それと比例するように全身が燃えるように熱くなった。
「わ、わかりました、から、離してくださいませ……っ」
目を逸らして手を外す。
あんなに美味しかった食事はさっぱり味が分からなくなってしまって、食べ終えたときにはなんだかひどく疲れてしまった。
最近の殿下は、なんだか心臓に悪い。
「兄さんら、お貴族様だろ。メシ奢ってくれよ」
ほんの少し緊張が走るも、話す内容はともかくその仕草はどこか丁寧で、雰囲気には乱暴さが感じられない。なんというかちぐはぐな男だった。
しかしその違和感はすぐさま吹き飛んだ。
「たかるなよ。俺達だって一番上の兄さんに土地も家も取られて金がないんだよ。じゃなきゃこんなとこで飯なんか食わないだろ」
エレシアが目を溢れそうなほど丸く見開き、その目が私に向けられる。きっと私も同じ顔をしているはずだ。
なにせ今の台詞は、アシュレイ様の口から飛び出したものだったのだから。
男は「ちがいねえ」と笑い、その目が一瞬、驚き固まる私に向けられた。
真正面から合ったその目は、粗野な見た目に反してどこか品のようなものが感じられる温かさがあって──あれ。この人、どこかで……?
「……アっ」
開いた口を慌てて閉じた。
そんな私の様子に気付いたらしい大柄の男はわざとらしく大きく笑って、さっさと離れて行ってしまった。
ほとんど無意識に殿下へと目を向ける。それは向かいに座るエレシアも同様だった。
「……というわけだから、安心して食事しなさい。二人とも」
二人分の丸い目と可笑しそうに細められた一人分の視線を受け取った殿下も、どこか悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
先ほどの大柄な男の髪を綺麗に撫で付け髭を剃り、白銀の鎧を被せればそれは、私やエレシアもよく知った男になる。
あの方は騎士爵を賜った殿下の側仕えで、かつての婚約披露パーティーで私の髪飾りを褒めてくれた、伯爵家次男のアラン様だ。
「……まさか、いつもそうして遊んでおられるのですか?」
エレシアからの非難を真正面から受け取った殿下とアシュレイ様は素知らぬ顔で肩を竦める。
どうやら肯定の意味らしい。
アラン様のならず者の演技もアシュレイ様の軽い調子の話し口調も、なんとも堂に入ったものだった。
「ずるいですわ、でん……フェルナンド様。次からはわたくしも仲間に加えてくださいませ」
「何を言いますの。むしろあなたはお止めする立場でしょう」
思わず殿下に抗議したが、エレシアからのお説教にあってしまった。
でも私一人じゃ居酒屋なんて危なくて入れなかったし、他にも行ってみたいけど行けなかった場所が沢山ある。きっと殿下とアシュレイ様はアラン様や他の騎士の方々を護衛に、私が行けないところへとよく足を運んでいるのだろう。
殿下は私の抗議に「エレシア嬢の言う通りだな」と笑みを返してきた。
「殿方ばかりずるいですわ。わたくしも男に生まれていれば……」
「それは困る」
「ではまた連れてきてくださいませ。約束ですからね。でん……フェルナンド様」
「……ああ、わかったわかった。また機会があればだな」
殿下の口調は小さな子供を宥めるような言い方だった。私の方が精神年齢は大人だと言うのに、なんだか少し面白くない。
「……約束を破る方とは婚約を破棄──」
「俺を脅すなどお前くらいだぞ……」
低い声で睨まれるがにっこり笑顔を返した。ここで引いてたまるものか。使える脅迫は使ってこそだ。
「良いのではありませんか。城下ならばさして危険もありませんでしょうし。ねぇ、デン・フェルナンド様」
「そこは厳しく突っぱねていただきとうございます。甘やかされては困りますわ。デン・フェルナンド様」
「お前達はフォローの意味を知っておるのか!?」
とうとういつもの怒鳴り声を上げた殿下を前にして、私は「いっそデン様とお呼びさせていただけませんか。文字数もなんとも短くなります」と訴えるも却下された。
殿下を宥めすかしたアシュレイ様によって手早く注文が済まされ、あっという間にテーブルは料理でいっぱいになった。
見た目にも硬そうな焦げ茶色のパンに、野菜とひよこ豆がごろごろ入った具沢山なスープ、そして今回の主役が大きな器で堂々と鎮座している。
牛モツ煮込みはやはりというかなんというか、見た目が記憶にあるものとは違っていた。
白くどろっとしたら見た目は確かに食べ物とは思えないほどグロテスクだが、それでも里芋のように粘り気のある芋とうずらよりは少し大きな煮卵が入っていて、香りもスパイシーで美味しそうだ。
「食べられそうか?」と気遣わしげに問いかけてくる殿下に、問題ないとの意味を込めてスプーンで豪快に一口頬張った。
当たり前だけど醤油味じゃないそれに少々落胆はしたが、それでもプリプリとしたモツは爽やかなハーブとスパイシーな辛さが病みつきになりそうなほど──。
「美味しい!」
スープも一口含めば野菜が甘くて美味しいし、パンはやっぱり硬かったものの、こういうのはスープに浸して食べるものだと前世の記憶で知っている。スープで柔らかくなったパンは口の中でじゅわりと溶けてしまった。
ん~~ったまらん!!
今世ではお嬢様に生まれたから出てくる料理はどれもこれも絶品だけど、やっぱり私は心が庶民だ。ジャンクな食事が舌に合う。
「…………」
「…………」
「…………」
ご機嫌で食べ進めていると、なんだか視線を感じた。
気が付けば、三色の宝石のように見事な六つの瞳が全て、私へと向けられていた。
「どうかなさいました?」
首を傾げて見せるも、殿下は碧玉の瞳に訝しげな色を称えて「お前は本当にここに来たことがないのか」と問いかけてきた。ほとんど詰問の口調だった。
「当たり前です。このようなところに一人で来られるはずがありませんもの」
急に何を言い出すのだかと呆れを隠さず答えた。しかし殿下の目は私の正面のエレシアへと移動した。
エレシアは私の様子にポカンと口を開けて固まっている。
その手にあるスプーンは未だ綺麗なままだ。
「……あれが普通の令嬢の『当たり前』と言うものだと思うがな」
「…………」
私の前にあるスープはすでに半分以下へと減り、パンは残すところあと一口。すでにモツ煮はほとんどが胃袋の中だ。
「……仕方ないではありませんか。とても美味しいんですもの」
ほんの少し拗ねた気持ちで言い訳したが、殿下は目を瞬いて、小さく吹き出した。
「……どこかで聞いたような台詞だな」
「どこかで、とは小説か何かですか?」
尋ねれば殿下は「いや、いい」と苦笑して、自らもスプーンを口に運び始めた。
……グルメ小説でも読まれたのかしら。
首を傾げつつ料理に舌鼓を打っていると、水を注ぎに来てくれた給仕の女性がニヤけながら私に耳打ちしてきた。
「あんた、せっかくお貴族様を捕まえたんだったらさぁ、もっとお嬢様みたいにお淑やかに食べなよ。せっかくの金持ちを逃がしちゃうよ」
耳打ちながらもなかなかに大きな声だったから、テーブルの空気がビシリと固まってしまった。殿下はモツを喉につまらせて咳き込んでいる。
……庶民風の服が功を奏したと言うべきか、彼女には私が貴族を捕まえた平民の女性に見えたらしい。
ここは郷に入りてはというやつだろう。庶民風に答えようとしたが、その前に別の女性が二人、割って入ってきた。
「いいや、その兄さんには絡まない方がいいよ」
「そうなの?」と水を注ぎに来てくれた女性が尋ね返した。
「そうそう。この間もアナが口説こうとして酷い目にあってたからさぁ」
女性がいう『その兄さん』はアシュレイ様ではなく、殿下を指していた。
そして、割って入ってきた女性はにんまり笑って言った。
「口説こうとしたら、貴族の恋人の惚気を延々聞かされてたからねぇ」
──貴族の、恋人……?
「お、お前達、なにを余計なことを!! リシュフィ嬢、違うのだ。その、こ、恋人というのは……っ」
殿下が慌てて言い募ってくる。が、それはなんとも、浮気の言い訳をする男そのもののような慌て様だった。
しかし未だ笑っている女性達の話は止まらない。
「なんだっけ。俺の恋人はこの国一美しい、だっけ?」
「行動がいちいち突拍子もないけど、そこが可愛い~とかなんとかも聞いたわよぉ」
女性達はケラケラと笑いながら、この他にもなんとも恥ずかしい惚気話を聞かせてくれて、とうとう殿下本人に「いいからさっさと仕事に戻れ」と怒鳴られて、二人は戯けつつ下がっていった。
──随分と、仲がお宜しいようだ。
「……あなた様に貴族の恋人がいらしたとは、存じ上げませんでした」
真っ当な婚約者なら怒るところなのだろうが、私達は普通の婚約者とは違う。私に怒る権利はない。
笑顔で言って、食事を再開した。
一体、恋人とはどこの誰だろう。殿下と特別親しいご令嬢など、私とエレシアくらいしか見当がつかない。
いや、一応は婚約者がいるから、これは隠れた、秘めた恋なのかもしれないな──。
スプーンを持つ手を、唐突に取られた。
驚いて顔を上げれば、手の主は顔を真っ赤に染めた殿下だった。真剣な眼差しは真っ直ぐに私を射し、握られる力は強くて、その熱さが移ってくるようだった。
「お……お前は勘違いしている。その、あまりに執拗だったから、つい……恋人と言ってしまったが、話したのは、お、お前の、ことだ……っ」
私のこと……って……恋人が?
「この国一美しいという恋人、ですか……?」
「そうだ。……お、お前も常々自分で言っておるだろうが!」
そうだけど。私のこの努力の結晶は国一番であると自負しているけど。
まるで怒っているみたいに殿下の顔は全てが真っ赤に染まり、いつものように怒鳴られる。
じわりじわりと染み込むように言われたことが頭に入ってきて、それと比例するように全身が燃えるように熱くなった。
「わ、わかりました、から、離してくださいませ……っ」
目を逸らして手を外す。
あんなに美味しかった食事はさっぱり味が分からなくなってしまって、食べ終えたときにはなんだかひどく疲れてしまった。
最近の殿下は、なんだか心臓に悪い。
10
あなたにおすすめの小説
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる